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第1章:雪降る街の凸凹な家族

1. 氷点下のモーニング・ルーティン


 二月の札幌は、呼吸をするだけで肺の奥がツンと凍りつくような寒さだ。 大通公園のテレビ塔が、粉雪の向こうでぼんやりと赤く霞んでいる。そんな路地裏にある、築四十年の雑居ビル「第三すすきのビル」の三階。


「便利屋・どんぐり」の看板が掲げられた事務所のドアを開けると、外の極寒が嘘のような熱気と、食欲をそそる香ばしい匂いが鼻を突いた。


「おらぁぁ! 結衣! 脱ぎっぱなしの靴下をリビングに放置するなと言っただろうが!」


 鋭い一喝と共に、クイックルワイパーを槍のように構えた女性——りんが、ソファでスマホをいじっていた若い女に詰め寄る。


「えー、だって今バズりそうなダンス動画撮ってる最中だし! 凛姉りんねえ、映り込むからどいてよー!」


 金髪をサイドポニーに結った結衣ゆいが、ふくれっ面でスマホを掲げる。彼女はこの事務所のムードメーカーであり、壁を通り抜ける『物質透過』の能力者だが、今のところその能力は「お菓子を盗み食いした後に密室から脱出する」ためにしか使われていない。


「バズる前に、お前の人生の汚れを抹消してやろうか?」


 凛の目が据わる。彼女に特殊能力はない。しかし、かつての地獄のような孤児院で、腐った床を這いずり回って掃除させられていた日々が、彼女を「掃除の鬼」へと変えた。今や彼女が振るうモップは、そこら辺の暴漢の突きよりも速い。


「二人とも、朝から元気だな。ほら、冷める前に食え」


 カウンター越しに、山盛りのザンギ(鶏の唐揚げ)と湯気が立つ味噌汁を差し出したのは、巨漢の剛士たけしだ。 彼は元ボクサーですら戦慄するほどの筋肉の鎧を纏っているが、その手は驚くほど繊細に包丁を操る。彼もまた無能力者だが、所長の燈馬に救われて以来、この「家族」の胃袋を守ることに命を懸けていた。


「おっ、今日の味噌汁はシジミか。剛士、分かってるねぇ」


 奥のデスクから、だらしなく欠伸をしながら現れたのが、所長の燈馬とうまだ。 ヨレヨレのシャツに、寝癖のついた髪。一見するとただの昼行灯だが、彼こそがこのチームの心臓だ。


「所長、またコーヒー温め直したでしょ。カップが赤熱して火災報知器鳴りそうなんだけど」


 窓際で一匹の野良猫と視線を合わせていた青年——氷河ひょうがが、冷ややかな声で指摘する。 燈馬の手元では、マグカップの中のコーヒーがボコボコと沸騰していた。燈馬の能力『熱量操作』の弊害だ。


「いいだろ、札幌の朝は冷えるんだから。……なあ、みんな」


 燈馬は沸騰するコーヒーを一気に煽り(常人なら大火傷だが、彼は平気だ)、不敵な笑みを浮かべた。


「俺たちが例の『クソ院長』のところを脱走して、この街で便利屋を始めてから三周年だ。あの頃、毎日泥水を啜って、凍えながら寝てた俺たちが、今じゃこうして剛士のバカ美味い飯を食ってる」


