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第9話 慈悲として

「……当たらない!」

 病魔の鋭い爪が空を裂く。だが、その軌跡を読んでいたかのように、男の姿はそこにはもうない。

 黒いコートを靡かせ、地面を少し蹴り男はわずか半歩だけ身をずらす。

 冷ややかな瞳で病魔の動きを見つめるその男、

 聖騎士団のリーダーであった。


 その右手には、漆黒に輝く太刀。刃の縁が微かに蒼く光るが、まだ抜かれはしない。

 男は構えすら取らず、ただ流れるような身のこなしで攻撃をかわしていく。

 病魔の腕が唸りを上げ、地面に叩きつけられた瞬間、石畳が粉々に砕け、黒い霧が広がる。

(なるほど……こいつの攻撃、1発でも喰らえばかなり致命傷だな、)

 男は無表情のまま内心でそう判断し、ゆっくりと息を吐く。


「仕方ないな……」

 静かに呟き、男はようやく太刀の柄に手を添えた。

 甲高い金属音とともに鞘から黒刃が閃き、月光を反射して走る。


 病魔はその一瞬を「隙」と見た。

 紫色に濁った瞳を見開き、地を蹴る。影のような動きで間合いを詰め、腕を振るう。

 風を裂く音が鳴り響くが、次の瞬間、視界の中から男が消えていた。


「……!」

 病魔が気づいた時には、すでに背後から黒閃が走っていた。


 太刀が振り下ろされる。

 重く鈍い音とともに、病魔の背を深々と切り裂いた。

 黒い血が噴水のように噴き上がり、飛沫が光を受けて散る。

 しかし、その血の中には小さな粒子が、、

 ウイルスのようなものが混じっているのを、男は目視で確認する。


 彼はすぐさま跳躍し、飛び散る血液の軌道を読み、全てを紙一重で避けた。

 一滴も肌に触れさせず、服にすらも付かせないその動き。空気の流れすら読んでその場から少し離れる。


 着地と同時に、彼は静かに呟いた。

「致命傷は入ったろ……」


 太刀を軽く振り、刃についた血を地面に落とす。

 金属音が再び響き、刃が鞘に収まる。

「くっ……」

 目の前にいた病魔は直ぐに消えてしまう。

「あれ、早いな……」

 男が、そう言って辺りを見回す。


 だがその瞬間――

「ぐっ……!」

 後方で呻き声が上がる。振り返ると、一人の兵士の頬に、わずかな血が飛んでいた。

 兵士の目が赤く染まり、次の瞬間、隣にいた仲間の喉を掴んで押し倒す。


「や、やめ……!」

 叫びは最後まで続かない。骨が砕ける音が響き、兵士はそのまま絶命した。


 どうやら、病魔の血を浴びた者は自我を失い、狂暴化してしまうようだった。

 男は額に手を当て、深くため息をつく。


「えー、まったく、当たっちゃったの?……だから、下がっててって言ったのに……」

 呆れと諦めが混ざった声でそう吐き捨てると、彼は歩き出す。


 血に染まった兵士の方へ向かい、冷静に指示を飛ばす。

「いいか、あいつを人気のない方へ誘導しろ。民間を巻き込むな。」


 部下たちは恐る恐る頷き、暴走する兵士を囲みながら暗がりへと誘導していく。

 その背を見送りながら、男は再び小さく呟いた。


 そう言って、ヴァルヴィスは太刀を鞘にしまう。


「……ったく、定時には上がりたいんだがね〜……

 えっと、、君たちは後日事情を聞く。今日は休んでね。」

 先ほどの冷酷な瞳が嘘のように柔らぎ、男は薄く笑ってレゼたちを見送った。

 男は腰に下がる革箱から小さな水晶玉を取り出すと、指先で確かめるように転がしながら低い声で続けた。

「死体処理班を送ってくれ……悪いね……」

 水晶玉の表面に、闇の奥で動く影が一瞬揺れたように見えた。男はそれを元に戻し、後処理を行なった。


 レゼ達は直ぐに酒場に戻ると、疲れが全身を巡り直ぐに眠りについてしまった。

「………」

 レゼはベッドで寝ながら、少し苦い顔を浮かべる。


 ――――――――――――――――――――――


 翌朝、酒場の扉を押し開けると、朝食をかき込むレゼとエレーナの姿がすでにあった。湯気の上がるコーヒーの匂いと、木のテーブルの匂いが混じり合って胃を落ち着かせる。セラは子供のように弾む足取りでレゼへ駆け寄る。顔にまだ昨夜の疲れが残るが、その表情は嬉しさで口角が上がる。

