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第四章:引かれし者たち

「くそおっ!仲間の仇!!」

自らを鼓舞するように叫んで飛び出してきた男は、振り上げた剣を目の前の青年めがけて勢いよく振り下ろそうとした。

「誰が仇だ。先に手ェ出したのは、そっちの方だろが」

しかし渾身の一撃はあっさりとかわされ、青年は地に着いた剣を横から足で蹴り飛ばした。

鈍い音がして男の手から剣が吹っ飛ぶ。

離れた所に落ちた剣を視線で追って、取り戻そうと身体をそちらに向けた瞬間、みぞおちにすさまじい衝撃を感じて男は気を失った。

どさりと倒れる男を足蹴にして、青年はきょろきょろと辺りを見回す。追撃の心配をしていたのだが、どうやらこの男は無謀にも一人で突っ込んで来たらしかった。

長布を巻いた頭部から無造作にはみ出す赤い髪を撫で、おもしろくもなさそうにその場をあとにする。王都に入ったあたりから殺気を感じていたので、おびき出そうとわざと人気のない路地に入ったのだったが、出てきたのはたいしたことない雑魚だった。

「これで王宮騎士だってんだから、ふざけてる」

チッと舌打ちして青年は大通りへと足を向ける。

村から王都に着くまで、ずっと同じように後をつけられ闇討ちよろしく斬りかかられてきたが、どれもやっぱりたいしたことはなかった。

「これなら村の方も放っておいても良かったか・・・・」

『私たちは大丈夫だから。下手にこっちから手を出して、倍返しでもされたら困るでしょ』

そう言って止めたのは子供の頃から一緒だった、幼馴染の少女。

どうやら自分の心配をしてくれていたらしいが、結局言うことを聞かずに村を遠巻きに包囲していた騎士連中を根こそぎ倒してしまった。別に後悔はこれっぽっちもないが、弱いものいじめをしたかのようで少々気が滅入る。

「どっちにしろやり方が気にくわなかったから、結果は同じか。それにしても湿っぽいな、ここは・・・・火の精が少ないのか?」

こんな所に住むのはごめんだな、と思いながら複雑な路地を通り抜ける。初めて来た土地だから道なんて分からなかったが、そのうちでかい通りに出るだろうと楽観視してぶらぶらと歩く。そうこうしているうちに、背後で蠢く幾つもの気配を感じた。

隠しきれていない殺気が、相手がどこにいるかを明確に告げてくる。

でも殺気を隠しきれてない時点で雑魚決定、なんて考えながら青年はおびき出す場所を探し、路地の角をあっちへこっちへと曲がる。出来れば袋小路のような所がいい。そうすればきっと、殺気を放っている奴らもチャンスとばかりにぞろぞろ姿を現すだろう。

「ちまちま倒すのは性に合わねえからな」

次の角を左に曲がった所で、丁度探していたような広めの袋小路に出た。

よし、と内心呟いてくるりと後ろを振り向く。

振り向きざまに、壁に隠れ損ねた反射神経の鈍い何人かの姿が見えてわずかに落胆した。

どうやらまた、その程度の雑魚を相手にしなければならないらしい。

「・・・・ったく。態度と位だけはバカみてーに高い割りに、このザマかよ。おい!さっさと出て来いよ!わざわざこんな場所まで来てやったんだ。まさかココまで来て、誉れ高き王宮騎士が怖気づいたとか、言うんじゃねーだろうなあ!」

わざと彼らのプライドを刺激するように発破をかける。

すると挑発にのった騎士たちが、剣を片手に構えながらぞろぞろと現れた。

「火の民の族長、だな」

30代半ばくらいの一人の騎士が、呻く様に言いながら青年を睨み付ける。常ならばこの眼光で相手の戦意を喪失させているのかもしれないが、生憎と青年にはまったくもって無意味だった。

