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第十七章:遠征

キリクスが書類処理に没頭している同じ頃、王都フィアナの王城では、王とフードの人物が帝国軍の動きについて舌戦を繰り広げていた。

「国境城砦までは距離がある。無闇に進撃して痛手を被ることもあるまい」

「ほう?まるで最初からこちらが帝国に及ばないとでもいうような口振りですね」

「そのような安い挑発にのると思うな。城砦の守りは強化してある。そう簡単に破れるものではない」

「ですがその身に火の粉が降りかかってからでは、遅い場合もございます」

冷酷にきってすてる王に尻込みする気配も見せず、フードの下から玉座から見下ろす王を傲然と見返す。王の傍らに控えたクリスは、そのやり取りにやや不安そうだ。

「手を出さなければ出さないで、帝国は更に歩を進めてきましょう。つい最近賢者二人を敵に回した陛下としては、そう長い間国の外になど構ってらっしゃる余裕はないと存じますが?」

言外に、ここで放っておけば賢者たちと帝国軍、両方を同時に相手取ることになると脅している。その問題点にとっくに気付いていた王は、指摘をされて不愉快そうに眉を寄せた。

「だが、だからといって、王都の守りを手薄にするわけにもいかぬぞ。何か策はあるのか?」

「陛下は何の為に私をお呼びになったのですか?」

強気な発言が広間に響く。王は片眉をあげると、ついでにやりと笑った。

「愚問だったな。で、どうする気だ?」

「騎士団をお貸し下さい。特に騎馬に優れ遠矢の得意な兵を。指揮は私自ら行います」

「・・・・・・それだけで良いのか?」

「いえ、それと、そこの白の騎士の同行を願います」

ふいと首の動きだけで玉座の右後ろのクリスを示す。クリスはその申し出に驚いて目を見開き、王は渋い表情になった。

「これは私の側近だ。私の身辺を警護してもらわねば」

「おや?なんと度量の狭い。とても一国の主のお言葉とも思えませんね」

「きさ―――」

「何の意味もなく申し出ているわけではありませんよ。必要だと思ったから、そう申し上げただけです。ですが陛下が否と仰るなら、仕方ありませんね・・・」

ふうと大げさに溜息をついて見せ、フードの人物はくるりと踵を返す。

やけにあっさり引き下がるものだから、思わず王も引き止める声を出す。

「待て!」

「はい?ご了承頂けるんですか?」

「内容による。何の為にクリスを連れて行くのか聞きたい」

幾分態度を和らげた問いかけだったので、去りかけていた身体を反転し、改めて王に向かいあう。じっと玉座を見上げ、たっぷり間をおいてから、フードの下から朗々たる声をあげた。

「普通、戦というものは、相手よりも多い人数を揃えた方が勝利します。それが最も単純な戦略であり、正道です。ですが私は今回あえて正道ではなく、奇手を用います。この場合の奇手とは、少数による大軍の撃破ですね・・・・さて、今回何故わざわざ奇手を用いるのか、分かりますか?クラウ・ソラス?」

突然名指しで呼ばれクリスはびくっとした。けれどすぐに考え込むと、ぽつりと答えを返す。

「相手にショックを与える為ですか・・・?」

「それもあります。が、それだけではありません」

どうやら王もクリスと同じ事を考えていたらしく、何だ違うのか?と顔が雄弁に物語っている。

「正道による戦は、要は力と力のぶつかりあいです。数が多いほうが勝つのは自明の理なれど、被害も甚大。けれど奇手を用いるとなれば、やりようによって被害は最小限度、もしくは皆無に抑えられます。無駄に人手を削ることが出来ない以上、被害を抑える戦法をとることがまず第一でしょう。そしてそれは同時に、相手に精神的打撃を幾重にもして与えることになります。小数部隊に大軍が追い返されれば、帝国はこちらの力量を計りかねて進軍を踏みとどまる。そうでなくとも、こちらの戦力に変わりが無いのに、帝国側が戦力を削られれば、やはり手を出しにくくなる。敵の士気を挫くには最も有効な方法です」

「・・・・なるほど」

よくまあそんなことをあっさり考えつくものだと、王は感心して頷いた。

「そしてより的確に効果的な打撃を与える為に必要なのが、その白の騎士です。人というのは、目に見える具体的なものがあると、そこに集中するように出来ています。これといって目立つ将のいない部隊よりは、名のある将の率いる部隊の方が、部隊の実力の程に違いがなくても恐ろしいものです。彼が少数の部隊を率いて、帝国軍を追い返す。そうなると当然帝国はダーナという国だけでなく、ソラス卿個人に警戒を強めます。『大軍を追い返したのは、あの白の騎士だ。彼の力量を見誤ってはいけない』。これで帝国はますます進軍に二の足を踏むことになる。そしてこちらは、白の騎士の存在そのものが味方の士気を高めることになる。・・・・・・分かりますか?彼を将として据えることは、この戦略をより確実に成功に導くことに繋がり、王の傍らに白の騎士あり、と示すことが眼前の障害を掃うだけでなく、後の憂いを失くすことにも繋がるのですよ」

