入部
「テスト?」
「そう、テスト」
当たり前でしょ、と付け加えられた。
「なんのテストだよ? そんな話聞いてないぞ」
「簡単なテストだから大丈夫、大丈夫、落ち着けばお化け屋敷なんて簡単、簡単」
遊来が稚気な笑みを浮かべながら親指を立てて向けてくる。
「今、お化け屋敷って言ったよな、俺は聞いてたぞ、絶対に行くものか」
「問答無用だよ、テストは今度の日曜日に始めるから十二時ぐらいに部室に来てね」
「遊来さん、いいですか」
わらしは遊来を鋭く睨みつけながら脅すような黒を含んだ声音で言う。
「なに? わらちゃん」
「英一様が行かないとおっしゃれば行かないのです、分かりましたか」
「過保護だね~このままじゃあロリちゃんはいつでも一人暮らしができないよ、可愛い子には旅死にさせろ、よく言うでしょ」
「そのことわざ間違っていますよ、それにとても怖いです」
これ以上わらしと話すと話をそらされると思ったのか、遊来は片足を軸に一回回り、俺とわらしに向き直った。
「まあ、二人共、ちゃんと来てよ、来ないとまた迎えに行っちゃうぞ~」
前に二回遊来が迎えに来たことがあってその時は大変だった。一回目は俺の部屋をあさられ、二回目は二階の窓から侵入してきた遊来に連れ去られたのだ。だからもうお迎えは勘弁していただきたい。
遊来が笑顔なのを見て俺はまたため息をつく。
「今度の日曜日な、行くから迎えに来るなよ、遊来」
「りょーかーい」
「じゃあ、俺もう帰るから」
「私はいつも部室にいるから暇な時は来てね」
「気が向いたらな」
向くはずないけど。
「二人共、ばいばいー」
手を振る遊来に手を振り返さず、俺とわらしは部室を出た。
今にも蕩けそうな夕日はもう半分ぐらい山の端に消えていた。
俺は自転車にまたがり帰路につく。わらしは俺と逆を向き背中を合わせる状態で乗ってくる。わらしの小さな背中からは着物の上からでも若干の体温を感じる。心地よくて何故か安心する。
「英一様」
「ん、どうした?」
「英一様は……」
わらしは言い淀む。何か言いづらいことでもあるのだろうか。少し不安になってしまう。
「どうしたんだ?」
「英一様は私と出会って後悔していませんか」
いきなり後ろから投げられた質問の答えは考えるまでもない。
「後悔なんてしてない、出会えて良かったよ」
「私は後悔しているんです。英一様の腹部の傷のことを。だから時折考えてしまうのです。英一様は私を嫌っているのではないかと、人間の心は読めるはずなのにそれでも不安になってしまうんです」
「気にしすぎだって、わらしを嫌いだなんて思ったことない」
乗る姿勢を変えたようでわらしの華奢な腕が俺の腰に回される。そしてわらしが密着してくる。
その時気づいた。いや、悟ったのかもしれない。この状況で俺は確信した。
もはや胸の大きさを討論している場合ではなかった。胸の大きさなど些細な問題に過ぎなかったのだ。
心臓の鼓動が早まるのは俺がロリコンだからではなく、紳士にとって当然のことだろう。
わらしにされているこの動作だけで鼓動が早くなる。
「大好きです、英一様」
その言葉で鼓動の早い心臓に何か心地よく温かい感覚がじわりと広がっていく。そして改めてわらしが家族で良かったと感じる。
ささやくような声で言ったわらしの言葉はしっかりと聞き取れたが気恥ずかしくなってしまったので風のせいで聞こえなかったと思い込み無視をした。……いや、でも心の中で思ったならわらしに読まれてるのか……無視した意味ないじゃん……。
わらしの小さな笑い声が後ろから聞こえる。やっぱり読まれているみたいだ。
「英一様、ありがとうございます」
「わらし、今俺の心読んだだろ」
「いえ、読んでいませんよ、私の心が読めないのに何故そう思うのですか」
「いや、そんな気がしたから」
「今もそうなのですが、今英一様が考えていることは外に漏れ出していますよ」