 一同の動きが、一瞬止まる。 かつての孤児院。そこは、子供の笑顔を金に変え、能力の兆しがある者を実験台にするような場所だった。


「地獄の経験は、笑い話にするためにある。そうだろ?」


 燈馬の言葉に、結衣が「当たり前じゃん!」と笑い、凛がフンと鼻を鳴らし、剛士が静かに頷き、氷河が小さく微笑んだ。


 その時だ。事務所の古びたドアが、遠慮がちに、しかし切実な音を立てて叩かれた。


「はいはい、営業開始だ! 凛、モップを置け。結衣、靴下を履け! どんぐり、出動の時間だぞ!」


2. 最初のお客さま


 入ってきたのは、顔色の悪い、仕立ての良いスーツを着た中年男性だった。 彼は震える手で名刺を差し出した。札幌市内に数店舗を構える高級老舗菓子店の店主だという。


「助けてください……。娘が、娘が『神の救済園』という団体に連れ去られたんです」


 その名前が出た瞬間、事務所の空気が一変した。 燈馬の瞳から、それまでのヘラヘラとした色が消え、氷のように鋭い光が宿る。


「『神の救済園』……。なるほど、あのハゲ院長、今度は宗教団体なんて名乗ってやがるのか」


 燈馬は、真っ赤に熱を帯びた自分の指先を見つめながら、男に言った。


「安心しな、お客さん。その依頼、格安で引き受けてやるよ。——なんせそこのオーナーとは、昔からの腐れ縁でね」


 札幌の街に、反撃の狼煙が上がる。 かつて踏みつけられた「どんぐり」たちは、今や悪を薙ぎ倒す大樹へと成長していた。



3. 偵察と「作戦会議(という名の談笑)」


「神の救済園」の拠点は、南区の奥まった場所にある古い保養施設を改装した建物だった。 札幌の市街地から少し離れれば、そこはもう深い雪に覆われた白銀の世界だ。


「……見えたよ。カラスの視点から見ると、裏口の警備はガバガバだね。あいつら、寒くてストーブの前から動きたくないみたいだ」


 事務所のバンの中、後部座席で目を閉じている氷河が呟く。彼の意識は今、施設の上空を旋回する一羽のカラスと同期している。


「よし、氷河ナイスだ。……で、結衣。お前、何食ってんの?」


 運転席の燈馬がバックミラー越しに尋ねる。結衣は頬をパンパンに膨らませ、カサカサと音を立てていた。


「ふぇ? ああ、これ? 剛士特製の『揚げいも風スナック』。潜入前は糖分摂らないと、壁を抜けるときに頭が真っ白になっちゃうんだもん」


「お前、さっき朝メシ食ったばっかりだろうが……。剛士、甘やかすなよ」


「すまん所長、つい作りすぎてな」


 助手席の剛士が、申し訳なさそうに巨大なタッパーを差し出す。そこには黄金色に輝く一口サイズの揚げいもが詰まっていた。燈馬も無言で一つ口に放り込み、「……美味いじゃねえか」と零す。


「はい、お喋りはそこまで。ターゲットの娘さんは地下の独房っぽいわね」


 スマホのモニターを確認していた凛が、冷たく言い放つ。彼女は施設の図面をタブレットで解析しつつ、自前のモップ(特殊合金製の伸縮式)をカチリと鳴らして点検していた。


「作戦はこうだ。結衣が壁を抜けて地下に潜入、娘さんを確保。その間、俺と剛士と凛で正面からド派手に暴れて注意を引く。氷河は外で逃走経路の確保だ」


「えーっ、私また地味な潜入? たまには私もドカンとやりたいんだけど!」


「お前が『ドカン』とやると物理的に建物が崩れるだろ。……いいか、これは『お掃除』だ。ゴミは一箇所にまとめて、一気に掃き出す。行くぞ!」


4. 突撃、そして「お掃除」開始


「神の救済園」の正面玄関。 白装束に身を包んだ信者兼ガードマンたちが、不審な一台のバンに気づき、慌てて駆け寄ってくる。


「おい! ここは許可なき者の立ち入りは禁じられて……」


 言いかけたガードマンの鼻先に、燈馬が指を突きつけた。


「悪いな。今日は『粗大ゴミの回収日』なんだわ」


 パチン! と燈馬が指を鳴らす。 次の瞬間 、ガードマンが持っていた金属製の警棒が、一瞬で数百度の熱を帯びて真っ赤に発光した。


「あ、熱っっ! アツツツツ!!」


 武器を放り出して雪の上に転げ回る男たち。そこへ、背後から巨大な影が躍り出る。剛士だ。


「……邪魔だ」


 剛士は能力こそ持たないが、その拳は重戦車そのものだ。一振りで二人を薙ぎ払い、文字通り「道」を作る。 さらに、その影からしなやかに飛び出した凛が、モップの柄を鋭く突き出した。


「床に足跡をつけないで。不潔よ」


 ドスッ! バキッ! 急所を的確に突かれた男たちが、掃除されたゴミのように端へと積み上がっていく。


「ひ、ひぃぃ! 特殊能力者だ! 院長に報告しろ!」


 奥から増援が駆けつけてくるが、燈馬は余裕の表情で一歩前へ出た。


「院長? ああ、あのハゲか。あいつに伝えとけ。——かつての『どんぐり』たちが、落とし前をつけに来たってな」


 燈馬が地面を蹴ると、彼が踏みしめた雪が一瞬で水蒸気爆発を起こし、白い霧が視界を覆い尽くす。 その霧の中、赤く光る燈馬の手の熱が、悪党たちの絶望を照らし出していた。