いかがですか?と聞かれて、それまで呆然と話を聞いていた王とクリスは、はっと我に返った。よどみなく語られた内容が、自分たちが想像した以上のことまで網羅していてびっくりしてしまったのだ。クリスは目をぱちぱちとさせて、段下のフードの人物を尊敬の眼差しで見つめ、王は足を組み直しおもしろそうに笑った。

「つくづく敵に回したくないヤツよな」

「お褒めにあずかり光栄です」

言うほどには光栄とは思っていない態度で、しれっと王の言葉を受け流す。

「で、どうなんでしょうか?」

「お前のその態度は頂けないが・・・よかろう。そういうことなら、こやつを連れて行くがいい」

「はい。では、ありがたく」

黒いフードの下で初めて微笑む気配がした。あれだけケンカを売っているような、怖いものなしの態度をとっていても、やはり内心は王の不興を買わないか不安だったのだろうか。

クリスは王の傍らで呑気にそんなことを考えていたが、段下のフードの下から注がれる無言の要請に気付き、後ろ手に組んでいた手をはずし王に向かって跪いた。

「勅命をもって命ずる。クラウ・ソラス、汝は此度の南方国境城砦防衛線に将として赴き、帝国軍を退けよ。見事、その名と姿を奴らに恐怖の象徴として刻み付けてこい」

俯く金の髪の上を、年の割には低く重苦しい威厳に富んだ声が通り抜ける。幼い頃からずっと隣で聞いてきたこの声を、他の騎士たちとは違ってクリスは怖いなどと思ったことはないが、やはりこういう時は少なからず畏怖の念が込み上げてくる。

金色の玉座の足を視界の端に入れ、深紅の絨毯を見つめながらクリスは短く「御意」と答えた。一度深く礼をしてから立ち上がり、あまり高さのない階段を下っていく。

フードの人物の隣までくると、二人揃ってもう一度王に礼をし、謁見の間を出て行った。

二人が出て行ってしまうと、無駄に広い部屋の中には王と扉を守る近衛兵二人だけになってしまった。扉から玉座までの距離は結構あるので、王にとっては自分ひとりだけいるのと変わらない。

「ふっ・・・見事な頭脳と達者な口よ。私が軍を動かさぬとみると、動かさざるをえない方へ追い詰めよった。まあ、実質我が軍に支障はなさそうだし、好きなようにさせてやるか・・・」

フードの人物の思うように動かされたようで多少不快ではあるが、こちらに不利になるようなことはなさそうなので、まあ良しとする。火の賢者も水の賢者も、今のところ自分たちのことで手一杯で歯向かって来る事はないだろうから、クリスが傍にいなくても特に問題はない。王は南方城砦のことを既に完了したものとしてさっさと頭から追い出すと、国内の財政状況を向上する為の案について真剣に考え始めた。

一方謁見の間を出た二人は、黒いフードと純白の軍服という珍しい組み合わせに興味をひかれている兵士たちの視線を浴びながら、フィアナ王宮騎士団の詰め所に向かっていた。

「騎士団内の選抜は貴方に任せますよ。百名程集めておいてください」

「百?!たったそれだけで、どうやって戦など・・・」

カツカツと規則正しい足音を響かせながら、西の回廊を渡る。

「頭さえ働かせれば、たいていのことは可能なんですよ。既に遠征の為の糧食・武器、その他の物資については準備を終えています。斥候隊を送っての情報収集にも抜かりはないので、貴方がたはさっさと身支度を終えて下さい。準備が出来次第出発します。」

「陛下に遠征の許可を頂く前に準備を?」

半歩先を歩くフードの後姿を見つめ、クリスは感嘆の声をあげた。

「・・・・・今回に限っては、許可を貰ってから動いていたのでは遅いんです。色々と」

「奇手を用いるという、その戦略は時間との勝負なのですか?」

「・・・・・いえ。それとは別件で」

そう言ったきりフードの人物は口を噤んだ。

この人がこういう態度をとれば、もう何も話さないだろうことは短い付き合いながら分かっていたので、クリスは追求することを諦めた。

再び歩き始めれば、東からの涼風が金の髪をふわりと舞い上げる。その心地よさに目を細めながら、クリスは西の渡り廊下からふと東の空を見上げる。王都を覆う分厚い灰色の雲は、遥か彼方の東の空ではその影すらない。心を衝くような青空に、まだあどけない微笑の少年を思い出した。

あの空より深い青の瞳の少年は、いまもあの空の下にいるのだろうか。

いたとしても、きっと深い嘆きの海に沈んでいるのだろうけれど。

クリスは無意識に腰に佩いた剣を握った。

王に忠誠を誓った身として、命に従ったことに後悔はしない。ただ無性に心が痛んだ。



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