第十八話「学生の本分は勉強」
「じゃあ、お二人ともお元気で」
「見里さんも気をつけて!」
「お元気で……」
私と美耶子は駅の方へと歩いて行く見里さんを見送る。
見里さんは軽く手を振ると、こちらを振り向く事も無く、駅の方角へ真っ直ぐ向かった。
「何か綺麗な人だったねー。雰囲気も何だか凄い柔らかな感じだったし」
「そうだね……」
見里さんは本当に何もしなかった。
私に一切、危害を加える事なく去って行った。
見里さん以外に私達を見ていた人もいないみたいだったし。
「加奈子、大丈夫? 薬取りに行く前はほんとに顔色、悪かったわよ」
「本当に大丈夫だよ」
美耶子の言葉に、しっかりと頷いて答える私。
心配してくれるのは本当に嬉しい。
でも美耶子が人質に取られていたら大変な事になっていたと思う。
美耶子には出来るだけ私から離れていて欲しかった。
美耶子に心配をかけないのが、私から親友を遠ざける一番の方法だと思う。
「そういえば見里さん、古墳好きなの?」
「あ、うん。そうみたい」
美耶子の言葉に頷く。
見里さんとの会話には一切、古墳の話は出てこなかった。
それにも関らず、古墳の話をするなんて……もしかして見里さんは古墳の事が本当に好きなんだろうか?
「ちょっと変わってるかもね」
「そ、そうだね」
「なーんか、またどっかで会いそうな気がする」
「私も、そう思う」
私は美耶子の言葉に苦笑いを返す。
そんな会話をしている内に、いつの間にか私たちは寮の前に帰って来ていた。
何だか今日は寮までの帰り道が凄く短いように感じる。
安心して思わずため息が出そうになったけど、美耶子を心配させないように我慢した。
「さてっと、今から嫌な嫌な勉強タイムですなー」
美耶子は面倒くさそうに呟く。
「留年したら大変だもんね」
「うーわー、超考えたくないんだけど」
「勉強も慣れたらそんなに大変じゃないよ」
「ありえない、ありえないから。ソレ」
私達は寮への門をくぐる。
学校が終わったばかりの寮は賑やかで、活気に溢れていた。
すれ違うクラスメイトに軽く挨拶しながら部屋へと戻る。
いつも通りで普通の光景だけど、私には何だかとても嬉しく感じた。
最近、気持ちが休まっていなかったから余計になのかもしれない。
私達の部屋は、いつものように変わりなく私達を出迎えてくれていた。
「なに加奈子ニヤけてんの?」
「え?」
「まさか勉強するのがニヤける程、楽しみとか!? 大変、病院に行かないと!」
「ち、違うよ。そんな事ないよ」
私は慌てて否定した。
どうやら嬉しいのが顔に出てしまっていたみたいだ。
「じゃあなんでそんな楽しそうにしてんのよ」
「う、うん……」
「もしかして後で楽しみがあるとか? それとも誰かと遊ぶとか?」
「ううん、そういうのじゃなくて……」
「あ、分かった。男だ!」
「……」
「冗談よ。ウルトラシャイガールの加奈子がまともに男と付き合える訳がないし」
本当だけどウルトラつけなくてもいいと思う。
ムッとした私は思わず、美耶子に反論した。
「ひどい。私だってラブレターくらい貰った事があるんだから」
「誰よ!? ほんとなの!? 初耳だわそれ!! 誰よ!」
しまった。
美耶子が凄い勢いで話に喰いついて来ている。
言わなくていい事を、うっかり口走ってしまった。
「その人の名誉に関わるから言いません」
「なるほどー、現状からして加奈子がフッたって事は確実だもんねぇ。で、誰なの?」
「言いません」
「いーじゃない。ほら、吐いて楽になれ」
そう言って美耶子は私の頭をいきなり脇に抱え込む。
そして手で頭を締め付け始めた。
「ぎゅー!」
私は悲鳴を上げた。
「言わないとどんどん締まって行くわよ。ほれほれ」
「むぎゅー!」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。他の人には絶対言わないから。」
「い、いいます。いいますから離して……」
「よし」
美耶子のヘッドロックは、すごい痛い。
鍛えてるから女の子が繰り出すヘッドロックのレベルじゃない。
こめかみに力こぶの存在をはっきり感じて、ある意味感心した。
「で、誰に貰ったのよ」
「同じクラスの飯田君……」
美耶子は明らかに嫌そうな顔をした。
「あいつかよー。あのデブでキモい奴だよね」
「酷い事言うね……」
「なるほどねー。そりゃ、フるわよね。仕方ないわ」
「考えさせて下さいって言ったんだけど、やっぱり相手の事を何も知らないから断ったの」
「ええ!? 考えたの! 何で? 即却下でしょ!?」
「だって飯田君も勇気を出してラブレター出してくれたんだから、こっちもちゃんと考えないと相手に失礼だよ」
