第九章:心の声
「・・・・・協力・・・できません・・・」
「?!」
「ミラン殿!!?」
震えているがしっかりと通る声に驚愕したのは、段上の王と取り巻く兵、そしてクリス。
王はそれまでの余裕を一瞬にして隠し、きつい目付きでまっすぐ見上げてくる青い瞳を睨む。はっきりと態度が硬化したのが分かったが、ミランは目を逸らそうとはしなかった。そういう反応が返ってくるとはある程度予想していたし、何より隣にいるガルクがよく言ったとばかりに笑っているのを視界の端でとどめ、わずかばかり勇気付けられたからだ。
「・・・・それで、本当によろしいのですかっ」
最早王は何も言おうとはしなかったが、拒否を示したミランに尚も食い下がるのは、明らかに取り乱した様子のクリスだった。
「クリスさん・・・?」
「悲しむのは貴方です。これは口先だけの脅しではありません・・・ですから・・・どうか今一度、お考え直しを」
悲痛とも言える苦しげな声だった。ミランは何故クリスがここまで必死になってくれるのか分からず、困ったようにただ見返すばかり。
「・・・・・・・どうした、クリス。おまえらしくないな」
「陛下!彼はまだ戸惑っているだけです、まだ決断なさる必要はないかと」
「・・・その態度が珍しいと言っているのだ。短い旅だったはずだが、そこまで入れ込む程に惹かれるものがあったのか、水の賢者に?」
「・・・・いえ・・・・それは・・・」
問われてぐっと答えに詰まるクリスをちらと見て、王は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「よい。おまえにその理由が分からなくても、私は知っているからな。・・・・・やはり、『不敗の剣』だからか・・・・・」
最後の方は呟きだった。それを偶々耳で拾ったフードの人物はさあ?というふうに肩を竦めた。一方ミランは自分の知らぬ何かを王たちが知っている様子なので、つい答えを求めるように隣の青年を見上げる。ガルクの表情には驚きと納得が混じっていて、クリスたちの会話から何かを察したのは間違いなかった。
「ミラン殿!」
悲痛な声のする方に首を廻らせば、切迫した様子のクリスの表情が見て取れた。
「・・・・・・ごめんなさい・・・クリスさん・・・。でも僕・・・協力出来ません・・・・。ただの脅しじゃないって・・・分かってるけど・・・、今ここで王様の命令を受け入れることが・・・正しいことだとは・・・思えない、んです」
躓きながらも己の意見を言おうとするミランを、その場の誰もが黙って見守った。
「僕だって、皆に死んでほしくない。でも、それと同じくらい、この力を戦争で使うなんてしたくない。・・・・・・それに・・・・。・・・それに、王様の言うウシュク・ベーハーが何かは・・知らないけど、それを求めてはいけない・・・ということは分かる・・・・。しちゃいけないことだって、思う」
理性や道徳心なんて、そんな立派なものじゃない。
そんなことを判断できるほど、まだ自分は人生を生きていない。
だけどだからこそ、感じるものがある。心の奥から訴えてくるものがある。
「僕が・・・僕が本当に水の賢者だと言うなら、僕のするべきことは、守り、育むこと。み、水は全ての生命を生かすものだから。王様が命を奪う選択を是とする限り、僕の意思とは反します」
「だから従わぬと?」
「・・・っ、何が良いのか悪いのかなんて判断出来ない!!けど、従うなと心のどこかが叫んでる!」
感極まってミランが叫んだ後には、一瞬の沈黙が流れた。そしてこの緊迫した空気の中に、ぶっと場違いな笑い声が響く。
「・・・くく、そーだな。その通りだ。いっぱしに人道精神なんて語りだしたら、殴ってやろうかと思ったぜ。おまえオレより年下のくせにってな。十五年かそこらしか生きてねーのに、大人顔負けの舌戦繰り広げられたら年長者の立場ねーだろ」
ガルクは笑いながらミランの背を勢いよくばんっと叩いた。少し痛いと思って責めるように視線を送れば、逆に悪戯小僧がとびっきりの悪戯を成功させたみたいな笑顔を向けられて拍子抜けする。ずっと怒ったような不機嫌な顔ばかりだったから、驚いた。
「ま、そーいうわけだ。直感的にアンタは好かないってよ。諦めたほうがいいぜ」
ガルクはミランの肩に手を置き、玉座の主に笑いかけた。
その瞬間に不敵な王の表情が一瞬歪む。けれど瞬きの後には、先ほどまでの余裕の表情に戻っていた。