第2章:氷の街のストレンジャー
1. 雪まつりと、届かない脅迫状
二月上旬。札幌の街は、一年で最も活気付く『さっぽろ雪まつり』の季節を迎えていた。大通公園には巨大な雪像が並び、空気の奥まで凍りつくような冷たさの中、湯気のように白い息が絶えず行き交う。
どこからともなく甘酒の香りが漂い、耳の奥では除雪車の低いエンジン音がうなっている。観光客は毛糸の帽子を押さえながら、スマートフォンを掲げて氷像を撮りまくっていた。
「……あー、寒い。氷河、場所代わって。そこ、剛士の作った豚汁の鍋に一番近い特等席じゃん」
事務所の窓ガラスには霜の花がびっしりと咲いていた。外の街路樹に積もった雪が、外灯の光を反射してぼんやり光っている。ストーブの燃焼音が低く唸り、結衣の吐く息まで白く見えた。
「断る。ここはカラスたちと視界を同期するのに、一番電波……じゃなくて、視界の抜けが良いんだ」
氷河は目を閉じたまま動かない。彼の脳内には、大通公園の上空を舞うカラスたちの視界がリアルタイムで投影されている。
そこへ、凛が厳しい顔で一枚のプリントアウトした紙をテーブルに叩きつけた。
「あんたたち、遊んでる暇はないわよ。……これ、今日の依頼。正確には、札幌市長の秘書から、非公式でね」
「市長から? ついに俺たちも公務員か?」 燈馬が鍋の湯気で眼鏡を曇らせながら顔を上げた。
「違うわよ。雪まつりのメイン雪像——今年は『大通10丁目の巨大氷の城』なんだけど、それを『一瞬で溶かしてやる』っていう犯行予告が届いたんですって」
「溶かす? このマイナス五度の気温で? 面白い冗談じゃねえか」
燈馬は自分の指先を眺めた。熱を操る彼だからこそ、それがどれほど膨大なエネルギーを必要とするか理解できる。
「犯人は自分を『フロスト・バイト(凍傷)』と名乗っているわ。要求は、市の福祉予算の全額譲渡。応じなければ、観光客で賑わう会場を『お湯の海』にするって……」
「……あいつだ」
今まで黙っていた剛士が、低く太い声を出した。その目は、かつての孤児院の地下室に向けられていた時のように鋭い。
「剛士、心当たりがあるのか?」
「ああ。孤児院に、俺たちより少し後に連れてこられた奴がいた。……熱を『奪う』んじゃなく、周囲の熱を『一点に凝縮させる』能力を持った少年だ」
かつての仲間——あるいは、同じ地獄を生き延びながら、別の道を選んでしまった「兄弟」の影。 燈馬は鍋の火を止め、立ち上がった。
「よし、お掃除の時間だ。札幌の宝物をドロドロの泥水にされてたまるかよ。凛、現場の警備状況は?」
「完璧に把握済みよ。……それと、今回の依頼料、市長の『裏金』じゃないでしょうね? ちゃんと経理通させなさいよ」
「わかってるって。……行くぞ、どんぐり共! 祭りの邪魔する奴は、俺がまとめて蒸発させてやる!」
2. 大通公園、決戦前夜
深夜の大通公園。観光客が去り、警備員が巡回する中、五人は巨大な氷の城の影に潜んでいた。街頭のライトが氷像の中を透かし、青白い光が足元を染める。時おり、遠くのすすきの方面からタクシーのクラクションが響き、冷たい風がポスターをばたつかせた。
「氷河、どうだ?」
「……来てる。地下の排水溝から、異常な熱源が近づいてる。……いや、熱じゃない。氷の城の足元から、熱を『吸い上げよう』としてる奴がいる!」
氷河の指摘と同時に、巨大な雪像がミシミシと不気味な音を立て始めた。 表面の雪が汗をかくように溶け出し、周囲には不自然な蒸気が立ち込める。
「見つけたわ! あそこのマンホールの蓋が浮いてる!」
凛が叫び、モップを構えて突進する。 その時、マンホールから一人の青年が飛び出した。ボロボロのコートを羽織り、その瞳には暗い憎しみの炎が宿っている。
「……燈馬。お前ら、こんな街で『正義の味方ごっこ』か? 笑わせるな。あの院長が作ったこの世界なんて、全部ドロドロに溶けてしまえばいいんだ!」
青年の周囲の空気が、急激に熱を帯びる。大通公園の雪が、一瞬で水へと変わっていく。
「悪いな、名前も忘れた兄弟よ」
燈馬が前に出る。彼の周囲の空気は、逆に出口を求めて暴れるような熱気を放ち始めた。
「俺たちは過去を溶かすんじゃなくて、上書きしに来たんだ。……お前のその熱、俺が全部買い取ってやるよ!」
3. 市長室の「どんぐり」旋風
