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羅刹 -夕闇を歩く少女-  作者: 猫村慎之介
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第三話「余命16時間の日常」

 二日後、私は退院した。


 昏倒していたものの頭を少し切っていただけで、怪我自体は酷くなかったらしい。

 結局、私が気を失っていたのは半日ほどだった。

 精密検査も何の問題もなく通過した。

 頭のCTスキャンをしたけど、結果は問題なしだった。

 実際に映像を見せて貰ったけど、頭の中に怪しい影が映っている事も無かった。


「何かあると思ったんだけど」

 お医者さんに何を言われるかと緊張していた私は拍子抜けしてしまっていた。


 私は学生寮に戻りながら考える。

 私は親元から離れ、中学生の頃からずっと寮住まいをしていた。

 寮を空けていたのは数日だったけど、何故か懐かしく感じる。

 慣れ親しんだ学園の寮は、私にとって自宅に等しい。


「赤錆さんお帰りなさい。大丈夫だった?」

 寮の入り口で寮長さんに話しかけられた。

 色々な世話をしてくれる寮長さんは、第二のお母さんみたいな存在だった。

「大丈夫です。寮長さんもお変わりないみたいですね」

「私は元気すぎて困るくらいよ。今日は疲れてるでしょうから、また後で詳しく怪我について教えて頂戴ね。内容によっては寮の皆に注意喚起しておかないといけないから」

「は、はい。分かりました」

 私は頷くと寮の中へと入って行った。


 よく考えたら、どうしてこんな怪我したのか、適当な理由を考えておかないといけない。

 正直に話したら、酷い目に会いそうだし。


 私の自室は寮の一階にある。

 最近では珍しく、私たちの寮は相部屋だった。

 初めは抵抗があったけど、良きルームメイトと慣れのおかげで今では全く気にならなくなっていた。

 きっと中では親友が私の帰りを待ってくれてるだろう。

 私は部屋のドアをノックして、自室へのドアを開く。


「あ、加奈子おかえり! 大丈夫だった!?」

「あ、うん。ただいま」

 ルームメイトの美耶子が私に駆け寄ってきてくれた。

 彼女とはもう四年間もルームメイトをしている。

「頭の怪我だよね? 大丈夫なの?」

「うん、二針くらい縫ったみたい」

 私は頭に巻かれた包帯を指差しながら言う。

「二針かぁ。で、どうしてそんな怪我したわけ?」

「う、ううん……よく分かんない……。もしかしたら車に轢かれたのかも」

「全然、覚えてないの?」

「全然……」

「そっかー。どこに怒りをぶつけていいのか分かんないよね、それだと」

「う、うん……」

 ぶつけ所はあったが言うのは止めておいた。

 美耶子には余計な心配をかけたくない。


「とにかく無事でよかったよー。加奈子がいないと勉強やばくって」

 美耶子は机からノートを引っ張り出してくる。

 私がいない日付分が、完全に白紙だった。

「しかもここがテスト範囲だって! マジありえなくない?入院してる生徒がいるんだから考えて範囲指定しろよって感じ!」

「あはは、そうだねー」

 美耶子の言葉に私は笑う。

 何だか久しぶりに笑ったような気がする。

 一昨日の出来事がまるで夢のように感じた。


「とりあえずさ、今日は退院祝いって事で」

 美耶子は部屋の冷蔵庫から白い箱を取り出してきた。

 間違いない、あれは……。

「フロマージュのケーキ?」

「おー、正解! 高かったんだから味わって食べてよね」

「わぁー!」

 私は思わず飛びあがって喜んだ。

「加奈子、紅茶入れて。ダージリンのやつまだあったよね」

「うん、いいよ。ちょっと待ってて」

 私は引き出しから紅茶セットを取り出した。

 ガラスで出来たかなり本格的なものだ。

 結構、高かったけどバイトのお金を貯めて買った。


 葉をポットに入れてお湯を入れる。

 ダージリンの香りが部屋に広がった。


「んー、いい香り。加奈子のお茶がまた飲めるようになって私は幸せです」

「ふふ。そろそろ葉がなくなってきたから、また新しいの試してみるよ」

「お願いしまっすー」

 美耶子はそう言って私に敬礼した。

 出来あがったダージリンティをカップに入れ、机に置く。

 ケーキの箱はまだ未開封だった。

「開けていい?」

「どうぞどうぞ」

 私は期待に胸をときめかせながら箱を開く。


「!」


 箱には四つのケーキが入っていた。

「せっかくだから一人二個くらい行こうかなって。どう?」

「美耶子ありがとうー」

 私は嬉しくて泣きそうだった。

 ああ、やっぱり泣くなら嬉しい時の方がいい。

「加奈子にはこれがいいかと思いまして。あ、一つは見た目で美味しそうなの選んだんだけどね。ささ、どうぞお納め下さい」