「なったばかりだけどな。というより、なる気はなかったんだ。てめえらのバカな上役がウチのジジイに手出しさえしなけりゃ」

出入り口を塞がれ、何人もの騎士に囲まれながら、平然と腕を組んで余裕の表情。

「騎士団の小隊長に向かって、なんたる口のききようだ!しかも我らの同士を卑怯にも殺しておいて!」

「どの口でそんなコト言ってやがる。先に手ェ出して来たのは、てめえらだぞ」

ゆらりと青年の後ろで景色が歪む。

途端に騎士達はビクリと怯えて、慌てて剣を構えなおす。そんなことをしても無意味だというのに。

「反省って言葉を知らないらしいな。折角だ、そのムダに高い鼻っ柱を叩き折って、敗北の二文字を骨身に染みて分からせてやるよ」

にやりと凄絶に笑った瞬間、青年の周りを取り囲むように焔の渦が現れた。

焔の明かりに照らされて、青年の紅い瞳が更に赤く染まる。

「よーく覚えとけよ。誇り高き火の民に楯突いたこと、死ぬほど後悔させてやる」

青年のその言葉を合図に、焔の渦が一斉に騎士達へと襲い掛かった。



*           *


「もうすぐ王都に入りますよ。お疲れではないですか?」

どうぞ、と微笑みながらクリスがホットレモンティーを差し出す。なんだか少し寒く感じていたミランはありがたく両手でカップを受け取った。

「ありがとうございます、大丈夫です」

ガタガタと揺れる馬車の中から、ちらりと外を覗く。

夏も終わりだというのに、リベル半島に比べここはかなり寒かった。植物も見たこともないような種類が多い。おそらく寒い気候に耐えられる植物ばかりなのだろう。

暖かい土地から来たミランは、王都が近付くにつれ寒さで震えることが多くなっていた。

今も入り込んだ隙間風に微かに身震いをする。

「寒いですか?もう一枚毛布をお掛けしましょう」

「あ、いいいいいえっ!大丈夫です!今でもたくさん毛布を貸してもらってるのに、これ以上借りたらクリスさんの掛けるものがなくなっちゃいます!!」

既に着膨れ状態のミランに更に毛布を掛けようとするクリスを、慌てて手を振って押しとめる。

「構いませんよ。私は王都で育ちましたから、寒さには慣れているんです。それに夜こそ寒いですが、昼間は暑いくらいですよ」

「・・・あ、暑い・・・ですか・・?」

「ええ」

どこらへんが暑いのだろう、と眉根を寄せて考えていると、もう一枚毛布がかぶせられた。

「元々暖かい土地から来た貴方には厳しい場所でしょう。それに今日は曇っていていつもより気温が低いようですし」

言いながらミランの持っているカップに追加のティーを注ぐ。こんな風に彼は、道中ずっと甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。ミランが何か言わなくても先に気付いてくれて、当たり前のようにやってくれるから、つい甘えてしまう。それがまた義務的にしてくれているのではなく、どうやら性分としてそうらしい。実にスマートに何でもこなしてしまう。

「どうしました?」

「え?!」

急に問いかけられて、思わず声がひっくり返る。

「いえ、こちらを凝視してらしたので。何かお気に障ったのかと」

「と、ととととんでもないです!そんなんじゃないです!いつもながら何でそんなに色々気が付くのかなー、と思って。それに動作がいちいち優雅ですよねっ!」

いちいちは余計だった、と内心で激しく後悔する。

そんなミランの動揺をよそに、一瞬目を丸くしたクリスは白い軍服も爽やかに、にっこりと笑って見せた。

「いつも、ということは、ずっと見てて下さってたんですか?それはそれは、光栄ですね」

「え?!や、わ、あう、わわわ!別に他意はないです!村の女の子がよく、金髪の美形騎士に大切に扱われるお姫様になりたいって話してたから、クリスさんはその理想にぴったりなんじゃないかと思ったりなんかして」