5. 地下の再会


 一方、地下。 結衣は鼻歌交じりにコンクリートの壁を「すり抜けて」いた。


「よっこいしょ。……あ、見っけ。君が依頼人の娘さん?」


 檻の中で震えていた少女が、目を見開いて結衣を見る。壁から突然ギャルが現れたのだ、無理もない。


「お姉さん、誰……? ここ、鍵がかかってて……」


「あー、大丈夫。鍵とか古いから。それより見て、私のこのネイル、可愛くない? これ、さっきの爆発に合わせて撮ったら絶対映えると思うんだよねー」


 結衣は少女の手を掴むと、当然のように鉄格子を「透過」して外へと連れ出した。


「さ、帰ろ! 上ではお兄ちゃんたちが派手に掃除してるから、私たちは裏道からね。……あ、そうだ。出口にある高級アイス、勝手に食べていいかな? 奢りだよね、所長の」


6. 悪魔の残響


「神の救済園」の最奥、豪華な装飾が施された院長室。 そこにいたのは、震えながら命乞いをする雇われの「偽教祖」だけだった。


「ひ、ひぃっ! 私はただ、名前を貸せと言われて……!」


 燈馬はその男には目もくれず、机の上に置かれた古い無線機を手に取った。 スピーカーからは、ノイズに混じって、生理的な嫌悪感を呼び起こすような、ねっとりとした低い声が流れている。


『……聞こえているかな? 懐かしい我が子たちよ。三周年のお祝いに、私の庭を荒らしてくれたようだね』


 凍りつくような沈黙が部屋を支配した。 凛の手が、モップの柄をミシリと鳴らす。剛士の拳に力が入り、結衣は無意識に燈馬の背中に隠れた。


「……久しぶりだな、クソジジイ。いや、『院長先生』だったか?」


 燈馬の声は、驚くほど穏やかだった。しかし、その足元の絨毯は、発せられる熱量でジリジリと焦げ始めている。


『相変わらず野蛮な能力だ、燈馬。君たちを教育し直す必要があるようだ。札幌の街は、私の新しい『実験場』として非常に優れている。……また会おう。次は、もっと暖かい場所でね』


 ブツッ。 通信が切れる。直後、無線機からオレンジ色の火花が散り、燈馬の熱でドロドロの鉄塊へと変わった。


「……あーあ。せっかくの再会なのに、一方的に切るとかマナー違反だよね」


 燈馬はわざとらしく肩をすくめ、仲間たちを振り返った。 みんなの顔には、かつての恐怖の影が微かに落ちている。それを吹き飛ばすように、燈馬は最高の笑顔を作った。


「よし、ゴミ掃除完了! 撤収だ! 剛士、腹減った! 帰って祝杯だ!」


7. どんぐり流・最高の祝杯


 夜の札幌。 事務所に戻った一行を待っていたのは、剛士が仕込んでおいた特大の「石狩鍋」だった。


「くぅぅ〜! これこれ! 冬の札幌はこれに限るね!」


 結衣がハフハフと鮭の身を頬張る。 昼間の恐怖などどこへやら、彼女はすでに救出した少女との自撮り写真をSNSにアップし、「#正義の味方降臨」でバズらせることに夢中だ。


「凛姉、見て見て! フォロワー千人増えた!」


「……個人情報の取り扱いには気をつけなさいって言ったでしょ。あと、鍋の汁を飛ばさない。机が汚れる」


 小言を言いながらも、凛の表情はどこか柔らかい。 彼女は依頼人から成功報酬として受け取った(上乗せ分たっぷりの)封筒を、満足げに金庫へ収めていた。


「氷河、お前も食え。カラスと同期しすぎて、生ゴミに興味持つ前にな」


「……所長、その冗談は三回目だよ。僕はこれがいい」


 氷河は鍋には目もくれず、剛士が別で作った「特製カニクリームコロッケ」を静かに口に運んでいる。


「さてと。今回の件で、あのジジイが札幌に潜んでるのは確定した」


 燈馬がビールをグイッと煽り、真剣な顔で言った。


「あいつはまた、この街で『地獄』を作ろうとしてる。……けどな、残念だったな。この街は、俺たちの庭だ。ゴミが落ちてりゃ掃除するし、寒けりゃ俺が温めてやる。……だろ?」


「もちろん。私の掃除道具、もっと強化しておいてよね」と凛が笑う。


「フライパンの予備、買っておく」と剛士が頷く。


 その時、事務所のテレビからニュースが流れた。 『本日、南区の宗教団体施設で大規模な騒動があり、監禁されていた少女が保護されました。現場には謎の「どんぐり」のマークが残されており……』


「あ、映った! 私が書いた落書き!」 結衣がはしゃぐ。


 これが、彼らの快進撃の始まりだった。 後に「札幌の守護神」と呼ばれることになる5人の、騒がしくも温かい夜が更けていく。

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