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For me from you

作者: ことり

過去作品です。



「そんなの集めて、何が面白いの?」


 明らかな不満顔で、低い声で問いただした。


「その内、わかるよ」


 明らかに上機嫌な顔で、フワフワした声で答えた。


 机に腰掛けて、椅子に乗せた片足の膝に肘を乗せ、頬杖をついた顔は、下唇を出したまま窓の外に向けた。

 窓の外はクリーム色で、空の青さも木々の緑も、その太陽の陽気さに包まれてしまったような、暑苦しい風景が広がる。校庭の土の色がやけに明るくて、視線を再び教室に戻した瞬間、目の前は真っ暗になってしまって一瞬何にも見えなくなった。


「おーい、パンツ見えてるぞー」

「バーカ、見んなよ!」


 暗闇の中から、無心にペットボトルのキャップを床に並べているヒナタの姿がジワリ、ジワリと浮かんできた。


「パンツ見えてるって」

「だから、見んなよ!」

「正面に座ってるから見えちゃうよ」

「アチーんだもん。しょうがないし……って、だから、見んなよ!」



 眉毛をクイっと上に吊り上げて、「やれやれ」って顔を作ったヒナタが肩を竦めてから、また作業に戻った。


 一辺が30センチくらいの四角い板の上に、いろんな色のキャップを無心に並べているヒナタが、なにをやってるのかがまったくわからない。


 ただでさえ真夏の暑い日に、”ヒナタ”って名前の恋人と一緒にいなくてはならない私は、うちわを全力で動かし、制服のスカートの中に風をかき入れながらイラつく。


「早くかえろー!?」

「だめ、だめだよ」

「そんなに汗流して。だいたいさー、ペットボトルのキャップって集めるとワクチンになるとかって聞いてたんだけどー?」

「そうそう、400個で10円になるらしいよ」

「ハア!?マジで?それっぽっち?」


 私の額から汗がつつっと流れてきて、顎まで届く前にブラブラさせてる左足の太ももに落ちた。



 半端なく暑い。放課後は校舎のエアコンもほとんど止められてしまう。窓を開けても今日は風がなくて、ゆらゆらした空気が歩く早さより遅いスピードで、教室の中をかろうじで流れて行く。

 それにしても、なんて気の遠くなるボランティアなんだろうか?

 こんなに汗をかいて、水分補給に水を飲んだら、もっと高くつくんじゃないの?


「ちょーバカみたいなんだけど!」

「バカっていうな」

「だって、バカじゃん。そんなに集めて100円にもなんないんでしょ?」

「たぶん……ね」

「だったら、募金しようよ。100円。募金して帰ろうよ。出す出す、出します100円くらい!だからーかえろー?」


 ヒナタは、作業の手を一旦止めて、首にかけているタオルで額の汗を拭った。

 俯いた姿勢のままのヒナタの前髪を伝って、汗がポタポタ床に落ちている。




「もちろん、募金も大切なんだけど……」


 こっちに視線を向けないまま、床に並ぶカラフルなペットボトルのキャップの列を見ながら、続ける。


「なんていうのかなあ。例えば、俺はモモの事好きだからモモの恋人でいて、モモと一緒に登下校して、モモに時々プレゼントして……それってさー」

「なに?」

「愛してるって事になんのかな?」

「はあ……よくわかんないけど。なるんじゃない?気持ちがこもってれば」


 ヒナタがピシっと私に向かって指をさす。


「それだよ。たぶんね。俺もわかんないけどさ」

「募金に気持ちを込めろってか。まるで念仏唱えてるみたいじゃん」


 あははと笑い出したヒナタから落ちた汗がキラキラ輝いて、かっこいい……んだけど、暑苦しい。



「元々ゴミにしかならないペットボトルのキャップでも、ワクチンになるなら良い事だと思うし、募金して苦しんでる人を助けるのもいいと思う。だけどさ、俺は自分なりにやりたいワケ」

「で、床に並べて遊んでるんだ。この暑苦しい日を選んで」

「暑いのはしょうがないよ。夏だもん。っていうか遊んでないし」

「遊んでるし。しかも、エアコン効いてるウチでやればいいし」

「そりゃあ、無理だなー。っていうか遊んでないって」


 まったく。ヒョロヒョロしてるのに暑苦しいヒナタのわけのわかんない行動に付き合わされる私の身にもなってほしい。

 あれ?もしかして、私、愛されてないんじゃない?

