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第五章:登城

「ガルクさんて、『火の民』の族長さんなんですね。実は僕も祖父から族長位を継いだんです」

「・・・・・」

ガタガタと上下左右に微妙な揺れを発しながら、馬車はひたすら王都中心部の王城に向かって進んでいる。寄り掛かった壁の振動を背中で感じながら、赤い髪の青年は向かいに座って嬉しそうにしている青い髪の少年をちらりと見た。この状況で一体何が楽しいのか、理解出来ない青年はわずかに眉根を寄せる。

騎士たちから逃れ、子供も無事親元へ帰すことが出来た後、この少年に捕まってしまったのがやはりよろしくなかった。礼を言ってすぐに去るつもりだったのに、咳き込んで印章の話を持ち出してくるから、つい立ち止まってしまったのだ。

『あの、あ、あなたも王様に呼ばれた四賢者の一人なんですかっ?!』

何だそれは、と思った。確かに王命により即刻登城せよと脅迫まがいで王宮騎士たちが村に押し寄せて来ていたが、そこに賢者の一族だからという遠慮も何もあったものではなかった。だが目の前の少年を見る限りでは、そのようなことがあったとは感じ取れなかった。

ガルクは少年から視線をずらして、その後ろに控えている騎士を凝視した。揺れる馬車の中でも平然と姿勢を保っている金髪の騎士。

一見すると、二人の賢者に敬意を払って下がっているという様子だが、その右手はいつでも剣を握れるような絶妙の位置で留まっている。重心も完全に落としてはいないのだろう。一瞬でこちらの懐に飛び込んでくるぐらい造作も無く出来るに違いない。何より、関心のないふりをしながら騎士の意識が常に自分に向けられているのが感じ取れる。

「・・・・どうしたんですか?ガルクさん?」

不思議そうに尋ねてくるミランの声がやけに場違いに感じた。

「・・・・・・何でもない」

このぼけっとした少年は何も感じていないらしい。それも当たり前と言えば当たり前だった。敵意を向けられているのは明らかにガルクだけだったのだから。

それに元々火の民は『闘いの民』とも呼ばれる戦闘能力に長けた一族だ。殺気や闘気、わずかな気配の動きすら敏感に感じ取れる。

「さんは付けなくていい。うっとうしい」

「え、でも・・・ガルクさん20歳くらいじゃないですか?年上の人を呼び捨てとか・・」

「うっとうしいって言ってるだろ」

吐き捨てるように言えば、困惑した視線が彼方此方を彷徨う。その時後ろの騎士の威圧感がわずかに増した気がした。

「本人が呼び捨てでいいと仰ってるんですから、構わないでしょう」

「クリスさんまで・・・・」

何なら私も呼び捨ててくれて構いませんよ、と微笑んで言うクリスにミランは力一杯首を振って遠慮した。残念ですと言って視線をミランからはずした後、一瞬だけクリスとガルクの視線がぶつかった。あまりに鋭く直接的な敵意を表した視線に、ガルクは思わず目を見開いた。こうまで明確な敵意が返ってくるとはさすがに予想していなかった。

こいつにとって大事なのは水の賢者だけってことか。

そう自分で考えて、ふと水の賢者だけに重きをおく理由があるのを思い出した。

同時に湧く、騎士と王への不信感。

「王城に着いたようです」

クリスの言葉と同時に馬車の揺れが止まる。小窓から外を見れば、歴史を感じさせる重厚な雰囲気の石造りの城が天を衝くように建っていた。

「では降りましょう。足場が少々悪いので私が先に降ります。ミラン殿はその後に」

足場が悪いという割りにふらつくこともなく軽快に地面に立つと、クリスは当然のようにミランに手を差し出して丁重に小さな身体を降ろす。その間もクリスの威圧感はガルクに向けられていた。ただガルクもそれに一々反応する気もなかったので、素知らぬ顔でさっさと馬車を降りた。

「さ・・・寒い・・・」

小動物のような少年は、寒さにガタガタと身体を震わせている。言う程寒くないだろ、と心の中で思いながら、むしろガルクは緊張感漂う異様な空気に顔をしかめた。

これが国の中心である王城の纏う空気だろうか。何が悪いわけでもない、目に見えておかしい所があるわけでもない。けれど第六感ともいうべき何かが、ここはイヤだと告げていた。それに併せて先程の水の賢者への執着の理由が、己が推測したものと相違ないなら。

「・・・・ちっ・・・嫌な予感がするな・・・」

ぼそっと呟いた言葉はその場の他の誰にも聞き取られることはなかった。

クリスに促され石段を登り続けていると、その後姿にガルクはふと違和感を感じた。重々しい空気の暗い王城にあって、クリスのそのブロンドの髪と纏った純白の軍服が全然馴染んでいない。容姿のせいだけなのか、ともかく明らかにここでは異質なものでしかない。

「・・・・・何だ・・・?」

嫌な予感がより一層強まった。

とりあえずクリスの敵意をひしひしと感じながらも、ガルクはわざとミランの横に近付いて並ぶ。ミランが一瞬不思議そうに見上げてきたが、すぐに嬉しそうな顔になって並んで足を進める。並んで歩くことに意味があったわけではないが、何故かそうしなければならない気がした。離れてはならない、見失ってはならない、この子供を。

複雑な城の中をぐるぐる歩き続けて、来た道などとうに分からなくなってしまった頃、ようやく一つの部屋の前でクリスが立ち止まった。扉の前にいる二人の兵士が、クリスの姿を見ただけで何の確認をすることもなく扉の前で交差させていた互いの槍を解いた。

「お疲れ様です、ソラス卿!!」

扉を開きながら兵士の言った言葉に、ガルクは一瞬我が耳を疑った。

そして理解した瞬間に、その顔からざっと血の気がひいた。

「・・・おいっ!おまえ・・ミラン!こいつの名前はクリスなんじゃなかったか?!」

慌てた様子で耳打ちされ、ミランは一瞬ぼけっとする。

「え、そう呼んでほしいと言われたから・・・。確か本名はクラウ・ソラスだって」

「くそっ・・・・やられた・・・・≪輝ける白≫の騎士か・・・信じちゃいなかったが、本物の『不敗の剣』だってことか・・」

「『不敗の剣』・・・?」

たどたどしく紡がれる言葉に、一瞬ガルクが目を丸くする。

「分からな・・・ああ、いや、そうか。そういう約束だったか・・・・」

面倒くさいことを、とガルクが額を手で覆い苦々しくつぶやく。ますますよく分からなくて、ミランはおどおどしながら切羽詰った表情のガルクを見上げた。

だが彼は彼で何かを考え込んでいるのか、その様子に気付かない。

「クラウ・ソラス卿、及び水の賢者ミラン・スウォール殿、火の賢者ガルク・ヴィシュア殿の謁見にございます」

開いた扉の先に、兵士が高らかに声をあげる。

兵士の声が響き渡るその部屋は、赤と黒が互いに主張しあう実に禍々しい空間だった。

クリスが二人の先を行き、赤い絨毯の上を惑いなくゆっくりと進んでいく。異様な空間に圧倒されながらも、ミランは決心して足を踏み出した。その隣をガルクが表情を変えずに歩く。言葉を一言も交わすことなく、やがて階段の手前でクリスが止まった。

「クラウ・ソラス、只今任を終え戻って参りました」


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