第4章:終焉の園 ―さよなら、僕らの地獄―
1. 招待状は血の匂い
札幌市公認の「雪害対策顧問」として、街の英雄になりつつあった「どんぐり」の事務所に、一通の黒い封筒が届いた。
差出人の名前はない。ただ、封蝋の代わりに、かつての孤児院の紋章——歪んだヒイラギの葉が刻まれていた。 封筒の中には、古びたポラロイド写真が一枚。 そこには、現在の彼らが住むこの雑居ビルの外観と、その屋上に立つ「あの男」の影が写っていた。
「……ついに、お出ましだ」
燈馬が写真を指先でなぞると、その部分がじりじりと焦げ、黒い穴が開いた。
「この匂い、覚えてるわ。……あの院長が使っていた、安っぽいコロンの匂い。鼻が曲がりそうだわ」
凛が嫌悪感を隠さずに吐き捨てる。
写真は、彼らに「戻ってこい」と告げていた。 かつて彼らが脱走し、二度と近づかないと誓った、定山渓のさらに奥深く、地図にも載っていない廃村——旧「どんぐり孤児院」の跡地へ。
2. 決戦への「最後のご馳走」
「……みんな、準備はいいか」
出発の朝、剛士がテーブルに並べたのは、炊きたての白飯と、たっぷりの豚汁、そして彼らが一番大好きな「山盛りのザンギ」だった。
「これ、縁起担ぎ?」
結衣が、少し震える手で箸を持つ。いつものハイテンションな彼女も、流石に今日ばかりは緊張を隠せない。
「いや、違う。ただの朝飯だ」
剛士は静かに言った。
「あの地獄に戻る前に、俺たちの今の幸せを腹に詰めておけ。そうすれば、あそこの空気なんかに負けはしない」
「……そうだね。僕のカラスたちも、もうあそこの空を警戒してる。……行こう、所長」
氷河が静かに立ち上がる。
燈馬は最後の一口を飲み込み、事務所の窓から札幌の街を見下ろした。 自分たちが守り、愛し始めたこの街。ここに戻ってくるために、過去を終わらせなければならない。
「よし。どんぐり全員、出動だ。……今日で、あそこの掃除を完全に終わらせるぞ!」
3. 地獄の門、再び
車で一時間。深い雪に閉ざされた山道を抜け、彼らはその場所に辿り着いた。 錆びついた鉄門。ボロボロになった木造の校舎。 かつて彼らの悲鳴を吸い込み、涙を凍らせた場所。
校舎の玄関前に、一人の老人が立っていた。 白いスーツを完璧に着こなし、かつてよりも一層狡猾そうな笑みを浮かべた男——孤児院長・霧崎。
「おかえり、私の最高傑作たち。……ずいぶんと立派な『どんぐり』になったようじゃないか」
霧崎の背後から、数人の不気味な影が現れる。 それは、彼らと同じく霧崎の「教育」を受け、心を完全に破壊された、新しい能力者たちだった。
「さあ、最後の授業を始めよう。……君たちが手に入れたその幸せが、いかに脆く、無意味なものかを教えてあげるよ」
雪の廃村に、今、最後の戦いの幕が上がる。
4. 開戦、そして分断の罠
「授業開始だ」
霧崎が指を鳴らした瞬間、彼らの足元の雪が爆ぜた。 いや、雪ではない。地面に仕掛けられていた無数の「転送陣」のような光が作動したのだ。
「しまっ……! みんな、離れるな!」
燈馬が叫び、一番近くにいた結衣の手を掴もうとするが、光は彼らを無慈悲に飲み込んだ。
視界が反転し、次の瞬間に彼らが立っていたのは、廃校舎の別々の場所だった。
・氷河: 窓のない地下ボイラー室。
・ 結衣: 四方が鏡張りのダンスレッスン室。
・剛士と凛: 荒れ果てた講堂。
・燈馬: そして燈馬は、かつて自分が拷問を受けた、最上階の「反省室」へ。
「……なるほど。得意のチームワークを封じるって腹か。相変わらず姑息なジジイだ」
燈馬は焦げ臭い部屋の空気を吸い込み、静かに怒りの炎を燃え上がらせた。
5. 氷河の戦い:暗闇の瞳
地下ボイラー室。完全な暗闇の中で、氷河は立ち尽くしていた。カラスたちからの応答はない。この部屋は外部との通信を遮断する結界が張られているようだ。彼の最大の武器である「五感同期」が封じられた。