「ミラン殿はぴったりだと思われたのですか?」

「え、と・・・」

「私は貴方を守るべきお姫様として、お仕えさせて頂いてました」

「!!!??ぼ、僕、男です!!」

「はい。でも、女性よりもお美しいですよ。普段はむさ苦しい男連中に囲まれてますから、今回のお役目は私的に嬉しい限りです。役得ですね」

「・・・・ッッ!!!?」

言葉も出ない程驚いて顔を真っ赤にするミランを見て、クリスが堪えきれずフッと噴出した。手で口を押さえながら、肩を震わせてくっくっと笑い続ける。

「・・・・・・・・・・・からかって遊んでますね?」

まだ顔を真っ赤にしたまま、悔しそうにクリスを睨む。睨むといっても、その目は拗ねた子供と同じだ。

「・・・・は、はっはは。く、くくく・・・・す、すみません。つい」

「つい、でからかわないで下さい」

真面目に言い返したら、更に笑われた。

彼にもこういう面があるのだということを知ったのは、旅も半ばの頃。最初こそ互いに遠慮ばかりだったが、ほとんど一緒に馬車の中にいれば自然とよく話すようになった。

そして話していれば、どんな人かというのはなんとなく分かるもので。

「・・・・・意外に意地悪いですよね・・・クリスさんて・・・」

「そんなことありませんよ。これでも私は真面目で誠実な騎士で通ってるんです」

「じゃあ、何ですぐ僕をからかうんですか?!」

「反応が楽しいから・・・ですかね。馬車の中は暇ですから、楽しい方がいいと思いませんか?」

楽しんでるのはそっちばっかりな気がしますけど。思わず口をついて出そうになる反論を慌てて飲み込む。反論したところで、どうせまた笑われるか揚げ足をとられるかのどちらかだ。さすがにミランも学習していた。それでも溜息と共にちょっとした文句が出るのは、見逃してもらいたいものだ。

「・・・・騎士の人って、みんなこんななのかな・・・」

「どういうイメージを持ってらっしゃるのかは分かりませんが、騎士だって人です。笑いもすれば冗談だって言いますよ」

「聞いてたんですか」

「聞こえてきたんですよ」

にっこりと、まったく悪びれもせずに微笑む。その姿はドコからどう見ても、生まれも育ちも立派な貴族の青年だった。でもその笑顔に油断しちゃダメ、油断しちゃダメとブツブツ繰り返すミランを、クリスは苦笑しながら眺めていた。

「閣下。今、王都に入りました」

御者台からかかった声で、クリスの顔が一気に騎士のそれへと変わる。心なしか取り巻く空気さえも、ぴんと張ったような気がした。

「分かった。このまま城へ」

気持ち低い声でクリスが御者に答える。たったそれだけのやり取りだったが、ミランはここで改めて彼が本来自分とはめったに口もきけないような騎士だということを認識した。

彼は王宮騎士団の中でも、特に王からの覚えめでたい側近中の側近だと御者が言っていたことを思い出す。そんな人が自分とふざけあってたなんて、ちょっと信じられない。

多分、慣れない旅で不安がっていた自分にあわせてくれたのだろう。

そう思ったら、また気兼ねなく話しかけることができなくて、なんとなく馬車の外へと視線を移す。石畳の上を走り出したようで、揺れ方が微妙に変わっていた。

「外、見ますか?多分貴方には寒いと思いますけど」

余程興味津々に見えたのか。クリスは微笑みながら、片手でカーテンを押し上げて、ちらっと外の様子を見せてくれる。特に申し出を断る理由もなかったので、こくんと頷いた。

「・・・わあ!人がたくさん!」

「今日は市が立つ日なので、人もいつもより多いですね」

二人して顔だけ馬車の外に出すと、きょろきょろと周囲を見渡す。ここはレンガで出来た家が一般的のようだった。フスク村は木造の家ばかりだったから、ちょっと新鮮な気がする。馬車が走っている道は、市がたっている道から一本離れているが、それでも賑やかな空気は十分伝わってきた。