札幌市役所の最上階。重厚な扉の先にある市長室に、似つかわしくない五人組が並んでいた。
「……というわけで、公にできない案件なのです。雪まつりの目玉が溶かされたとなれば、市の観光は大打撃、私の支持率も氷河期に突入します」
眉間にシワを寄せ、胃薬を飲み込みながら話すのは、春本市長だ。その目の前で、結衣は市長のデスクに置かれた「高級そうなクリスタル文鎮」を透過させて遊んでいる。
「市長さん、これすっごい映えるね! 借りていい? 『市長室なう』って投稿したいんだけど!」
「結衣、やめなさい。……市長、すみません。この子、承認欲求が特殊能力の副作用で暴走してるんです」
凛が結衣の手を叩き落とし、代わりに一枚の見積書をスッと差し出した。
「さて、本題です。今回の『フロスト・バイト』対策、および雪像の守護。これに伴う深夜残業代、危険手当、および……機材損耗費。それから、剛士の夜食用ザンギ50人前の材料費。しめてこの金額になります」
市長が金額を見た瞬間、眼鏡がずり落ちた。 「……き、君ね、これは便利屋の相場を大幅に超えているよ! 市の予算は市民の血税なんだぞ!」
「お言葉ですが、市長」 それまでソファでふんぞり返り、秘書が出した高級茶菓子を勝手に食っていた燈馬が、口の周りに粉をつけたまま身を乗り出した。
「俺たちの過去を知ってるだろ? 『どんぐり孤児院』。あそこで俺たちは、行政が光を当てなかった暗闇で、文字通り煮られ焼かれるような思いをしていたんだ。……その俺たちが、街を救うって言ってる。これは過去の『不払い分』の清算も含まれてるんだよ」
燈馬の瞳に、一瞬だけかつての地獄の火が宿る。市長は気圧され、唾を飲み込んだ。
「それにさ、市長さん」 燈馬はニカッと笑い、指先で自分のティーカップに触れた。一瞬でカップの中身が激しく沸騰し、香ばしい蒸気が立ち上る。
「氷の城が溶けるか、俺たちが奴を溶かすか。……どっちが安上がりか、賢い市長さんなら分かるだろ?」
「……わかった、わかったよ! 予算は通す。ただし、極秘だ! それから、器物破損は最小限に留めてくれ!」
「話が早い! さあ野郎ども、仕事だ! 剛士、市長に例のものを渡してやれ」
剛士が無言で市長の机に置いたのは、アルミホイルに包まれた温かい「おにぎり」だった。
「……これは?」
「夜食。あんた、胃に穴が開きそうな顔してたからな。剛士の特製梅干しおにぎりは、どんな薬より効くぜ」
市長が呆然とする中、5人は嵐のように市長室を去っていった。
4. 極寒の決闘、開始
そして場面は再び、深夜の大通公園へ。 マンホールから現れた青年——かつての仲間であり、今はテロリストとなったシュウが、憎しみに満ちた熱気を放っている。
「市長との交渉も終わった。これで心置きなく、お前をぶん殴れる」
燈馬が雪を蹴り、シュウの前に立つ。 シュウの手元で、周囲の熱が凝縮され、どす黒い陽炎となって揺らめいた。
「燈馬……。お前たちは変わった。あんな風に笑って、豚汁をすすって、お偉いさんに媚びを売って。……あの院長が植え付けた絶望を、忘れたのか!?」
「忘れるわけねえだろ。今でも時々、夢に見るさ」
燈馬の右拳が、太陽のように赤く発光し始める。
「でもな、シュウ。俺たちは決めたんだ。過去に復讐する唯一の方法は、あいつが壊そうとした俺たちの人生を、最高に楽しく、腹一杯にしてやることだってな。……行くぞ、熱血指導の時間だ!」
ドォォォォン! 激突する二つの熱量。大通公園の空が、真冬の夜とは思えないほどのオレンジ色に染まった。
5. 炎上する大通公園、それぞれの戦い
「あちちち! ちょっと、氷の彫像から湯気出てるんだけど! 私の自撮り背景が台無しになっちゃうじゃん!」
結衣が叫びながら、大通5丁目会場を走り抜ける。シュウが仕掛けた「熱の種」が、あちこちの雪像を内側から加熱し始めていた。
「文句を言うな、結衣! ほら、次のやつが来るわよ!」 凛がモップの柄を伸ばし、雪像の足元に隠された発熱デバイスを叩き壊す。だが、デバイスは一つではない。シュウの協力者たちが闇に紛れ、次々と熱を注入していた。
「氷河、場所を特定しろ!」
『……左前方30メートル、滑り台の裏。それと、右のテレビ塔の麓。……ごめん、熱気がすごくてカラスたちが近づけない。これ以上は無理だ!』 氷河の通信に、ノイズが混じる。