「わぁー」

 美耶子はケーキを箱から取り出して、お皿の上に乗せてくれる。


 お皿の上に乗っているのはレアチーズケーキだった。

 フロマージュのレアチーズケーキは口の中でさらっと溶けて、濃厚ながらも甘さ控えめ。

 臭みも少なくて、とっても食べやすい。

 これならチーズケーキが苦手な人にも、お勧めできる素晴らしいチーズケーキで……。


「……加奈子、すんごいよだれ出てるよ」

「じゅるじゅる」

「食べる?」

「うん」

 私はフォークでケーキを食べ始めた。

 太るかもしれないけど、今日くらいは頭から追い出そう。

 入院生活で、ちょっと体重落ちたし。

「おいしー」「おいしいねぇー」

 私たち二人はケーキを食べながら、この世の幸せを噛みしめた。



 久しぶりに友達と楽しく話をして。

 お風呂に入って、ゆっくりテレビを見て。

 慣れたベッドに入って私は考えた。

 向かいのベッドでは美耶子がいびきをかいて寝ている。

 本当に、いつも通りの部屋。

 私は右手を握ったり開いたりしてみた。

 大丈夫、思い通りに動く。

 でも……。


「あの時のは何だったの?」

 あの時、完全に私の右手は動かせなかった。

 催眠術かもしれないけど、かけられたような記憶はない。

 それに、あの頭を探られた感覚。

 私は右手で額を触ってみるけど当然、指が潜り込んだりなんかしない。

 CTスキャンで何か異常が出るかと思ったけど、それもなかった。

 でもあの感覚は――頭の中に何か硬い物がある感覚は間違いなかったと思う。


 それから黒守羅刹と黒守鵺。

 鵺さんはどうか分からないけど羅刹って人は間違いなく殺人者だ。

 事実、私は目の前で人がバラバラになる瞬間を――。


「うう――」

 体が勝手に震えてくる。

 あれは夢だと思いたかった。

 でも病室での一件で、とても夢とは思えない感覚を味わってしまった。

 あれがなければ、夢だと思えたのに。


「いつも見てるって、言ってた」

 私は独り言を呟いて、窓に視線を移す。

 窓にはカーテンがしてあって、外の様子は分からない。

 でもカーテンを開けて、外を見る勇気はなかった。

 私は右手をぎゅっと抱きしめる。

 

 ――二度と勝手に動きませんように。


 私は震えて祈りながら眠りについた。



 次の日、私は久しぶりに登校した。

 久しぶりといっても三日しか経っていないんだけど。

 本当にあの日の出来事は夢みたいだった。

 余りにも日常からかけ離れていたから。

 でも私は日常に戻ってきたのだ。


「おはよ」

「あ、加奈子! 大丈夫だった!?」

 校門で出会ったクラスメイトは私を見るなり駆け寄ってきた。

「うん。まだ包帯取れてないけど大丈夫」

「良かった~。どうして怪我したの?」

「う、ううん。なんか車に轢かれたみたい……」

「みたいって何? 記憶を失ってるとか?」

「ええっと……」

 私は言葉を濁しながらクラスメイトに説明する。

「あ、加奈子! 怪我は大丈夫なの!?」

「うん。二針縫ったけど大丈夫」

「何で怪我したの? 事故とか?」

「うん、そうみたい……」


 教室に入ると次から次へクラスメイトが怪我の事を聞きに来る。

 今日は一日中、怪我の説明になりそう。

 そう思った。


 でもそれは間違いだった。


 私の怪我はすぐに忘れ去られた。

 私自身も、怪我の事はいつの間にか忘れてしまった。

 こんな怪我よりもずっと大きな事が私を待っていたんだから。



 始業のチャイムが鳴った。

 私の席を囲んでいたクラスメイトは自分の席に帰っていく。

 少し待つと先生が入ってきた。


「起立、礼、着席」

 先生が教室に入り教卓につくと同時に委員長が号令をかける。

 私はいつも通りに立ち上がり、礼をして着席した。

 何だかいつもの日常に戻ってきたんだな、と思う。


「おお、赤錆。怪我はもう大丈夫か?」

 先生が私に聞いてきた。

「はい。もう大丈夫です」

「そうか、良かったな。元気そうで何よりだ」

「はい。ありがとうございます」

 私は何だか嬉しくなって笑った。


「うむ。じゃあ今日は急なんだが皆に転校生を紹介しようと思う」


「えー!」「マジで!?」

 担任の言葉にクラス中が色めき立った。

 転校生が来るなんて初耳だ。

 クラスの様子を見る限り、私がいない間に転校生の話があったっていう訳でもなさそうだし。

 一体、どんな人が来るんだろう。

 男の子だろうか女の子だろうか。

「じゃあ、黒守さん。入ってきて」

「はーい」



 ――くろ、もり?


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