リベル半島の村は穏やかだったから、こんなに活気がある所はあまり見たことがない。

果物を売る店主の威勢のいい声、見知った顔と会って道端で談笑する夫人、銀食器を値切り交渉する男性、あちこちの店を覗き込む子供たち。

なんだかウール祭を思い出してわくわくした。

「降りて、見て回りましょうか」

くすっと横から笑い声が聞こえた。

「・・・え?!いいんですか?」

「少しくらい大丈夫でしょう。すまないが、少し止めてくれるか」

クリスが少し大きめの声で御者に向かって言うと、しばらくして馬車がゆっくりと道の脇に止まった。まずクリスが馬車から降りて、その後を続いてミランが降りた。

「では、行きましょうか」

「あ、はい・・・」

笑顔で促され、足を一歩踏み出した瞬間。

「ア・・・ッッ、つうっ・・・!!!」

ビリッと電気が流れたかのような衝撃を感じた。

思わず胸を押さえて前に屈む。何故かまだ、ドクンドクンと何かの脈動を感じる。

「ミラン殿!!どうなさったんですか?!」

焦った表情でクリスが覗き込んできたが、ミランの頭の中からは既に彼の存在は抜けていた。ただ熱く脈打つ何かに意識が集中する。

これは、一体何だ。

胸を掻き毟ると、指先に硬い感触がした。それは、ネックレスにした水の印章だった。

胸元から印章を引っ張り出すと、ドクンと強く脈打つ。

熱を持った印章は輝きを増し、何かを語りかけるかのように規則正しく脈打ち続ける。

「・・・・・・呼んでる・・・?」

何かが、誰かが。自分を、水の印章を、呼んでいる?

いや、というよりも。

「・・・・引き合ってる・・・?」

それはさながら磁石のように。わかたれた物が、元はひとつだった同じ物に戻りたいとでもいうように。

ふらりとミランは一歩を踏み出す。一度歩く意志を持ってしまえば、あとは勝手に身体が動いた。引かれるままに、すべてを忘れ走り出した。

「ミラン殿?!何処へ―――」

クリスが慌てて声を掛けるが、聞こえていないようだ。それどころかあり得ない速さで、どんどん遠ざかって行く。後を追いかけようと走り出せば、途端に原因不明の霧が行く手を阻んだ。

「・・・・くっ・・精霊か?!」

ミランの後姿はこれでもう完全に見えなくなった。それでも霧は晴れる気配がない。

精霊が関わっている現象であれば、下手にその術中に飛び込むのは得策ではない。それが分かっていたから、霧が晴れるまでなす術もなくその場に立っているしかなかった。



*               *



どこだろう。今僕はどこへ向かって走っているんだろう。

見たこともない街の中、息を切らしながら必死で呼ばれる方へ走り続けた。

何故だか取り巻く精霊たちが急いでと言っているようだったから、言われるまま示されるまま進み続ける。人気のない複雑な路地を先導してくれるのは、火の精霊だった。

もう帰り道も分からない程、何度も角を曲がった所で人の声がした。

「―――ッ―――卑怯―――・・がやることか!!」

印章がもう一度強く脈打つ。この声の主を探していたということだ。

ミランは速度を緩め、慎重に声のする道に近づいていく。

「卑怯でも何でも、貴様に傷の一つでも負わせないと仲間がうかばれん」

「そんなこと考えてる時点で、てめえらみんな騎士として終わってんだよ。先に奇襲まがいにオレんとこのジジイに手出しといて、その後何もされるわけないと高をくくってたか?騎士様に楯突くヤツはいないだろうって?残念ながらオレたちは、そんな根性ひんまがったバカ共に素直に従うほど愚かじゃないんでね」

「そうやって思い上がるのもここまでだ」

「思い上がってんのは、どっちだって言ってんだよ。奇襲でジジイを殺して、挙句合図ひとつで村を攻められるように包囲してたヤツらのどこに、従うだけの要素がある?!今だって子供を楯にとって、オレの動きを封じて満足か?何が騎士だ!偉そうに豪語するなら、それに見合うだけの行為を見せてみろ!名ばかりの面汚しどもが!!」

どうやら声の主が騎士に囲まれているようだったので、そうっと路地を覗こうとしていたミランは、子供と聞いて瞠目した。慌てて覗いてみれば、一種広場のような空間の中央に20歳程の一人の青年が憤慨した様子で立っており、それを取り囲むように騎士たちが剣を構えている。その中の一番手前、ミランの近くの騎士がその左脇に小さな子供を抱えていた。

助けなければ。きっとその為に精霊は呼んでいたんだ。

そう思うけれど、どうやったら子供にケガをさせずに助けられるのか分からなかった。

とその時、悩むミランの前に先程道案内をしてくれていた火の精霊たちが、踊るようにして騎士たちの周りを飛び、しきりに彼らの持つ剣を示していた。

「・・・・・あ、そうか・・・」

何を言いたいのかを理解したミランは、意識を剣に集中させた。



強気な発言をしつつ、青年はどうやって子供を遠ざけるかを考えていた。

すぐに片のつくケンカのはずが、偶々迷い込んだ子供を楯にとられて、決定的な打撃を与えることが出来ずにいた。卑怯な、とは思ったが、別にそれで攻撃手段を失ったわけではない。火を操ることの出来る自分なら、子供を巻き添えにせず騎士だけを燃やすことなど簡単に出来る。それでもためらっていたのは、外傷はなくとも心の傷を子供に残してしまうことを考慮していたからに他ならない。