「任せろ。物理的に解決する」 剛士が、巨大な雪かき用のスコップ(特注の超硬合金製)を構えて突進した。デバイスを守る武装した信者たちが立ちはだかるが、剛士はそれを雪ごと豪快に撥ね飛ばす。
「どけ。……雪まつりの雪は、子供たちのものだ。お前らみたいなゴミが触っていいもんじゃない」
6. 熱vs熱! 燈馬とシュウの激突
一方、10丁目会場。「巨大氷の城」の前では、燈馬とシュウの死闘が続いていた。
「ハァ……ハァ……。なぜだ、燈馬! なぜそれほどの出力を維持できる!? お前の能力は、自分を焼き切るはずだ!」 シュウが絶叫する。彼の周囲では、雪が瞬時に蒸発し、視界を奪う白い霧が渦巻いている。
「……確かに、昔の俺なら自分ごと燃え尽きてたかもな」 燈馬は赤く光る右拳を構え、不敵に笑った。
「けど今は違う。熱くなったら冷ましてくれる奴がいる。腹が減ったら満たしてくれる奴がいる。……俺の『熱』は、俺一人分の熱じゃないんだよ!」
燈馬が地面を強く踏みしめる。『熱量操作・極限還流』。
彼はシュウが放出する膨大な熱を、自分の中に取り込み、さらに高めて拳に集中させた。
「シュウ! お前の熱は、憎しみのせいで空回りしてるんだ! そんなんじゃ、俺たちの絆は溶かせねえ!」
燈馬の拳が、シュウの腹部に叩き込まれた。 凄まじい衝撃波が走り、周囲の霧を一気に吹き飛ばす。だが、燈馬は拳を当てる直前、熱量を「破壊」ではなく「鎮静」へと切り替えた。
「……ぐっ、がはっ……」 シュウの体から、どす黒い陽炎が消えていく。燈馬がシュウの暴走する熱を、自らの能力で無理やり「中和」したのだ。
7. 決着、そして「どんぐり」のやり方
静寂が戻った大通公園。 シュウは雪の上に大の字に倒れ、夜空を見上げていた。
「……殺せよ。俺は、お前たちの居場所を壊そうとしたんだぞ」
「殺す? 縁起でもないこと言うなよ。そんなの凛に怒られるぜ、掃除が大変だってな」 燈馬は膝をつき、肩で息をしながら笑った。
そこへ、他の会場を「清掃」し終えた4人が駆け寄ってくる。
「所長! 爆弾、全部片付けたよ! 爪折れたんだけど、これ経費で落ちるよね!?」
「結衣、あんたはそればっかり……。はい、シュウ。これでも飲みなさい」
凛が差し出したのは、魔法瓶に入った熱い「甘酒」だった。
「……毒か?」
「バカ言え。剛士の特製だ。生姜が効いてて、冷え切った心と体には一番効く」
シュウはおそるおそる甘酒を口にした。 熱を操り、熱に翻弄されてきた彼が、初めて「心地よい熱」を感じた瞬間だった。
「……温かい。……いや、熱すぎるくらいだ」
「だろ? どんぐりの熱は、これくらいが標準なんだよ」
燈馬が手を差し出す。
「シュウ。お前の能力、もっとマシな使い道があるはずだ。例えば……そうだな、冬の北海道でイチゴを育てるビニールハウスの熱源とかさ」
「……プッ、ハハハ! イチゴかよ……。お前、本当に変わらねえな」
シュウは燈馬の手を取り、フラフラと立ち上がった。
8. エピローグ:そして「世直し」の噂へ
翌朝。雪まつり会場は何事もなかったかのように開場し、子供たちの歓声が響いていた。市長室では、秋元市長が昨夜の「おにぎり」の味を思い出しながら、一枚の書類に判を押していた。
『札幌市社会問題解決プロジェクト・特別推進委員。候補:便利屋どんぐり』
「……全く、高くつく連中だ。だが、この街の雪を溶かさないのは、案外ああいう連中なのかもしれんな」
一方、事務所では——。
「おらぁぁ! 誰だ、甘酒の魔法瓶を洗わずに放置したのは! 糖分でベタベタじゃないの!」
凛の怒声が響き、結衣が壁を抜けて逃げ回り、燈馬が沸騰したコーヒーを啜っている。
彼らの「世直し」は、まだ始まったばかりだ。
第2章、無事(?)清掃完了です!
結衣: 「ちょっと! 私の活躍、もっとちゃんと評価してよね! ブクマとか評価とか、SNSのいいね感覚でポチッとしてくれたら、次の潜入も頑張っちゃうかもーっ!」
凛: 「……結衣、うるさいわよ。でも、皆さんの感想は私の経理作業の癒やしになるから、届けてくれると嬉しいわね」
ということで(笑)、もし面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をお願いします。第3章では、ついに彼らが「札幌市公認」の世直しへと動き出します。お楽しみに!