完全に読まれてる! やばい、考えてはだめだ、無心だ、無心。精神を集中させろ、頑張れ俺。
「そんなことより、今日の晩御飯はなんでしょうね」
「話を変えたな。まあ、いいか。今日の晩御飯は何だろうな、美味しいものだったらいいな」
「そうですよね、でも遥様が作ってくださる料理はどれも絶品ですから、当たり外れはありませんよ」
そんなたわいもない話をしながら自転車を走らせ小さな川に架かっている橋を渡り古びた神社を過ぎ自宅に到着した。
玄関のドアを開けると遥が壁に寄りかかっていた。何やら一点を見つめてボーっとしている。呼び捨てで呼んでいるが姉である。
「ただいま」
「お帰り」
遥がボーッするのをやめこちらを向く。
「なんでそこにいんの?」
「あれ、そうあれだから、そうそう、あれあれ」
?……? まったく何が言いたいのか分からない。
何故かわらしが後ろでくっくっく、と笑い始める。
「そんなことより、一緒にやらない?」
「昨日の夜もやったじゃん、夜やり過ぎると寝坊するし、やってる時はいいけど朝になってから疲れがどっと出るんだよ、だからやだ」
「付き合い悪いな、ちょっとくらいいじゃん別に」
『いいじゃん別に』のところだけ声が萎み哀愁を感じさせられる。少しわざとらしい気がしなくもない。
「分かった、一時間だけな」
「ありがと、英一! 風呂へ入ってから私の部屋ってことで! 晩ごはんはちょっと待ってて、今から作るから」
遥は上機嫌でキッチンの方へと歩いて行った。今日は機嫌が良さそうだ。
俺はカバンを担ぎながら階段を上り自分の部屋に入った。カバンを机の横に置きだるくなった体をベットに放り投げる。
疲れが布団の生地に吸収されていくような感覚に体が沈んでいく。
「英一様、今晩もやるのですか」
「ああ、やるけど」
「夜は英一様といないと寂しいのです」
わらしは夜になると思い出してしまうのかもしれない、家族を失った時のことを。家族を忘れろ、とは言わないが家族を失った悲しみを引きずらないで欲しい。だからこそ俺はわらしと暮らすことにしたのだし。
「ごめん。大丈夫、今日は早く終わらせるから」
「お願いしますよ、英一様」
遥と十八禁ゲーム(十八禁ゲームというと誤解を招く場合があるがエロゲーではない)を一時間だけ付き合う予定だったが最終的には三十分くらいやったところで遥は武器のダイヤモンド迷彩をアンロックするという目標を達成したようでそこでお開きとなった。実際に楽しかったのだが目が異常に疲れた。
隣にある自分の部屋に入る。部屋の電気は点いていない。でも窓からの月明かりによりわらしの姿は確認できる。外を見ているようでわらしの姿は逆光でシルエットのように見えていた。
「何か見えるのか?」
後ろから話しかけるとわらしはゆっくりと振り向いた。河のような黒髪が月明かりに照らされ暗闇の中でさらりと揺れる。優美なその動作に一瞬見とれてしまった。
「いえ、ただ外の風景を見ていただけです。ゲームには限がつきましたか」
「ついたよ。もう寝るだけだ。今日は入部届けを渡しに行ったせいか疲れたから寝たい」
「そうですね、私も何となく疲れてしまいました。それでは、おやすみなさいませ」
一礼してからわらしは隅に重ねておいてある布団を手際よく引っ張り出し、布団の中へ入っていく。俺もベッドへ潜り目を閉じた。その時、いきなり手を掴まれ、布団に引きずり込まれる。――――やっぱり今日もこうなるか。
愛されるというのはとても嬉しい。温かみを感じ、気分が穏やかな状態で眠りにつける。
疲弊しきった体でもわらしと寝ると癒されていくように感じた。
三話を読んでくださってありがとうございます。
もしかしたら登場人物の名前が変わるかもしれませんが申し訳ございません。てきとうに決めているので。
次回は四話です。今度もまた頑張りたいと思います!