人体が燃えているのを見て、子供が一体どう思うだろうか。小さい子供だから、相当なショックを受けてしまうはずだ。トラウマとなって、生涯火を怖がることになってしまいかねない。人間が生きていく上で火を使わざるをえない以上、極度の恐怖心は持つべきではない。

だからずっと、子供にショックを与えないでなおかつ無事に逃がす方法を考えていたのだ。

それでも案が出てこなくて内心毒づいていると、火の精霊たちがしきりに騎士の周りを飛んでいるのが見えた。

何をしたいのかと思っていると、路地の入口あたりに壁に隠れながら青い髪の少年がいるのが目に入った。

バカが、こんな所に来るんじゃねえと言いかけて、少年の目が火の精霊の動きをしっかり追っていることに気付く。よく見れば、少年の周囲を守るように水の精霊たちが集まっているのが分かる。途端に懐にビリッと衝撃が走った。声を出しかけて慌てて飲み込む。

何なんだと思っていると、火の精霊の声が聞こえた。

「・・・・・マジかよ。どうやってやる気だ・・・・」

思わず渋い顔で呟いた瞬間、ザアッという音と共に騎士たちの上から滝のような大量の水が降り注いだ。水圧で全員の剣が地に落ちる。中には剣だけでなく、自分自身も水圧に負けて膝を地につけた者もいた。青年はその瞬間を見逃さず、飛び出して子供を抱き上げる。そしてその勢いのままミランの所まで走り、驚いたミランの手を掴んで路地を駆け出す。

「・・・わっ!あ、あの・・・」

「黙って走れ。追いかけて来てる」

ちらっと後ろを見ると、確かに復活の早い騎士は猛然とこちらを追いかけてきていた。

「しつこい・・・・いっそ燃やすか・・・・ん?」

間近で子供が人体発火を見る危険性は無くなった今、しつこいヤツらを燃やしても構わないかもしれないと思いながら走っていると、火の精霊と水の精霊が前に飛び出してきた。

相対する属性の精霊が一緒にいることは珍しい。

何か問題でもあるのかと、つい立ち止まってしまう。

「どうかしたのか?」

「わっ!来た!」

問いかける声と危険を告げる声が同時に発せられる。

振り向けば存外近くまで騎士たちが迫っていた。やはりお荷物二人を抱えての逃走は、いかに青年の運動能力が高かろうと無理があったようだ。

「ちっ、こうなったら―――」

舌打ちして、奴らを丸焦げにしてやろうと睨みをきかした時。

『熱を、下げて』

『水の柱を』

二種族の精霊が、それぞれの守護する者に短く囁く。

それが一体何を意味するのか、ミランも青年もさっぱり分からなかったが、ただ反射的に言われた通りに力を使った。すると騎士たちの目の前に突如として、分厚い氷の壁が立ちはだかった。勢いを殺せなかった騎士たちはそのまま氷の柱にぶつかり、その後に続いていた者は何が起こったのか分からず、わめいている声が聞こえる。力を使った本人たちもまさかこんなことが起きるとは思っていなかったのか、しばらく呆然と氷柱を見上げていた。先に我に返ったのは青年の方で、今の内にと、再び二人を引っ張り大通りへと足を進めた。


*            *


赤と黒を基調にした巨大な一室に、王宮騎士団の証たる黒い甲冑を身に着けた騎士たちが一定の間隔をあけて並んでいた。部屋の中央を横切るようにまっすぐ敷かれた赤い絨毯を挟んで並ぶその様は、その道を通る人を出迎えるというより、逃げ道を塞いでいるようにしか見えない。その絨毯の続く先には、十段ばかりからなる階段があり、その上に金と赤で拵えた豪奢な玉座があった。

