第四話「露骨に監視される」
ガラッと教室のドアが開いて生徒が入ってくる。
女の子だった。
一目見たクラスの男子が歓声を上げる。
確かにあんなに美人でスタイルがいい人と同じクラスになれるとしたら男子は大喜びだろう。
「じゃあ黒板に名前、書いてくれるかな。その後に軽く自己紹介してくれ」
「分かりました」
女の子は黒板に名前を書いていく。
男の人じゃないのが唯一の救いだったけど、最悪の一歩手前だという事は間違いない。
クラスメイトが小声で「あの名前、何て読むの?」「難しい漢字ねー」とか言っている。
「えーと、黒守鵺。くろもりぬえって言います。特技は運動全般です。よろしく!」
そう言って彼女は私を見て、ウィンクする。
私は即座に顔を下ろし、教科書に目を落とした。
あ、ありえない。
こんな事、ありえない。
いつも見てるって、こういう意味だったの!?
「ちなみに彼女は今まで海外で生活していた。海外というのはどこの国になるのかな?」
「はーい。ドイツにいました。ま、短い間ですけど」
クラスがどよめく。
「という事だ。だから日本の事については色々と疎い所があるかもしれん。その辺は皆で理解して、教えてやるようにな」
「はい」
クラスメイト達が返事する。
「じゃあ黒守さんの席は左奥だ。教科書はとりあえず隣の人に見せてもらいなさい」
「分かりました。んー、一番後ろかぁ。最高ですね」
鵺さんは嬉しそうに左奥の席に座った。
私とは反対側の席だ。
鵺さんは椅子に座る瞬間、ちらっと私を見る。
その目を見て、私はまた視線を落としてしまった。
だって鵺さんの目は、凍った刃のように鋭く私を睨みつけていたのだから。
「よし、では授業を始めるぞ」
一時間目は担任の先生がそのまま授業を始める。
「教科書見せてね」
鵺さんは隣の男の子に席をくっつける。
「あ、あ、うん。わかった」
男の子はしどろもどろになりながら教科書を見せる。
顔が真っ赤で鵺さんとまともに目も合わせられていない。
どうやら教科書と一緒に心も貸し出してしまったみたいだった。
「すごいねー、海外で生活してたんだって?」
「そそ、ドイツの方で生活してたわ」
「かっこいい! 何かドイツ語とか喋れる?」
「Du bist behindernd.Verschwinde bitte.」
「おおー、それ何て言ってるの?」
「向こうの言葉で、みなさんこれからよろしく。私と仲良くしてねって意味よ」
「へー、すごーい!」
クラスメイト達は鵺さんを囲んで喜んでいる。
私はとてもじゃないけど鵺さんに顔を見せる事が出来なかった。
会っても何を話せばいいのか分からない。
だって彼女は――。
「加奈子どうしたの? 何か暗い顔してるけど」
気がつくと美耶子が席の前にいた。
「く、暗い顔なんかしてないよ」
「嘘ばっかりー。加奈子の嘘は二秒でばれます」
そう言って美耶子は私の頬を引っ張る。
「むぐー」
「もし体調が悪いなら言いなさいよ? 加奈子って我慢しちゃう方だし」
私は首を縦に振る。それを確認してから美耶子は指を離してくれた。
「にしても鵺さんってきれいよねぇ。とても同い年に見えないんだけど」
「う、うん。そうだね」
「何か堂々としてるし。外国にいると、あんな感じになるのかな」
「か、かもしれないね」
「……んー?」
美耶子は私の顔を覗き込む。
思わず私は視線を逸らす。
「何か様子がおかしいわよ。本当に大丈夫?」
「う、うん」
「ていうか何か隠してない?」
「隠してないよ」
「加奈子の嘘は一秒でばれます」
「だから隠してないって」
美耶子は私の顔をじっと覗き込む。
こういう風に見られると私は弱い。
でも言う訳にはいかない。
少なくとも鵺さんがいるんだから、絶対に言う訳にはいかない。
私は硬い表情をしたまま黙りこんだ。
「わーかった。どうしても言えないのね」
「ごめんね、美耶子」
「別にその――人に言えないような酷い目に合ったとかじゃないよね?」
「うん、大丈夫だよ」
「ならオッケー。じゃあそろそろ席に戻るわ」
美耶子はそれだけ言うと席に戻っていった。
本当なら親友の美耶子に伝えたかった。
でも美耶子まで危険な目に会わせたくない。
私は心の中でもう一度、美耶子に謝った。