「はー。じゃあ三井に好きだって言われたら?」
「三井君? だれ?」
「誰って……隣のクラスで大人気のイケメンじゃんよー。加奈子知らないの?」
「隣のクラスまではちょっと」
「私も隣のクラスメイト全員把握してないけど、三井は知っとくでしょ!? だって彼、斑鳩女子でも話題になってるくらいの超イケメンなのに!」
「へぇー、凄いね」
斑鳩女子高校は近くにあるお嬢様学校だ。
通ってる人はみんな綺麗な人ばっかりで、クラスの男子も斑鳩女子に羨望の眼差しを向けている。
「で、そこまで予備知識を仕入れた所で、三井に告白されたらどうする!? はい、赤錆加奈子さん!」
「知らない人だから断るかなぁ」
「おかしいよ!!」
美耶子は座布団を壁に投げた。
相変わらず美耶子は元気だ。見ていてなんだか楽しくなる。
「笑ってんじゃない! 笑う所じゃないから!」
「え? え?」
「とりあえず付き合うでしょ! 付き合ってダメなら別れたらいいじゃん!」
「そんな適当に付き合えないよ。別れたりすると、きっと相手も私も嫌な気分になるし」
「加奈子は恋愛がわかっていなーい!」
「はぁ」
でもそれが普通だと思うんだけど。
簡単に始めて、やっぱり止めました何て事をやってたら、きっといい恋愛なんかできないと思う。
両方が本気でやるから恋愛っていうのは、いいものなんじゃないかな。
私の両親が大恋愛をして結婚したらしいから、余計にそう思うのかもしれないけど。
「やっぱり加奈子は普通の女子高生ではないですね」
「えええー、普通だよ、普通!」
美耶子の言葉に思わず私は反論した。
私は『普通』って事にかけては自信を持っている。
ちょっと運動は『悪い』だけど、この際無視だ。
ここで引いたら普通じゃなくなる。
「だって男に全然、関心ないじゃん。おかしい。おかしいよ」
「か、関心がない……わけじゃないですよ?」
なんだか変な喋りになってしまった。
「三井を知らない時点で、その言い訳はアウトよ。男に興味あるなら普通、知ってるでしょ!」
「と、隣のクラスメイトなんてしらないもん! 自分のクラスなら知ってるけど!」
「ほー、誰を知ってるって?」
「ひ、柊君とかちょっとかっこいいかなーって思ってるんだから」
「あのオタクっぽいヒョロい眼鏡!? 趣味がおかしい! せめて柳原とかの名前を出すべきよ!」
「ううー! 趣味は悪くないです!」
「加奈子の唸り声が出た! マジギレ!? 凄い!」
「た、確かにオタクっぽいし細いかもだけど、何て言うかスマートっていうか紳士っぽいっていうか……って美耶子の方こそどうなの! 男の人に興味ないんじゃないの!」
「わわわわわ私は興味あるわよ! 三井の事も知ってたでしょ!」
「あ、変にどもった。怪しいですよねー。もしかして美耶子って――」
「な、何!? 私は女に興味なんかないわよ!」
「えっ? 別に女の人に興味あるかなんて聞いてないよ」
「えっ」
その言葉を最後に、会話が唐突に終了した。
「……」「……」
私と美耶子の間を微妙な空気が流れる。
「……と、とりあえず勉強しよっか」
私は何だか気まずい空気を打破するため、努めて明るく言う。
「そ、そうね。冗談もこれくらいにして」
「最近、なかなか勉強できなかったから頑張ろ」
「頑張りましょう」
私たちは大人しく勉強を始める事にした。
鞄から出した勉強道具を机に並べていく。
変な空気がうやむやになったみたいで良かった。
「そ、そういえばどうして加奈子笑ってたの? もちろん男の事じゃないわよね」
美耶子がまた話を蒸し返してくる。
美耶子は一度、気になったらずっと引っかかってしまうタイプだ。
「あ、ええと……何て言うか」
言うのは恥ずかしかった。
いつも通りの生活に喜びを感じただなんて、それこそ普通の女子高生じゃなくなってしまいそうだ。
ここは当たり障りのない言葉でお茶を濁そう。
「うん、美耶子と勉強するのが楽しみだなって」
「そ、そ、そんな、いきなり何言ってんの? ふ、不意打ちなんて卑怯よ!」
「不意打ち?」
私の言葉を聞いた美耶子は何だか良く分からない事を口走った。
「と、とにかく勉強するわよ! 期末も近いんだから」
「うん……確かにそうだね」
美耶子の言う通り、期末試験まで後少しだ。
ちゃんと勉強しとかないと偏差値が下がってしまう。
「さてと、まずは暗記だね。このカードを完璧に覚えないと」
私は英単語カードをめくりながら、美耶子に笑顔を送る。
私の笑顔に、同じく笑みを返しながら美耶子は、こう言った。
「加奈子先生、勉強は中止で買い物にでも行きませんか」
「却下です」




