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第十四章:存在せぬ名

賢者二人がそんな会話をしている頃、その時点ではフスク村はまだ攻撃を受けてはいなかった。

勅書を持ってくるはずの鷹と早馬が、何故か色々な妨害を受け順調に進めていなかったからである。

周囲を騎士団に包囲されながらもまだ静かな夜に、ミランの祖父は部屋の窓から夜空を見上げた。

「もうすぐ・・・・もうすぐ、か」

もうすぐ何もこの目に映すことは叶わなくなる。

必死で帰ってきてくれている孫にも、二度と逢えない。

空も地も、どちらも出来得る限りの力で彼らが抑えてくれているけれども。

彼らの力も万能ではない。

「それでも力を尽くしてくれている彼らに、せめてもの感謝を」

自分たちがいなくなれば、あの子は悲しむけれど、彼らがいればきっと大丈夫だ。

悲しみに負けずに、立ち上がってくれると信じている。

そっと節くれだった皺々の手を、水盆の中にひたした。

「のう、ミラン・・・。人が一人で出来ることなど、限られているんじゃよ。けれど小さな力も、沢山集まれば大きな力となる。それを忘れないことじゃ―――――――」



*          *



クリスはたった一人回廊に佇んで遠き東の地を眺めていた。

王城の最も高い階の、最も東にある、回廊の行き止まり。

風通しも良く見晴らしも良い場所だが、城の端にあたるので人気はほとんどない。

ここに来て既に一時間以上はたっていたが、まだ離れようとは思わない。

少しでもかの人の赴いた場所の近くを向ける場所にいたかった。

それが何故なのかは、いまだに分からないが。

「ここにいましたか。クラウ・ソラス」

不意に後ろからかけられた声に驚き、勢い良く振り向く。

そこにはいつも王の傍らにいるフードの人物がいた。

長身のクリスでは自然見下ろす形になるので、慌てて石造りの床に片膝をつこうとする。

「やめなさい。私はその礼に値する者ではない」

「しかし・・・」

「貴方の忠誠が向かう先は、私ではないでしょう?クラウ・ソラス」

淡々と紡がれる声には、揶揄の響きは感じ取れない。

納得はいかなかったが、当の本人が望んでいないのでクリスは膝をつくのをやめた。

それでも最低限の礼をとって、胸に手をあて一礼する。

「まさかこのような所においでになるとは思いませんでした」

「貴方がこちらにいると思いましたので」

「私に御用でしょうか?」

「そうですね。・・・・・・ずっとここにいたんですか?」

目深に被ったフードのせいでどこを見ているのかは分からないが、その瞬間ふっとその視線がクリスの後方―――東の地を捉えた気がしてクリスは戸惑った。

「はい・・・一時間程」

「何をしていたんです?」

「・・・・何も・・・ただ、ここに立って」

「眺めていましたか?東のはずれのかの地を」

ずばり言い当てられてクリスはギクッとした。

クリスの動揺が分かったのか、フードの下からくすっと笑いが洩れた。

「気になりますか、かの地が?」

「・・・・・い、いえ・・・」

「失礼。質問を間違えましたね。そんなに気になりますか、あの人が?」

今度こそ確信をつかれてクリスは黙り込むしかなかった。

「答えたくても、答えられるわけがありませんね。貴方は王の片腕だ」

「・・・・・・」

「そう、話は逸れてしまいましたが。私は貴方に聞きたいことがあったんですよ」

「聞きたいことですか?」

「ええ」

フードの人物は頷いて一拍の間を置く。

「クラウ・ソラス・・・・これは、貴方の元々の名前ではありませんね?」

「!!?」

まったく予想もしなかった話が出て、クリスは思わず目を見開いた。

次いでその顔からざっと血の気がひく。

周囲に人の気配がないことを改めて確かめて、クリスは緊張した面持ちで目の前の人物をみつめた。

「・・・・・何故、そのようなことをお聞きになるのですか?」

