第二十章
こういう時は自分は本当に役立たずだ。
改めて気付くと少し情けなくなって、ガルクは渋い顔をした。
元々火の民自体人の機微には疎い性質だが、ちょっとやそっとじゃ傷つかないタフな精神をしているせいで、繊細すぎる精神をもった水の民の心が理解できない。
理解できないから、慰めようもない。
だからこういう場合必要なのは、自分じゃない。
「・・・・・必要なのは、≪不敗の剣≫か・・・」
無意識に呟いた言葉を聞きとめて、ガルクは不快そうに眉根をよせた。
あの騎士が本物の≪不敗の剣≫かどうかなんて、調べるまでもない。自分とは絶対に相容れないと感じた己の感覚が、彼の騎士が本物だと告げている。
絶対にあれは本物だ。
「・・・・なのに何で、あんなところにいやがるんだ・・・」
本来在るべき場所はこの子供の傍らなのに。間違っても敵対するかもしれない位置になど、いていいはずがない。
水の賢者と常に共に在った≪剣≫。
あらゆる害から守り、守られ、他の誰にも断ち切れぬ深い絆で繋がる存在。
誰よりも何よりも、傍で支えてやることが出来るのに。
考えれば考えるほど腹の底から湧き上がってくる怒りに気付き、ガルクは舌打ちをした。
イラつく気持ちを振り払うかのように、無意識に馬を駆ける速度が上がった。
* *
透き通るほど白い腕がついと上空へと伸ばされた。
そして数秒も待たぬ間に、その腕の先に一羽の鳥が降り立った。チチチとさえずる声に耳を傾け、銀髪の少女はわずかに頷く。
「分かった。ありがとう。あなたは彼らを誘導してあげて」
少女の声に応えるように鳴くと、鳥は再び空へと舞い上がった。
風に乗って南へと進路をとるその影を追いかけた後、少女は自分の周りを回り続ける精霊たちに目を向けた。
「あなたたちも水の賢者が心配なのね。いつもより騒がしいわ」
そう少女が言うと、肯定するように突風が上空へと舞い上がった。風の眷属である鳥の言葉を精霊たちも理解して、その知らせの内容にひどく心揺れたようだ。
風に煽られた長い銀髪を手櫛で梳くと、少女は身を覆うフードを深く被りなおした。
「本当なら≪剣≫の役目だけれど・・・・今は、彼にお願いした方がいいと思うの」
ここより遥か南方の地にいる賢者たちのもとに行くのを待ち望む風の精霊たちを仰いで、少女は微笑んだ。
「行って、伝えて。エンリルに。水の賢者に立ち上がるキッカケを―――」
そして示された指先の向かう方角へと突風が駆け抜けた。
* *
風が叫びを運んできた気がした。
予告もなく突如吹きすさぶ風が耳元でうなるのを聞いて、少年はふと顔をあげた。
雲のない夜空に半月が綺麗に輝いているのが見える。
「・・・・・・・アイオリア?」
ぼそと口に出した後で、少年はすぐさま己の口を掌で覆い隠した。
身動きもせず気配だけで後ろを伺うが、規則的な寝息が聞こえてくるだけで同行者が起きた気配はしなかった。それでも警戒をとかず静かにしていると、もう一度、今度は優しく風が耳元をすり抜けた。風に煽られた焚き火がぱちっと火の粉を爆ぜる。
揺れる火の明かりに照らされて、少年の茶色の髪と瞳が金色の光彩をまとっているように見えた。
「・・・・・・・・・・・そう・・・・か・・・」
少年は風の運ぶ伝言を正確に受け取った。
そしてそれ以上は何も言わずに自分の目の前に浮かぶ風の精霊に微笑み頷いた。
承諾の代わりに。
風は答えを受け取り、北の空へと舞い上がる。遠く駆けていく精霊の姿を月明かりの下で追いながら、少年は沈鬱な面持ちで右手を肩の辺りまで持ち上げた。
するとその動きに導かれるように、何もないはずの地面から茶色の毛並みの狼が飛び出した。少年は狼を一瞥しその頭を撫でると、自らのいる場所から東の方角を指差した。
狼は声なき恭順を意を示すと、颯爽と夜半の森を指差された方角へと向かって走り出した。