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第十二章:戻れぬ道

「――――!!!」

「う、わっ!!」

スローモーションのように感じられたことも、実際にはほんの数秒にも満たなかった。

両足から着地することが出来たが、二人分の落下の衝撃を一人で受け止めたガルクは、呼吸が一瞬止まった。そしてせりあがる空気の流れに逆らえず、ゲホゲホと咳き込む。

「ゲッホ、ゴホ・・・・・・なんとか無事か・・」

小脇に抱えていたミランを放すと、多少目を回したらしいミランがふらりとよろける。

「あー・・・だいじょぶ・・・」

差し出されたガルクの手を掴み、ミランはふるふると頭を振った。

「ガルは、平気?」

感覚が戻ってきたミランは、既に平気そうな顔をしているガルクに問いかけた。

「ああ。こいつらのおかげでな」

くいと顎でガルクが示すその先に、集まる地の精霊たち。

二人を取り囲むように集う彼らを、ミランはじっと見つめた。

彼らがこの二人を無傷で地面に下ろしてくれた。

大地の眷属である木々に、落下速度を緩めさせ、地に茂る草と土を異常にやわらかくすることで衝撃を和らげた。

「ありがとう」

感謝の気持ちを込めてミランが微笑めば、地の精霊たちも微笑んだ。

「助かった」

ガルクも心の底から礼を言う。

彼らの助力がなければ、さすがにあの高さから飛び降りるなんて選択肢はなかった。

姿は見えなかったが、風と地の精霊が力を貸してくれようとしている気がした。

あの突如吹き抜けた風と、風に揺れる木が、ここを飛び降りろと言っている気がしたのだ。


おかげで無傷で城から出られた。後は、いかに城の敷地と城下町を抜けるかだ。

ふとそこで、地の精霊たちが一頭の馬を先導しているのに気が付いた。

ミランが急いで駆け寄れば、その黒毛の馬が嘶く。

おそるおそる触ってみれば、艶やかな毛並みは見た目通りのさらさらした素晴らしい手触り。太過ぎない足は、がっしりしていてとても速く走れそうだ。

「こりゃ・・・最高級の軍馬だな・・」

いつの間にやら傍らに立っていたガルクをミランが振り返った。

ガルクは興味津々な表情で、馬を眺めている。

「乗って行けって・・こと、かな?」

ミランが確認するように地の精霊に問えば、肯定するように頷かれる。

「ずいぶん手回しがいいな・・・・?」

不思議に思ったのか、ガルクが首をひねりながらミランに問いかける。

「え?僕何もしてないよ」

「オレだってしてねえよ」

二人は互いに首を傾げる。

自分たちのどちらかが地の精霊に馬を連れてくるよう頼んだのでなければ、どうしてこんなにナイスタイミングで現れるのだろうか。

「まあいいか。考えるより先に、さっさとここから脱出しないと」

存外あっさりと考えることを放棄して、ガルクは悠々と馬に跨る。

「おい、乗れ」

「え?馬なんて乗ったことないよ!」

「誰が一人で乗れって言った。安心しろ、おまえが一人で乗れるとは最初から思ってねーから。つーかそもそもここには、この一頭しかいないだろうが」

呆れたような表情で、ガルクが馬上からミランに左手を差し出す。

ミランは一瞬ためらってから、そうっと差し出された手を握る。

ガルクはすっぽりと小さな身体を抱き込むように、ミランを自分の前に座らせた。

「ちょ、ちょっと待って。これじゃ僕掴まるものがないっ!」

「オレの手にでも掴まってろ。安心しろ、落としやしねーよ」

後ろを振り返ったり座り方を変えたり、落ち着かないミランを黙らせると、手綱を握った両手に力を込める。軽く手綱を引けば、馬が高く嘶いて走り出した。

その時、後方から追って来た兵たちの声が聞こえた。


かなり近くまで迫っていた兵士たちは、馬が走り出したのを見て慌てて後を追いかける。

それをちらっと確認したガルクは、馬の前を滑るように先導する地の精霊にすぐに視線を戻した。

おそらく城門まで案内してくれているのだろう。

途中、前に立ちはだかる兵士たちの頭上を飛び越えたりしながら、ガルクは王宮騎士も真っ青な見事な手綱捌きで城内を駆け抜けた。

「・・・・・おい。気、失ってねーか?」