「ククク……。哀れだねぇ、鳥籠の中の小鳥ちゃん」
闇の中から、粘着質な声が響く。霧崎の新たな手駒、影を操る能力者シェイドだ。
シェイドの影が実体化し、黒い刃となって氷河に襲いかかる。 「ぐっ……!」 氷河は腕を切り裂かれ、膝をつく。視界がない恐怖が、かつてのトラウマを呼び覚ます。
(お前は一人だ。誰も助けに来ない。あの狭い箱の中で、一生震えていろ) 霧崎の呪いの言葉が脳内でリフレインする。
だが、その時。 彼のポケットの中で、何かが微かに動いた。それは、出発前に剛士から渡された「非常食のビスケット」に紛れ込んでいた、一匹の小さなハツカネズミだった。
「……そうか。僕は、一人じゃない」
氷河は目を閉じた。視覚は封じられたが、聴覚と嗅覚は生きている。そして、この小さなネズミの鼓動も。
『……右斜め後ろ、距離3メートル!』
ネズミの微弱な視覚と聴覚を借り、氷河は敵の位置を正確に把握した。 彼は床に落ちていた鉄パイプを掴み、振り返りざまに闇の中へ投げつけた。
ガォォォン! 鉄パイプがボイラーの配管に命中し、高温の蒸気が噴き出す。
「ぎゃあああ! 熱い、見えない!」
熱感知能力を持たないシェイドが悲鳴をあげる。形勢逆転だ。
6. 結衣の戦い:鏡の中の虚像
鏡張りの部屋。結衣の周囲には、無数の自分が映し出されていた。 だが、鏡の中の結衣はどれも、泣き腫らした目で、ボロボロの服を着ていた。かつての孤児院時代の自分だ。
「キャハハ! 何そのダサい服! 全然映えないんですけど!」
結衣が強がって笑うが、声が震えている。
「君の『承認欲求』は、所詮ハリボテだ」
鏡の中から、冷酷な少女の声がする。鏡像操作の能力者ミラだ。
「誰も本当の君なんて見ていない。君は空っぽだ。価値がない」
鏡の中の無数の「過去の自分」が、結衣を指差して嘲笑う。
「やだ……見ないで……私は、私は変わったの! みんなに『いいね』って言われる、キラキラした私になったの!」
結衣が錯乱し、能力が暴走を始める。体が半透明になり、床に沈みそうになる。
その時、彼女のスマホが震えた。通知画面には、凛からのメッセージ。
『結衣、あんたの今日のコーデ、靴下が左右逆よ。あとで説教ね』
「……ぷっ」
結衣は思わず吹き出した。恐怖が少しだけ薄れる。
「……そうだった。私をちゃんと見てくれてる人がいる。ううん、見てくれなくてもいい。私が私を好きなら、それで最強じゃん!」
結衣は顔を上げた。その瞳から迷いが消える。
「あんたのそのジメジメした幻覚、全然可愛くない! 私が『透過』して、全部すり抜けてやる!」
結衣は自ら鏡に向かって突進した。彼女の体は鏡を透過し、その向こう側に潜んでいたミラの実体を捉えた。
7. 剛士と凛の戦い:最強の「凡人」たち
講堂には、薬物で肉体を強化された戦闘員たちが十数人、待ち構えていた。
「……能力がないゴミ共が。ひねり潰してやる!」リーダー格の大男が吼える。
だが、剛士と凛は背中合わせになり、全く動じない。
「……剛士。今日の晩飯、遅くなりそうね」
「ああ。だが、腹を空かせた子供たち(燈馬たち)が待ってる。手早く済ませるぞ」
剛士が巨大なフライパン(中華鍋)を構え、凛がモップ(伸縮式チタン合金製)を槍のように回転させる。
「掃除の時間だ。……埃一つ残すなよ」
次の瞬間、講堂は能力者顔負けの嵐が吹き荒れる戦場と化した。 剛士のフライパンが敵のガードを粉砕し、凛のモップが正確無比に急所を突く。能力に頼りきった戦闘員たちは、彼らの研ぎ澄まされた連携と「プロの仕事道具」の前に手も足も出なかった。
「な、なんだコイツら!? ただの人間じゃないのか!?」
「ただの人間よ。……あんたたちより少しだけ、床掃除と野菜炒めが上手いだけのね」
凛が最後の敵をモップで吹き飛ばし、剛士が無言で中華鍋を振って血糊を払う。二人の周りには、動かなくなった敵の山が築かれていた。