 

 ゲッ!!女の子にこんなハシタナイカッコウさせて、汗流させて、無理やりつき合わせて、自分のやりたい事だけやってるって、完全に私の事考えてないじゃない!



 ところで、この暑さはなんとかならないだろうか。また校庭を見てしまって、すぐにヒナタの方を見たけど、やっぱりヒナタは暗闇の中に紛れ込んでしまっていた。


 黙々と熱心に作業しているヒナタは、私の事が見えなくなってしまうのかな。やっぱりヒナタから見たら、私も暗闇の中に紛れ込んでしまってるのかな。


 だから、私は一生懸命に作業するヒナタを一生懸命に見続けた。見失わないように……



---



「出来た!……と思う」

「マジ!?……ってなにが出来た?」

「モモ、ちょっとだけ手伝ってよ。これを全部校庭に運ぶんだ」

「うそ!そんなの、暑いし、ヤダし……」

「いいからいいから!」


 半ば強制的に運ばされ、校庭に出た私は、あまりの暑さにクラクラと眩暈がした。セミの声が気温を3度くらい上げているんじゃないだろうか?

 ヒナタは運び出した、キャップを並べて貼り付けた四角形の板を何枚も縦、横に隣り合わせで組み合わせて行く。



「よし!屋上に行くよ!」

「モーヤダー」


 涙が出そうになったけれど、わけもわからずヒナタについて行ってしまう自分もどうかしている。

 階段をダラダラと上り、屋上が近づくにつれ、自分の限界が近づいている事に気づく。夏の午後はだから嫌い。



「おお!結構巧く出来てる!」

「何がよ!」

「ほらっ!」

「え!?」



 屋上から見下ろした校庭に、私がいる。

 ペットボトルのキャップで作られた絵は、私がピースをしている絵……いや、写真?


「モザイクっていうのかな?近くで見るとなんだかわからないけど、遠く離れるとハッキリ見えるんだ」

「すごい……」

「これ、アフリカの学校に送ったら喜んで貰えるかな?」

「うん!すごい!絶対喜んでもらえると思う!」


 近くで見てもわからなくて、遠く離れるとハッキリ見える。

 それって……なんか私達の事?



「俺はさ、いつも視界にモモを入れていたいんだよな」

「は?また、難しい事言ってる?」

「だからさ、モモから目を背けるような事したくないって事だよ。どんな時もモモを視界の片隅において置きたい」

「片隅に……ですか」

「もっと深く考えてくれよ」


 なるほどね。人にはそれぞれのやり方があるんだ。恵まれない子供達にワクチンを提供したいと思う人。喜ばせたいと思う人。

 愛するって事もそんなんだろうな。私だけ見て!なんて言いたくないけど、常に視界の中に入れていてくれるって、すごく相手を想っているって事なのかもしれない。

 違うかもしれないけど。



「でもさ、あのキャップの絵、どうやって送るつもり?」

「そりゃ、宅急便で……」

「へー。例えばダンボール一箱を外国に送ろうとしたら何千円ってかかると思うし、あれだけの量だとダンボール5~6箱くらい行くね。カクジツに」

「えーっ!?」

「もう少し、理想と現実を切り分けなよ。ま、特別に私もお金貯めるの手伝うけどさ」



 屋上に吹く風は、地上のものよりずっと涼しくて、気持ち良かった。

 暑いけれど、私はやっぱり夏が好きかもしんない。



ありがとうございました。

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