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第二章:はじまりの歌

カウカス大陸の東の端にあるリベル半島には、伝承に残る四賢者の一人、フラッド・スウォールの末裔と目される一族が今なおその勢力を失わずに生き続けていた。彼らは、始祖フラッドが水を操る術を得意としていたことから、現在『水の民』と呼ばれている。そして彼らの住まうフスク村は、水の恵み豊かなリベル半島の中でも特に清く澄んだ水を豊富に持つため、「水の里」「生命の泉」とも呼ばれていた。

夏が本格的に始まる前には、周囲の村々を交え、水が尽きぬことを精霊に願うウールという祭りが催されたりと、人々は王都から離れたこの地で穏やかに暮らしていた。



「あ、その旗はこっちの柱に一緒に立てて下さい。そっちの樽は祭礼用ですから、まだ倉庫の中でいいと思います」

祭りも間近に迫った風待月の半ば頃、村の中心の広場では、ウール最大のイベントである水を願う舞を舞う為の舞台を村人が総出で準備していた。その中でも、16歳程の少年が村人の質問に丁寧に答え、全ての進行を指揮していた。

「足場は出来たぞー。どうするミラン、先に屋根作っちまうか?」

「あ、そうですね。お願いします」

金槌片手に振り返る筋肉質の男に、ミランはこくりと頷いた。その拍子に肩にかかった青い髪がさらりと落ちる。水の民と呼ばれるだけあって、フスク村には水の精にも例えられるような青い髪や瞳を持つ人が多い。全員がそうだとは言わないが、かなりの多さで青みがかった色を持つものがいるのが特徴だ。ただその中でもミランの髪と瞳の青さは飛び抜けて濃く澄んでいる。肌は半島人の特徴で白いから、肌と髪・瞳との白と青の対比が美しく、その美しさ故に『精霊の愛し子』とあだ名するものまでいる。

「今年の舞手はミランだって?」

「あ、ラグさん。はい、母さまもいい機会だからって言って、率先して衣装を縫ってます」

ラグと呼ばれた20代後半ほどの青年が、話しかけながらミランにハーブティーの入ったカップを手渡す。ミランは礼を言ってそれを受け取ると、こくこくと喉に流し込んだ。指示を出し続けていたせいか、思った以上に喉が渇いていたらしい。あっと言う間にカップは空になってしまった。

「まあ、族長のとこの一人息子だもんな。もっと小さい頃から舞手として舞台に立っててもおかしくなかったんだが」

「・・・・あ、えと。はい、そうですねー」

何気ないラグの呟きをミランは笑って流した。

「今年はこの村でさえ水が少なくなっているからな・・・。期待は大きいぞ?何と言ってもフラッド・スウォール直系がようやく舞うわけだからな」

「・・・そう、なんですかー?うわ、期待を裏切らないように努力します」

自信なさそうにミランは微笑んだ。

「あ、そのことで僕じいさまに呼ばれてたんだ。ごめん、ラグさん。後頼んでもいいですか?」

「舞台の設営は大体終わってるからな。ま、オレでも大丈夫だろ」

「良かった。じゃあ、お願いします」

ミランはぺこりと頭を下げるとカップを近くの樽の上に置いて、小高い丘の上にある村長の家を目指して走り出した。



*          *



「じいさま、遅れてすみません」

ミランが顔だけひょっこりと祖父の部屋に出すと、部屋の中では入口に背を向けた祖父が水の満ちた盆を覗いていた。しかしミランの声を聞くとくるりと振り返った。

「なに、かまわんよ。入りなさい」

「はい」

促されて部屋の中央のいすに座る。そのすぐ前のテーブルには今しがた祖父が覗いていた水盆があった。

「水占をしてたんですか?」

首を傾げて向かい側に座る祖父に問う。祖父は水を通して未来を読む占い師であり、祭りに良い日取りなども彼が水占で決めていた。水占はほぼ百発百中だが、そのかわり精神力も体力も消耗が激しいのであまり頻繁には占わない。祭りの日取りを決めたのがごく最近のことだから、また水占をするのはちょっとおかしい。

