第二十一話「化け物」
私は地面に伏せていた。
鵺さんが急にいなくなったと思ったら、突然すごい爆発と衝撃が巻き起こった。
思わず私は頭を抱えて、地面に座り込んでしまっていた。
鵺さんの必殺技が見里さんに当たったんだろうか。
まだ耳がキーンと音を立てている。
あんな衝撃を近くで受けたら、きっと大怪我してしまうだろう。
「――お待たせしました、赤錆さん。また少しだけ、お話をしましょうか」
私は優しい声で顔を上げる。
目の前に見里さんが立っていた。
優しい表情で微笑みながら、私を見下ろしている。
「見里……さん」
見里さんが立っている、という事は鵺さんは――。
「鵺には向こうで少し眠ってもらっています。大怪我はしていますが、鵺は人刀ですから二・三日程、休めば大丈夫ですよ」
「そ、そうですか……」
もしかしたら鵺さんは死んでしまったのかと思っていた。
私は爆発がどれくらい怖いものか分からないけど、離れているのに耳鳴りがするような爆発だったのだ。
小学生の時に科学の実験で燃やした水素なんか比べ物にならない威力だった。
辺りにはまだ煙が立ち込めている。
鵺さんの姿は煙のせいで、全く見えない。
「とにかく無事で、良かった」
私はほっと胸を撫で下ろした。
確かに酷い人だけど、死んでいいようなような人じゃないと思う。
あ、でも人殺しだったりするんだっけ。
そう考えると微妙な感じ……かも。
「赤錆さん、話しても大丈夫かしら?」
「あっ、はい。大丈夫です」
考え事をしていた私は見里さんの言葉に、慌てて意識を戻す。
「では聞きますけど、赤錆さんの能力って、何なのですか?」
「能力?」
私は見里さんに言葉に首を傾げる。
能力というのは何だろう?
「そう。人刀は自らの素質と埋め込まれた宝石の種類によって独自の剣を生み出すのです」
見里さんは右手に持っていた剣のような槍のような武器を掲げた。
するとさっきまで剣から出ていたトゲが折り畳まれ完全な円錐形に戻る。
さらに剣は萎むように見里さんの右手の中へ吸い込まれていった。
「それともう一つ、剣と共に独自の能力を発現させるんですよ。何だか分かります?」
「もしかして植物……ですか? 鵺さんが炎を扱うように、見里さんは植物を自由に扱える、みたいな」
見里さんは地面からイバラを成長させ鵺さんに絡みつかせていた。
さすがに偶然にしては異常な成長率だし、あれも今から考えると信じられないけど、人刀の持つ特性か何かなんだろう。
鵺さんの炎もきっと同じなのだ。
まともに考えれば炎を放つ剣なんて、あるはずがない。
「そう。赤錆さんは飲み込みがいいですね。鵺もそんな風に、ちゃんと学べばいいんだけど」
見里さんは深いため息をついた。
「さっきの爆発、水蒸気爆発なのです。びっくりしたでしょ?」
「なるほど。何か水分の多い植物を成長させて、盾にしたんですね」
「そう、その通りです。私も少し怪我してしまったけど、後ろに飛びながら剣でガードしてたから少しは鵺よりはマシでした」
よく見ると見里さんの服はボロボロになっていた。
服の隙間から見える地肌は赤く染まっている。
「怪我、大丈夫ですか? 病院に行った方が……」
「ええ、慣れていますので。これくらいなら放って置けば治ってしまいます」
痛いはずなのに見里さんは少しも表情に出していなかった。
私ならショックで卒倒しているかもしれない。
普通なら、きっと体中を針で縫われるのだろう。
考えただけで痛かった。
「鵺の能力は炎を自在に扱う能力だと知っていました。でも赤錆さんは最近生まれた真打ちなので、何の能力か未知数な訳です。という事で能力を教えて貰おうかなと」
「随分、気軽にいいますね……」
「赤錆さんなら教えてもらえると思ったので。ついでに鵺の力量も測りたかったから一緒の所を狙わせて頂きました」
見里さんはそう言ってウィンクする。
相変わらず何を考えているのか分かりづらい人だけど、どうしてこんな感じなのか理由は何となく分かっていた。
「教えたいですが、私にもさっぱり分からないんです」
「剣は出せるのですよね?」
「は、はぁ、一応は」
見里さんの質問に煮え切らない返事を返す。
アレが剣と言っていいモノなのかどうか、私には自信がなかった。
「じゃあ、うちの主人には剣だけしか見れなかったと報告しておきましょう。どんな剣なのですか?」
「え、ええと……」
説明するのが何だか恥ずかしい。
「剣の形も話せませんか?」
「いえ……少し恥ずかしいんです」
「恥ずかしい? どうして?」
「余り剣っぽくないので……」
「大丈夫ですよ、私だって最初、剣じゃなくて槍じゃないかって笑われましたから」
「は、はぁ」
私のは剣とか槍とかじゃなく、武器としての存在意義が怪しいモノだ。
「どうしても見せたくないなら赤錆さんの剣は見れなかったって事にしておきましょうか?」
「そんな簡単でいいんですか?」
「任務失敗なので凄い怒られると思いますけど大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないですか」
「じゃないですねぇ」
仕方ない。
こうなったら見せるしかないだろう。
「分かりました。見せます」
私は右手に向かって『出てこい』と念じる。
すると右手が琥珀色に発光し、例の鉄塊が現れ始める。
二度目なので余り驚かなかった。人の慣れというのは恐ろしいものだ。
「宝石は何を埋め込まれたのですか?」
伸び出る鉄塊を見ながら見里さんが質問してくる。
「確か琥珀って言ってました」
「琥珀ね……ランクC……実験的な意味かしら。しかしそれにしては余りにも……」
見里さんは何か考え込んでいるようだった。
剣の重量が増大し、私は地面に剣を置く。
「はー、重たい」
「重たい?」
「見ての通り、重いんです」
すでに長さは二メートルを超えている。後、三倍って所だろう。
「不格好でしょ? だから見せたくなかったんです」
「……」
見里さんは真剣な目で私の剣を見ていた。
「表面のざらざらとか大きさとか変ですよね。形もアイスキャンデーみたいだし」
見里さんは無言で私の剣を見ている。
余りに酷い状態で言葉が出ないのだろうか?
程なく鉄塊は固定化され、地面に長く横たわった。
相変わらず重いし大きいし不格好だ。
鵺さんの剣とか見里さんのに比べると、いかに酷い形状か再認識させられる。
「どうですか?」
見里さんは剣を見たまま固まっている。
「あの、見里さん?」
「何がどうしてこうなったのか、さっぱり分かりませんが」
見里さんは硬い表情をしたまま私を見る。
そして真顔でこう言った。
「――何というか、化け物ですね」