「・・・・ようやくの登城だな」

玉座に深く腰掛けながら脚を組んだ人物は、右手で頬杖をつきながら左手に握った蒼い宝石を弄んでいる。陽に透かすように石を持ち上げると、くっと喉の奥で笑う。

「伝説の水の賢者か・・・・。今度こそ、これを完成させてもらわねば」

青に劣るくすんだ蒼色は、これが劣化品であることを示している。

望んでいるのはこの蒼ではなく、目も覚めるような深く澄んだ水面のような色。

もうすぐ手に入るだろうその色を想像し、冷たい闇色の瞳に歓喜の色が浮かぶ。

「・・・・・ですが、彼が本当にその力を有しているのか分かりませんよ」

控えめだがしっかりとした声が、玉座の右後ろから唐突に響いた。

見るものを凍らせるような鋭い視線が、声の方向にちらと送られる。

そこには今までまったく気配を感じさせなかった黒いフードで全身を覆った人物が、視線に圧倒されることもなく悠然と佇んでいた。

「仮に貴方の言う物がその石だったとして、存在していること自体が奇跡です。ましてそれを完全にするなんて」

「確かにな。今まで石を完成させられなかったヤツばかりだったと聞いている。今回だってそうかもしれないと、そうお前は思うんだろう?」

「それもありますが、私が言いたいのは、陛下の求める物が本当にその石の完成品で間違いないのかということですよ」

「・・・どういうことだ?」

フードの人物の言葉の内容に惹かれ、今度は視線だけでなく上半身を捻って見上げる。

「この世の理の全てを超越する伝説の代物。それが目に見えるような石の形をとり得るのか、ということです」

言いながらフードの人物はゆっくりと歩み寄り、玉座の右横に静かに立ち止まる。

「・・・・フン。見えようが見えまいが、力が手に入れば問題ではない」

「・・・・・・・仰る通りで」

黒いフードで顔は見えなかったが、かすかに笑った気配がした。

「歴代の王たちが手に入れることの叶わなかったものを、私は手に入れてみせる。すべての札は揃っているのだからな・・・・」

両手を組んで再び深く腰掛けた王は、自信たっぷりに笑って視線を正面の入口に向けた。

絨毯の上を一人の兵士が駆けてきている。

階段下に辿り着くと兵士は片膝をついて低頭し、そのままの状態で声をあげた。

「只今ソラス卿より連絡が入りました。無事王都に到着したそうです」

王はにやりと満足そうに笑うと、兵士を下がらせた。

どうやらもうすぐ念願の対面を果たせそうだ。

その時ふと、隣に立っている人物が妙に押し黙っているのに気付いた。

「・・・・ソラス卿・・・?」

フードで声がくぐもって聞こえにくいが、呟いた声は少し動揺しているようだった。

「ああ、お前は知らんか。幼少時代からの私の忠実な片腕だ」

「・・・ソラス・・・まさか、しかしそんな名は・・・古代ネヴェズ語はもう一部しか・・」

王の言葉が聞こえているのかいないのか、フードの人物は右手を顎にそえて考え込むようにぶつぶつと呟いている。

「王よ、その騎士の名はもしや・・・クラウ・ソラスと・・・?」

「そうだ」

「・・・・ッ・・・『不敗の剣』か・・・」

フードの奥で息を飲む音が聞こえた。何かに気付いたらしいその人物を、王は面白そうに見上げる。

「気付いたか?はは、さすが叡智の一族」

「貴方は知っていたのですか?」

「その時は何も。だが、偶然とは思えんだろう?完全な四賢者が揃うこの時に、『剣』も又時を同じくして現れたわけだ・・・・何一つとして欠ける事無く、私の元にな」

運命だとは思わんか?そう言ってやけに楽しそうに玉座の主は笑った。

運命なんて一番信じてなさそうな不敵な王が、笑って言ってしまえるほどあり得ない偶然だった。

「・・・・運命ですか・・・・」

フードの人物は皮肉げに呟いた。

決められた運命があるというなら、今ここに自分がいるのもその運命に導かれたからか。

ふと、もう二度と振り返るまいと決めた過去が脳裏をよぎる。

そしてすぐに、打ち消すようにかすかに首を横に振った。

「ならばもう、その歯車は廻り始めた。我々が生まれ落ちたその瞬間から」

世界が新たな世を望んでいる。そこから逃げる術など無いのだ。

否、逃げる気など初めから無かった。


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