「うむ。気になることがあっての」

ミランの問いに祖父はさらっと答えた。何の問題もないと言わんばかりのあっけなさに、ああこれは知らなくていいことなんだなと納得した。

「それはそうと、ミラン。舞の方はどうじゃ?」

「あ、大丈夫です。舞自体は小さい頃から見て覚えていたし、あとは衣装に躓いたりしなければ・・・多分」

「・・・・・・・・・すまんのう」

「え?」

「幼い頃からおまえを舞わせぬようにと、権限を使って避けてきたが・・・。今更になって多くの人の前で舞わせねばならんとは」

「・・・・・」

昔から祭りで精霊に捧げる舞を舞うのは一族直系の者に限っていた。

それはスウォール直系の血に流れる力が特別であったからである。だがそれも遥か昔のことで、今となってはその直系も普通の村人と大差ない力しか持たない。稀に祖父のような占いに長けている者や水の流れを知ることの出来る者もいるが、それだけである。精霊と対話し力を借りるなどということは夢物語であった。だから今は形式だけで祭礼が行われているのだ。そしてだからこそ、祖父も一族もミランが舞うことのないようにと毎年根回しをしていた。舞えばミランは普通の子ではいられない、賢者の再来と祀り立てられるだろうと知っていたから。それが同時に、今の時世では命に関わるかもしれないと感じていたから。

「国が・・・傾いているからやも知れんのう。おまえのその力は」

「水が枯れてきているのも、その所為・・・なんですか?」

「おそらくは。儂よりもおまえの方が分かっておるはずじゃろう」

重々しく頷く祖父を見て、ミランは俯いた。

近年の王家の争いで国は疲弊しつつある。王都から離れたこの半島にはその余波はあまりないが、それでも水が枯れるという異常事態が起こってしまった。国が平穏を保っていた頃にはありえなかったことだ。

国が倒れかけている。そしてこの国を守護する精霊たちが苦しみ嘆いている。

水が枯れるのはその先駆けだ。

「・・・はい。声が、聞こえるから。精霊たちの、気を付けてと忠告する声が」

「『精霊の愛し子』か・・・。もうこの里でもおまえしか水を呼ぶことは叶うまいて。始祖と同じ力を持つおまえにしか・・・・」

「・・・・・」

「ウシュク・ベーハー」

「?」

「・・・この世でただ一人、生命に関与出来る者か・・・」

「じいさま?」

悲しそうに呟く祖父の様子がいつもと違う気がして何だか不安になった。それに呟いたことの意味が自分にはまだよく分からない。

「おまえの力は他の何者にも代わってやれない。けれどその力がおまえに現れたのには意味がある。だから決して、力を厭うてはならんよ」

幼い子供に言い聞かせるように、低く優しい声で語られる言葉に、ただ素直に頷いていた。

その言葉に一体どんな意味が込められているかなんてわからないまま。

祖父の部屋から出た後も、その言葉の意味を考えたのは少しだけで、すぐに心は間近に迫る祭りの方へと傾いていた。

遠ざかる足音を聞きながら、祖父は水盆の中を再び覗き込んでいた。

普通の人にはただ水がたゆたっているようにしか見えないそれは、彼の目には未来を映す鏡も同然。見える未来に、彼は深く溜息をついた。

「もはや世界は止まらぬか・・・」

呟き、盆の水を右手で掻き回す。

「儂に見れるのはここまで・・・。未練だのう」

長く白い髭を撫でながら盆から視線を移し、遠い空を見上げる。

「辛い宿命を背負った『精霊の愛し子』たちが、その重責に押し潰されぬよう祈るのみか」

かすかに村の中心から聞こえる村人たちの笑い声に、懐かしむように愛しむように、ただ静かに微笑んで耳を傾けた。




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