「確認の為です。そのような名前が、今現在存在することはありえませんからね。それで、私の問いの答えは?」

確信を得ている感じの問いかけに、クリスは取り繕っても無駄だと悟った。

「確かに、その通りですが・・・存在しない名とはどういう事ですか?貴方は何を知ってらっしゃるんです?」

「今私たちが使っている言語に、クラウ・ソラスという言葉はないんですよ。世界中のどこにも。実際、貴方はその言葉の語源も意味もさっぱり見当がつかないでしょう?」

「・・・・・はい。その通りです」

「元々それは、この国の創建時に使われていた古代ネヴェズ語に端を発する言葉です。古代ネヴェズ語において、クラウは『無垢』を、ソラスは『光』を表します。つまりクラウ・ソラスとは≪輝ける白≫の意。けれどこの言葉の本当に重要な所は、同じ言葉が精霊の使う言語に存在するということです」

「・・・・精霊に言葉などあるのですか?」

「勿論。と言っても、我々にはそう聞こえるというだけです。本当はそれは言葉ではないのかもしれません。それはともかく・・・そこでのクラウ・ソラスとは『不敗の剣』という意味を持ちます。敗れること無き、力の源」

『不敗の剣』という言葉に、クリスがぴくりと反応した。

頭の中で、火の賢者が去り際に言った台詞が思い起こされる。

「・・・『不敗の剣』・・・」

「絶対的な力を象徴する言葉とでも言いましょうか。けれど、そこに込められた真の意味は、私では知ることは出来ません。その本当の意味を知っているのは、当の『不敗の剣』と・・・・そして、水の賢者だけです」

「・・・・み・・・水の賢者?!と、私・・・ですか?!」

「生憎とどちらも忘れているようですが」

「ま、待って下さい!何故そこに水の賢者が・・・っ!!」

慌てて問い返すクリスを見て、フードの人物が首を傾げた。

そして納得したように、ああと頷く。

「クラウ・ソラスとは、かつて水の賢者によってある人物に、何重もの意味を込めて与えられた名です。もともと剣は水と共に在るものだった。名はその契約であり、絆。故に本物の『不敗の剣』は、水に惹かれる」

本物のという部分をやけに強調して言われた気がして、クリスは無意識で首を傾げた。

フードの人物は顔の向きをクリスから、その右斜め後ろにある東の地へ向けた。

「・・・・・・・貴方のその名、ただの偶然かとも思いましたが・・・・あの時、貴方は確かに水の賢者に惹かれていました。そして今もその心は彼と共にある。もはや否定する理由もない。貴方は間違いなく『不敗の剣』です・・・・・・・」

フードの下から告げるその声はかすかに諦めの色を含んでいた。

自然と俯く視線の先に、この城に似つかわしくない白い軍靴がある。

黒く腐敗した中にただひとつ迷い込んでしまった、白。

本来異質であるはずのその白は、自らの意味と価値を知ることなく、蠢く闇に呑み込まれてしまった。

「・・・・・あの・・・?」

遠慮がちに上から降ってくるクリスの声にも反応せず、俯き溜息を洩らす。

伝承の書を受け継ぐ自分でも、このような状況を予測することは出来なかった。

「・・・・・・・・・・・・・これが、運命なんでしょうか・・・・貴方と私の」

「・・・・?」

たっぷり間をあけてぽつりと零れた言葉の意味が、クリスは良く分からなかった。

フードの人物はゆるゆると首を振ると、踵を返した。

そのままこの回廊から立ち去るのだと思われたが、急にぴたりと立ち止まって、振り返ることはなくクリスに話しかける。

「・・・・・・剣の役目を知りなさい。貴方の存在は危うい均衡の中にある。選択を間違えれば貴方自身だけでなく、この世全てを道連れに破滅するしかなくなりますよ」

それだけ言うと、今度こそ立ち止まることなくこの回廊から去っていった。

残されたクリスは、突然突きつけられた事にわけが分からず、フードの人物が去った先を見つめ続けていた。


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