8. 再集結、そして最終局面へ
それぞれの敵を撃破した4人は、導かれるように最上階の「反省室」へと向かった。 扉を開けると、そこには。
部屋の中央で、全身から凄まじい熱気を放ちながら霧崎と対峙する燈馬の姿があった。 そして霧崎は、歪んだ笑みを浮かべながら、燈馬の精神を直接揺さぶっていた。
「思い出せ、燈馬。お前がここで味わった痛みを。絶望を。……お前の中にある熱は、すべてを焼き尽くす破壊の炎だ。お前は『化け物』なんだよ!」
「……所長!」
4人の声が響く。その声が、熱に飲み込まれかけていた燈馬の意識を繋ぎ止めた。
燈馬がゆっくりと振り返る。その目は赤く充血していたが、そこには確かな理性の光が戻っていた。
「……遅えぞ、お前ら。掃除は終わったのか?」
「ええ。あとは、一番大きなゴミ(院長)を残すだけよ」
凛がモップを構え、全員が霧崎に向かって戦闘態勢をとる。
5人の「どんぐり」が再び一つになった。 最終決戦。過去との決別が、今始まる。
9. 絶望の支配 vs どんぐりの熱
「ふふふ……滑稽だ。傷つけ合い、奪い合い、ただ震えていたあの頃の君たちに戻してあげよう」
霧崎院長が両手を広げると、廃校舎全体がどす黒い霧に包まれた。彼の能力**『絶望の掌握』**。触れた者の精神を過去のトラウマに引きずり込み、生きる気力を奪う最悪の力だ。
「うっ……あ、頭が……!」
結衣が膝をつく。氷河が視界を失い、剛士と凛も、かつて味わった空腹と汚れにまみれた記憶の濁流に呑まれそうになる。
「無意味だよ、燈馬。君たちが積み上げた数年の幸せなど、私が与えた十数年の地獄に比べれば、雪のひとひらほどの重みもない」
霧崎の影が巨大な怪物のように膨れ上がり、5人を押し潰そうとしたその時。
「……おい、ジジイ。勘違いすんなよ」
燈馬が、一歩前へ出た。彼の周囲だけ、霧が蒸発するように消えていく。
「あんたが与えた地獄の味は、確かに今でも覚えてる。……でもな、昨日の晩にみんなで食った、剛士のザンギの味の方が、一億倍くらい濃いんだわ!」
燈馬の体から放たれたのは、これまでの破壊的な高熱ではなかった。 それは、春の訪れを告げる陽光のような、どこまでも優しく、力強い「温もり」。
「みんな、思い出せ! 事務所のボロいソファの匂いを! 凛がうるさく振り回すモップの音を! バカみたいに明るい札幌の街を!」
燈馬の叫びが、4人の心を繋ぎ止める。 霧が晴れる。結衣が立ち上がり、氷河が目をカッと見開いた。
10. 最後の授業:連携の極致
「……チッ、壊れかけの不良品共が! ならば、物理的に消し去ってくれる!」
霧崎が周囲の瓦礫を操り、弾丸のように放つ。
「させないよ! どんぐりの守備担当をなめないで!」
結衣が叫ぶ。彼女は自分と仲間全員の存在を『半透過』させ、瓦礫の雨をすべて空振りに終わらせた。
「そこだ! カラスたちが死角を捉えたよ!」
氷河が指示を出す。彼の視覚共有は、今や空を舞う100羽のカラスと完全にリンクしていた。
「道を作るわ。剛士、合わせて!」
凛がモップを旋回させ、霧崎のガードを強引に弾き飛ばす。
「……任せろ。これでおしまいだ」
剛士が、愛用の巨大フライパンをフルスイングし、霧崎の足元を掬い上げた。
空中に浮いた霧崎。そこへ、燈馬が右拳を溜めて踏み込む。
「これで卒業だ、院長先生。……あんたの凍りついた教育は、俺たちの熱で全部溶かしてやる!」
『レジリエンス・バースト!!』
燈馬の拳が、霧崎の胸に炸裂した。 閃光。爆音。 だが、校舎は壊れなかった。放たれた熱は、霧崎の「能力の源泉」であるドロドロとした怨念だけを焼き尽くし、冷え切った廃村を一瞬で春のような暖かさへと変えたのだ。
崩れ落ちる霧崎。その瞳からは、かつての威圧感は消え失せ、ただの惨めな老人の姿があった。
「……バカな……私の、最高傑作たちが……」
「……卒業証書は受け取らないぜ。自分たちで書くからな」
