入部
嫌な日というのはすぐにやってくるもので今日は最悪の土曜日。現在二十三時三十分。
学校までは自転車で十五分程度で到着するが夜は歩きたいとわらしが提案するので徒歩の移動となった。
遥に気づかれぬよう家を出てため息をつきながら学校へと歩みを進める。
「綺麗な月」
わらしが空を見ながら呟いく。
空には見事な満月が浮かんでいた。確かに綺麗な月で若干の感動を覚える。というかこれはあれか、夏目漱石的なやつか。まあ、普通に考えてこんなに遠回しな言い方はしないだろうからおそらくそのままの意味だろう。
「何故、月はこうも綺麗なのでしょう」
お前の方が綺麗だよわらし、と迂闊にも一瞬きざなセリフを考えてしまった。慌ててわらしに質問する。
「月、好きなのか?」
「はい、だって綺麗ではないですか」
月なんてそんなに意識して見たことない。夜が来ては昇り朝になれば沈むだ。
「もったいないです、折角綺麗なのに」
「じゃあ、土曜日だけはこうして見ることにするか」
「はい」
ついに来てしまったこの核シェルターの様な頑丈な扉の前に。ドアの下の隙間からは中の光が漏れている。
一気にテンションが下る。マジで帰りたい。
心を落ち着かせるために大きく息を吸いため息として一気に出す。
「本当にすみません、入部させてしまって」
「いや、大丈夫」
この顔で大丈夫とは何の説得力もない。というか心が読まれているのだから俺の気遣いなんてばればれである。わらしには嘘をつけない。
「開けるか、わらし」
「はい……」
もう一度ため息をつき錆び付いたドアを開けた。
「こんばんは! ロリちゃん、わらちゃん!」
夜に慣れていた目に電気の光が飛び込んでくる。そしてテンションの高い遊来の声も耳に飛び込んでくる。
「今日はテストだね。頑張って」
「頑張りたくない」
「そんなこと言わないで、ニートになるのはまだ早いよ。今日はロリちゃんのテスト観戦をするためにフルメンバー揃ってるんだから」
確かにフルメンバー揃っている……三人だけど。部長の遊来を入れて三人である。部員の一人である滉二とは話をするがもう一人の車椅子の子とはまったく話をしない。それにあの子が誰かと話しているのを見たことがない。部室の隅でパソコンをしながら座っている。でも、見た目が小学生くらいというところにはグッとくる。そして着ているパーカーのサイズが大きくて手が袖から出ていないところがまた良い。
「英一様、何を考えているのですか?」
「え……いや、別に……」
「私、心が読めてしまうんですよ」
俺に向けられる屈託のない笑顔の裏にはどれだけの嫉妬が隠れているのだろうか。
わらしさん怖いです。心を読むのやめてください……
「コーヒーでも飲むか?」
「いただくよ」
ナイスだ、滉二。また殴られるかもしれないこの危機的状況に立たされている俺にコーヒー飲むか、の一言でわらしとの会話を矯正中断させるなんて。ありがとう、流石だ。またテーブルにダイブするところだった。
俺はコーヒーを淹れる準備をしている滉二に両手で握手をした。ちなみに滉二にわらしは見えていない。
「どうぞ」
「ありがとう」
ソファーに座りコーヒーを受け取る。インスタントコーヒーといえど最近の物はあのどれない。コーヒーが好きというわけではないが夜道を歩いてきた体にとって胃の中にすっと落ちていくこの上質な味は格別だ。それに眠気覚ましにもなる。
「それでは早速テスト、ルール説明をするからね」
遊来が滉二の横に座りパンッと手を叩いた。
「ルールは簡単、ここからスタートして屋上に置いてある物をここに持ってくればいい。順路は指定しないから屋上までの行き方は自由だよ」
俺は首をかしげた。筆記だと思っていたからだ。まあ、テストには変わりないんだけど。
「わらしと一緒に行くのか?」
「それはだめ、単独行動。それにわらちゃんと屋上なんて行きたいの?」
それもそうだ。わらしは俺と一緒に屋上へなんて行きたくないだろう。
「では、スタート!」
「待ってください」
静かに俺の後ろに立っていたわらしが口を開く。
「私も行きます」
「それはだめ」
遊来は間髪入れずわらしに言った。
「なぜですか、あなたは私に指図する権利は無いはずです」
「二人で行ったらつまらないでしょ、わらちゃんはここでゆっくりしていなよ」
「無理です、私は英一様について行きます」
「ちょっと耳かして」
そう言って遊来はわらしの耳元で何かを話しわらしをすんなり納得させてしまった。
ふと思ったがこの会話ってわらしが見えない滉二にとってすごく間抜けに見えるんじゃないだろうか? なんか恥ずかしくなってきた。
わらしと行けないのは心細いが仕方がない。カップに残っている少し冷めたコーヒーを飲み干し扉の前に立った。
無意識のうちにしてしまうため息。今日何回目だよ。
「英一、そんな装備で大丈夫か」
「大丈夫だ問題ない」
何となくノリで死亡フラグを立ててしまった。何か嫌な予感がする。
「ロリちゃん、肩の力抜いて、楽に楽に。あんまりテストって感じじゃないから。テストっていうよりもどちらかって言うと洗礼って感じだから」
「洗礼ってテストよりやばいだろっ!」
まずい、非常にまずい。本当に死亡したら洒落にならないから。
重い扉を開けもう一度ため息をつきコーヒーの黒よりも濃い校舎の暗闇へと出て行った。
今回も読んでくださってありがとうございました。
三部の最後の方に少し加筆しましたのでお手数をかけますが読んでいただければ幸いです。
これからもよろしくお願いします。