未読、既読に勝手に振り回されてる
LINEしてると辛い時が必ずある。
LINEって、どうしてこんなに残酷なんだろう。
送信ボタンを押した瞬間から、時間の流れ方が変わる。
とくに、好きな人に送ったLINEほど。
35歳にもなって、こんなことで胸がざわつくなんて思わなかった。
──今日はありがとう。楽しかったね。
会社の飲み会の帰り、駅のホームで打った一文。
酔いはもう醒めていたのに、指先だけが熱を持っていた。
彼女は23歳。入社したばかりの、新卒の子だ。
十二歳差。干支が一周する。
最初はただの飲み会だった。
若い子たちの輪に、たまたま席が近かっただけ。
「え、そんな昔の曲知ってるんですか?」
そう言って笑った顔が、やけにまっすぐだった。
かわいいものを集めるのが趣味らしい。
小さなガラスの置き物や、限定のキャラクターグッズや、淡い色のポーチ。
スマホの中には、コレクションの写真がずらりと並んでいると言っていた。
「毎日楽しいですよ。友達とカラオケもよく行くし」
屈託なく言えることが、少し羨ましかった。
僕には、そんなふうに胸を張れるものがない。
趣味らしい趣味もないし、気づけば友達とも疎遠になっていた。
休日はスーパーに行って、洗濯をして、動画を流しっぱなしにして終わる。
だからなのかもしれない。
彼女とLINEが始まったとき、世界が少しだけ色づいた。
──今日はお疲れさまでした!
最初の返信はすぐに来た。
語尾に絵文字がついているだけで、心拍数が上がる。
そこから、ぽつぽつとやり取りが続いた。
「この前言ってたカフェ、行きました?」
「まだです。今度友達と行こうと思ってて」
“友達と”。
その二文字に、いちいち反応してしまう自分が情けない。
既読。
それだけが表示されて、画面が止まる。
たった数分のはずなのに、何十分にも感じる。
彼女は今、何をしているんだろう。
友達と笑っているのか。
新しいコレクションを並べて写真を撮っているのか。
それとも、別の誰かとLINEをしているのか。
僕は、ソファに沈みながらスマホを握りしめる。
35歳にもなって、通知音に人生を左右されるなんて。
若いころと何も変わらない。
いや、むしろ悪くなっている気さえする。
あの頃は、世界が広かった。
自分にも何かが起こると、本気で思えていた。
でも今は違う。
彼女のLINEが一日のハイライトになっている。
それがどれほど偏った状態か、わかっている。
わかっているのに、やめられない。
──今日、大学の友達とごはんなんです!
楽しそうな文面に、胸がきゅっと縮む。
僕のいない世界で、彼女の時間は豊かに流れている。
僕のLINEは、その世界の端に引っかかっているだけの、通知の一つ。
たぶん彼女にとって、僕は「会社のちょっと話しやすい先輩」だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
それでも、画面に名前が表示されるだけで、こんなにも救われる。
──今日もお疲れさまです。
打っては消し、打っては消す。
重くなりすぎないように。
でも、軽すぎて埋もれないように。
言葉を選ぶたびに、自分の立場が透けて見える。
既読。
また止まる。
胸の奥が、じんわりと痛む。
勝手に好きになって、
勝手に期待して、
勝手に振り回されている。
彼女は何も悪くない。
スマホの画面がふっと明るくなる。
──返信遅くなってすみません!今カラオケです笑
“笑”。
その一文字で、救われる自分がいる。
同時に、少しだけ惨めな自分もいる。
35歳になっても、恋愛というものは変わらない。
むしろ、若いころより臆病で、狡くて、弱い。
でも、それでも。
返信が来るたびに、
世界が少しだけ息を吹き返す。
たった一つの通知に、
こんなにも心を預けてしまう。
LINEって、ほんとに辛い。
それでも僕は、今日もまた、
彼女の名前を探してしまう。
どうしたら気にならずにいられるのか。