走り始めてから一言も発することなく、身体を硬直させているミランに声をかける。

ガルクがミランを抱えている状態なので、ミランが掴まれるものと言ったら、馬の背か両脇の下に通されたガルクの両腕ということになる。

今ミランはガルクの腕にしっかりと掴まっている状態なので、その必死な掴まり具合からして、気は失っていないことは確かだ。

「ま、口は閉じてたほうがいいから、そのまま黙ってろよ」

反応のないミランに一方的に言うと、ガルクは馬の速度をあげた。

前方で今にも城門が閉まろうとしているからだ。

あとはまっすぐ門まで突っ走ればいいにしても、まだそこまでの距離は大分ある。

それに石畳の坂を全速で駆け下りるのは、馬に負担が大きすぎる。

これ以上無茶をすることも出来ないとみて、ガルクは門を閉めようとしている兵士たちに火傷を負わせる程度の火を繰り出そうとした。

が、その時何故か周囲の兵士たちは全て、何かに躓いたかのように、もしくは何かに足をすくわれたかのように派手に転んだ。

「はっ?!何?」

思わず口をバカみたいに開けてガルクは呟いた。

だが、おかげで門は閉じられないままであったので、そのまま勢いを殺すことなく城外へ滑り出る。そしてまっすぐ、王都の出口へとわき目も振らずに向かう。

ただ、走りながらも先程の奇妙な出来事が気になって、ガルクはちらとだけ視線を後ろの王城へ送る。

すると王城から二羽の鷹が、西と東の方角へと飛び去ろうとするのが目に入った。

「・・・くそっ、もう合図出しやがった」

西には自分の生まれ故郷の村が。

東にはミランの生まれた村がある。

あの二羽は間違いなく、村を攻め落とせという命令の記された勅書を持っている。

手紙だけでも燃やしてしまいたいところだが、今のこの状態では上手く力が使えない上、相手は遠く離れた空の上。ほぼ不可能と言ってよかった。

それにおそらく、この後早馬が出されるはずだ。

緊急時において用いられる伝達手段。鷹と早馬。空と地上の両方からの連絡線は、どちらか片方を断っても意味がない。

出来うる最善のことは、その連絡が行き着く前に自分たちが村に辿り着くことのみ。

ガルクは息を詰めると、もう一度強く手綱を握り直し、前を見据えた。


*            *


びゅうびゅうと冷たい風が吹きすさぶ山の上で、彼女は遥か遠く下にある王都を眺めていた。容赦のない風は、彼女の全身を覆うマントを吹き飛ばす勢いでまくりあげるが、当の本人は煩わしさを感じている様子はなかった。

緯度も高く、標高も高いせいで植物がほとんど育たぬその山は、ごろごろと大きな岩ばかりが転がる灰色の砦。

王都の人間がこの山を「死の山」と呼んでいることは知っていたが、彼女にとってそんなことはどうでも良かった。

彼女の一族はここで生まれ、育ち、そして去っていく。

彼女の一族に「定住の地」と言うものは、およそ存在しない。

それは多分、その身に強く受け継がれ続ける性質によるものなのだろう。

それでもいつか来る日のために、唯一彼女たちに会える「場所」として維持し続けてきたここも、しかし今日でなくなる。

「・・・・・動いたわね・・・・」

一際見晴らしのいい場所の大岩に腰掛けていた彼女は、ゆっくりと立ち上がった。

その拍子に頭に被っていたマントがはずれ、隠されていた長い銀髪がさらりと風に舞う。

白いきめ細かな肌の上を流れるように落ちる銀髪は、人の造形を超えていると思うほどに美しく、幻想的だ。感情の色の見えないアッシュグレイの瞳が、その人間離れした容貌を際立たせている。

「私も・・・そろそろね・・・」

呟いて彼女は後ろを振り返る。

らしくないと言えば、らしくない行動なのだが、やはり彼女たち一族にとって特別であったこの場所には、それなりの愛着があったのかもしれない。

ここは、かの人に戴いた絆の証。

誰にも縛られぬ、とても心地の良い風の吹く場所。

けれどもう、その風も吹かなくなった。

そして同時に絆も切れる。

彼女はマントを被りなおし、下山する為に一歩を踏み出した。

今度は、二度と振り返ることなく。


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