入部
夕暮れの廊下をため息混じりで歩く。
グラウンドからは無駄に体力を消費するのが好きな運動部の掛け声が聞こえる。運動が好きな奴とか変人としか思えない。ていうか運動する人って全員マゾなのか? 疲れて楽しいと思える感情がよくわからん。
そんなことを思いながら入部しなければいけないという億劫な感情を無理やり引きずり目的の場所まで向かっていた。
遊来のやっている部活は、校舎の隅の隅にある体育倉庫内。体育倉庫を本当に使っていいのかよく分からないが、もうソファーや本棚が置いてあるので今更この体育倉庫を体育倉庫本来の目的で使うことは難しいだろう。それに職員もここに倉庫があるのを忘れているんじゃないだろうか。
俺は立ち止まった。さしてまずため息が口をつく。体育倉庫に着いてしまった。
ところどころ錆びている鉄扉はいつ見ても重そうに感じる。まあ、見た目通り重い扉だけど。
帰りたい、でも帰れない。遊来と約束したから――――いや、でもやっぱり入部したくない、うん、帰ろう。
「英一様、私もその意見に賛成です」
俺の心を読み取ったわらしが帰るという俺の選択に賛成してくれた。
「よし、帰るか、わらし」
「はい」
わらしが優しく微笑みを見せた時、扉から素早く手が伸びてきて体育倉庫に引きずり込まれた。
部室は以前来た時と何も変わっていなかった。
目の前に長方形のテーブルがあり、その両側に深緑のソファーが配置されている。このソファーはもともと深緑なのかそれとも汚れて深緑になったのかはよく分からない。窓は一番奥の正面の壁に一つだけ。まあ、体育倉庫なので窓があるだけまだいいか。あとは壁に密着した大きな本棚がある。狭い部屋ではないがこの部屋で圧迫感を感じてしまうのはたぶんこの本棚のせいだ。
部室の中を見回していると遊来は満面の笑みといった表情で俺の顔を眺めてくる。
遊来は常に笑みを崩さない。俺の命を救おうとした時も笑顔を絶やしてはいなかった。身長は俺より少し高くさっき教室でわらしが言っていたように胸も十分すぎるくらいある。栗色の髪はカジュアルなショートカットで前髪が少しかかった瞳は無邪気さを残しながら少しだけ大人な魅力を感じさせる。そして……
「痛った!」
いきなりうなじに激痛が走った。衝撃で目の前にいる遊来に倒れ込む、と思いきや遊来は華麗に一歩右にずれ俺は顔面からダイナミックにテーブルへダイブした。
「英一様! なぜいつも遊来さんの容姿はお褒めになられるのですか! 私を褒めてくれたのは出会ったあの時だけですか! 毎日遊来さんを見かければ心の中で褒めていらっしゃる、私の容姿は褒めてくれないのですか!」
テーブルにへばりつくようにしてダウンしている俺の後ろで、わらしは息を荒くして言葉を投げつけてくる。何やらとてもお怒りのご様子だ。
「心配するな……俺はロリコンだ……」
潰れそうな自分の肺を無理やり動かしながら声を絞り出す。気を失いそう……だ。
「そ、そうですか、良かったです。叩いたりしてすみません」
叩くというレベルの攻撃ではなかった気がするんだが。
「いいよね、いつも仲良くて、まるで夫婦みたい」
遊来はおかしくて堪らないようで腹を抱え笑いを堪えるようにしながら言う。
「夫婦だなんて……照れますね……」
「でもゆらちゃんはロリちゃんの不倫相手なのさ!」
なにその急展開……。
「なっ! 英一様は私しか好きではないはずです。遊来さんのような鬼女を好きになるはずがありません」
「どうかな、わらちゃんは心が読めるんだから読んでみなよ、ロリちゃんの心」
「英一様は私を好きです。……おそらく……たぶん。というか、英一様のことをロリちゃんと呼ぶのやめてください」
「いいネーミングだと思わない、ロリコンだからロリちゃん」
俺は力を振り絞ってテーブルから起き上がった。さすがにテーブルの上に倒れたままでは間抜けすぎる。
「英一様、私を好きですよね?」
いきなり振るなよ、まだ回復していない俺に。
わらしは微笑みながら訊いてくる。この微笑み、絶対にNOと言わせぬこの微笑み。……怖いからやめてください。
「はい……好きです」
「どうですか、遊来さん! 英一様は私を好きみたいですよ!」
わらしは遊来の方を向きはっきりと宣言している。
「でも、ルイ十五世もロリコンだったけどポンパドゥール夫人のおかげでおっぱいが好きになったみたいだから、いつかロリちゃんもそうなるよ」
「脂肪の塊がついているだけじゃないですか! そんなのなんの魅力も感じません!」
「いいこと考えた、ロリちゃんに幼女とおっぱい、どっちが好きか質問すればいいんだよ」
「名案ですね、そうしましょう」
その選択肢はあまりに極端すぎやしませんかね。
わらしはくるりと回り俺の双眸をのぞき込むように見つめてくる。その表情はやけに真剣でわらしの透き通った瞳が俺の返答を強く促している。でも既に俺の心は読まれているのだろう。
「わらし、この倉庫に入ってきてからテンション高くないか? 落ち着けよ」
「……すみません、取り乱しました」
そう言うとわらしは両手を広げ大きく深呼吸をした。
「英一様、今私が手を広げたとき『貧乳だな』とお思いになりましたね」
反射的にわらしから目をそらす。
「いや、そんなことは……」
「でも、その貧乳が好きみたいなので良かったです」
わらしが俺に微笑んだ。どうやらこの話はこれで幕引きみたいだ。俺はいっきに肩をなでおろす。なんかもう疲れた。
「そうそう、ロリちゃん、テストするよ」
「え、なにそれ、知らなかったけど」
「今言ったからね、ということで入部テストをします!」
遊来は両手を広げ高らかに宣言した。そして大きな胸がもちろん大きく揺れる。
「痛った!」
再度激痛が走る。景色が歪んだかと思うと真っ暗になり意識が飛んだ……。
二話目を書くのにすごく時間がかかったように思えます......目が疲れた~