第十三章:迷いの夜
パチパチと火の爆ぜる音を聞きながら、ミランは座り込んでじっと焚き火の向うに寝転がるガルクを見つめていた。完全にこちらに背を向け、まるで「話しかけるな」と言わんばかりの態度に声をかけるかどうか迷う。
「・・・・・何だ?さっきから鬱陶しい」
するとくるりと寝返りをうったガルクが、その燃えるような赤い瞳をミランに向ける。
「あ・・・うん。あと、どれくらいで着くのかな・・と思って・・」
「リベル半島に入ったから、あと二日か三日だろう」
ここに着くまでで七日。
夜以外はほとんど休むことなく全力で駆けてきたおかげで、王都に行く時には1ヶ月かかったものを、たったの数日で済んだ。
それでも既に勅書は村を囲む兵士たちに伝わっているだろう。
「聞きたいことはそれだけか?ならオレは寝るぞ、疲れてるから」
「あ、そうだね。ごめん・・」
馬に乗った経験のないミランが、全速力でかっとばされる馬に乗り続けていられるはずもなく、当初はあっさりと意識を手放して、気付いたら周囲は暗くなっていたなんてことばかりだったのだが、そうなると負担は全部ガルクにかかる。
ここ二日ばかりになってようやく意識を飛ばすことはなくなったが、それでも過度な緊張をして馬やガルクに負担をかけていることには変わりない。
思い出したら自分が情けなくなって、ミランは俯いた。
自分は本当に彼に甘えてしまっている。
彼がいなければ、自分の村に帰ることさえ出来なかったかもしれない。
「・・・・何で・・・」
ポツリと無意識に出た言葉に、ガルクが反応した。
「ん?」
促すように言えば、ミランは驚いて顔をあげた。
口に出して言っているとは思っていなかったのだ。
「どうした?」
「・・・・・・・あ、その。僕はガルがいなきゃ、何も出来ないんだな・・って」
「・・・・そうでもないぞ。おまえがいなきゃ、飲み水を確保する為にあちこちによって余計な時間を割いてた」
「それは、別に僕個人が出来ることじゃなくて・・・力を貸してもらってるだけだから」
「それでも、普通のヤツには出来ないことだと思うが?」
ミランが何を言いたいのか分からないのか、疑問符を飛ばしながらガルクはミランを見上げる。依然彼は寝転がったままで、ミランは下から見上げてくるその視線から逃れようと横に顔を逸らした。
「僕は馬に乗ることも出来ないし、世の中のことも知らないし・・・」
途中でよった村は内乱や他国の侵略の影響が色濃く見え、ミランは驚いたのだが、今は大体どこも同じようなものだとガルクは言っていた。
大陸のはずれの水の豊かな土地で生きてきたミランには、想像も出来なかった世界。
王都へ向かう時は、馬車の中で揺られるだけだったから、そんな光景も見ることはなかった。けれどこれが現実。
王都と、大陸の端でたまたま影響の少なかったフスク村だけが、豊かに過ごせていたのだ。
「偉そうな事・・・言えないよ・・・・」
懺悔するように、ミランは頭を垂れた。
「・・・・・おまえが何も知らなかったのは本当だけど、何もそれが全て悪いわけじゃない。知らなかったからこそ、変に屈折して育たずにすんだかもしれないしな」
「でも」
「不満だと思うならこれから知ればいい。でもおまえをこういう風に育ててきたことには、多分間違いはないはずだぜ」
「・・・?」
「満たされることを知らない人間が、幸せだと、ありがたいと思うことを知らない人間が、自分以外の誰かを掛け値なしに助けることは出来ないだろう?おまえには力や知識が必要なんじゃない。そんなものより、その『心』が大事なんだ。『水の賢者』にはな」
「・・・え?・・よく、わかんない・・・」
「そのうち分かる」
面倒くさくなったのか、単に言いにくかったのか、それだけ言って話しを切ると、ガルクは再び寝返りをうった。
「・・・・・・・ねえ。ガルは何でこんなに助けてくれるの?」
もう見慣れた大きな背中に問いかける。
「ガルの村だって危ないのに。何で一緒に来てくれたの?」
ずっと聞きたかったことを、この際だから一気に聞いてしまおうと思った。
答えを待ち望んで黙っていると、今度は振り返らずにガルクが呟く。
「約束だからだ」
「約束?」
「遠い昔の」
「・・・・・・・・もしかしてそれは、最初の賢者に関係あるの・・・?」
「・・・・・・書物には残されていない。けど賢者には賢者の絆も、情もある。それをおまえが知らないだけで。特に・・・・火の賢者・・・イグニス・ヴィシュアと、フラッド・スウォールには、地と風とも違う絆があるんだ」
「・・・・・」
とつとつと語る声には、これといった感情は読めない。
でもこれでミランは納得できた。
約束。そう、それならばこの意外に義理堅い彼が守らないわけがない。
「・・・・そっか。そうか・・・うん」
納得した答えをもらえて気が晴れたんだから、ちょっと悲しいと思うなんて気のせいだ。
ミランはごろんと地面に横になった。
星空でも見上げたかったのだが、生い茂る木々に囲まれてほとんど見えない。
横たわる二人には掛布はなかったが、そんなものなくても十分暖かかった。
そもそもガルクと一緒にいるようになってから、寒さで震えることはなくなった。
パチパチ、パチパチと焚き火の音だけが夜空に響く。
「・・・・・・・・おい」
面倒くさそうな声が、焚き火の反対側からかけられる。
「え?」
今度は自分も寝転がってしまったし、彼もこちらを向いてはくれないから、大分聞き取りにくかった。だから少しでも聞き取りやすいように、身体をガルクの方に向ける。
「勘違いすんな。オレは約束だからって、やらんでいいことまでやるほどお人好しじゃねえ。たとえ約束だろうと、おまえ自身にその約束に値する価値がなけりゃ、さっさと見切りつけて帰ってた」
「・・・・」
それはつまり、ミランを認めたから今ここにいるのだと考えていいのだろうか。
過去の偉人の影ではなく、少しでも自分を見てくれていると。
思いがけない言葉にミランは呆然とし、そして嬉しそうに笑った。
「・・・・・・へへ・・・」
「・・・笑ってないで、さっさと寝ろ」
「うん」
背を向けられたままであるが、その背中は自分を拒絶していない。
頼っても、いいのかもしれない。
そして自分は自分のままで、いいのかもしれない。
不安と緊張でうまく眠ることは出来なかったけれど、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。