燈馬はそう言い残し、一度も振り返ることなく、仲間たちと共に廃校舎を後にした。
エピローグ:札幌、快晴、どんぐり日和
一ヶ月後。 札幌の街には、ようやく本格的な春が訪れていた。大通公園ではクロッカスの花が咲き始め、市民たちは冬の重いコートを脱ぎ捨てている。
「便利屋どんぐり」の事務所には、これまでとは違う、金の縁取りがなされた立派な委嘱状が飾られていた。
『札幌市 社会問題解決プロジェクト 推進特別委員会 委員長:燈馬 殿』
「ねえ所長! 市役所のホームページ、私たちの写真がトップになってるよ! これでもう、私も有名インフルエンサーだよね!?」
結衣がスマホを片手にはしゃいでいる。
「……委員会の経理、めちゃくちゃ面倒なんだけど。所長、印鑑どこやったのよ!」
凛の小言も、どこか誇らしげだ。
「……カラスたちが言ってる。最近、ススキノの裏通りに怪しい詐欺グループが居座ってるって。……掃除しに行く?」
氷河が静かに尋ねる。
「ああ。だが、その前に……」
燈馬が鼻をクンクンと鳴らした。
キッチンからは、香ばしい醤油とニンニク、そして肉が焼ける最高の匂いが漂ってきている。
「……できたぞ。今日は『世直し編・本格始動記念』だ。特製ジンギスカン・パーティーを始める」
剛士が、巨大なジンギスカン鍋をテーブルの中央に据えた。
「よっしゃあああ! 肉だ肉だ!」
「ちょっと結衣、野菜も食べなさいよ!」
「ビール沸騰させないでくださいね、所長」
笑い声が、開け放たれた窓から札幌の空へと溶けていく。
かつて地獄を味わった「どんぐり」たちは、今やこの街になくてはならない大樹へと育ち始めていた。 彼らのレジリエンス(逆境を跳ね返す力)は、これからもこの北の大地を、より温かく、より綺麗に「掃除」し続けていく。
「さて……」
燈馬が、熱々の肉を口に運び、不敵に笑った。
「食ったら仕事だ。札幌のゴミどもを、まとめて掃き出しに行くぞ!」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作『サッポロ・レジリエンス:便利屋どんぐりの愉快な世直し録』はいかがでしたでしょうか。
舞台となった札幌市は、美しい雪景色が魅力的な街ですが、同時に冬の厳しさや、時には除雪問題といった現実的な課題も抱えています。そんな北の大地で、過去に縛られず、今を最高に楽しく生きる人を描きたいと思い、筆を執りました。
タイトルの「レジリエンス」には、「逆境を跳ね返す力」「回復力」という意味があります。 燈馬、氷河、結衣、剛士、そして凛。 彼ら五人は、決して「完璧なヒーロー」ではありません。それぞれが消えない傷跡を抱え、時には喧嘩をし、時には美味しいご飯に目がない、どこにでもいる(少しだけ特殊な)若者たちです。
彼らが地獄のような孤児院を脱走し、復讐の代わりに選んだ道は、「自分たちが愛する街を掃除し、笑って暮らすこと」でした。 過去に受けた痛みは消せなくても、今日食べる美味しいザンギや、仲間と囲むジンギスカンの味で、その痛みを上書きしていく。そんな「幸せによる復讐」の物語が、読んでくださった皆様の心に少しでも温かな火を灯せたなら、これ以上の喜びはありません。
物語はこれで幕を閉じますが、彼らの「世直し」はこれからも続いていきます。 大通公園のベンチで、あるいはすすきのの路地裏で、もしかしたら今日も彼らは「掃除」の後の夕飯について言い争っているかもしれません。
最後になりますが、これまで応援してくださった読者の皆様に、心からの感謝を捧げます。 皆様のブックマーク、評価、そして何より温かい感想が、(趣味レベルですが…)執筆を続ける上での何よりの「熱量」となります。
またいつか、雪が溶け、クロッカスの花が咲く頃に、彼らと再会できることを願って。
便利屋どんぐり一同、そして作者より。