「レゼ!昨日は、、ありがとう。」

 セラは少し照れた声色で言うと、ためらうことなくエレーナの隣に腰を下ろした。コップがカチャリと音を立て、テーブルに置かれる。レゼは微かにほほえんだが、飲み物に手を伸ばした瞬間、手の震えが明白になった。指先がわずかに震え、コップの縁に伝う水滴が揺れる。レゼ自身もその震えに気づいており、顔の表情が僅かに歪む。

 その震えは今朝から続いていて、彼の眉間に暗い影を落としていた。疑いたくはないのに、頭の中には一つの可能性がしつこく浮かぶ。


 そのとき、酒場の正面から重い足音が入ってきた。扉の音に店内の空気が一瞬ひんやりとし、振り返る者もいる。入ってきたのは昨夜の聖騎士団リーダーだった。黒いコートが朝の風でなびく。

 男はマスターに向かって静かに声をかけ、コーヒーを注文した。湯気の立つカップを手に取り、ゆっくりと周囲を見渡してから話し始める。

「どうも〜、えっと……冒険者チーム、ツバメの皆さんで?」

 その声は穏やかだが、底に鋭さを含んでいた。男は丁寧に礼をして自己紹介をし、言葉を選びながらレゼを見据える。


「えっと、俺の名前は……ヴァルヴィス・グランツ・ヴァルハルト、聖騎士団のリーダーをやってる。昨日のことについて調べさせてもらった。」

 口元に浮かぶ笑みは柔らかく、だが瞳の奥は冷たい。男はテーブルの縁に指先を置きながら淡々と続ける。

「俺は人殺しは嫌いだし、仕事も嫌い。だから、適当に話して。

 昨日は、そこのお嬢さんを助けるために潜入した、合ってるか?」

 レゼは短く頷いた。目線は相手を逸らさない。ヴァルヴィスは顔の筋を緩め、さらに言葉を重ねる。


「わかりました。アイツらは調べた所度重なる違法行為。その為冒険者チームツバメは正当防衛として行ったと処理をしました。それを伝えに……それにしても、かなりメンバーの量減りましたね。これから頑張ってください、それと……病魔があれから姿を見せない。

何か知ってたら教えてくださいね……」

 彼の声は穏やかだが、最後の部分に含む含みは重かった。ヴァルヴィスは立ち上がり、ゆっくりと酒場を出ようとしたが、扉の前で一度立ち止まり、背後を振り返る。店内の光がその輪郭を柔らかく縁取りした。


「……なんですか、、」

 体調の悪さを押してレゼは問い返す。だが、そのときヴァルヴィスの表情が一瞬変わる。低く、小さな声で呟いた。

「……いえ、、やっぱりか……」

 ヴァルヴィスは己の判断を確認するかのように小さく溜息をつくと、一歩踏み出してレゼに近づいた。その距離は一瞬にして重苦しいものとなる。

「俺は、人殺しは嫌いだし、仕事も嫌いだが………目の前に仕事があるとやらないといけないんだ。嫌々でもね、、それに人殺しは嫌いと言ったがね……人以外は大好物だ。なにも罪悪感が浮かばないから……」

 言葉は滑らかだが、その冷たさは刃のように響く。レゼの耳に高鳴る耳鳴りが戻ってきた。胸の奥で血が沸き立つような感覚――危険信号。

 レゼは反射的に右腕を引き、剣の方へ手を伸ばす。だが間に合わない。空気が裂けるような一瞬があり、次の瞬間には


 レゼの右腕が、無情にも切断され、血が鮮やかに広がり、木目に赤い滲みを作る。エレーナは本能で氷魔法を唱え、白い光が掌から放たれたが、ヴァルヴィスの動きはさらに速く、それを嘲笑うかのように簡単にかわされる。彼の刃筋は精確で、空気の流れさえ変えた。セラは言葉を失い、テーブルにしがみついたまま状況の理解が追いつけない。顔面が蒼白になり、唇が震える。


 ヴァルヴィスは落ち着いた口調で、事件の真相を説明するかのように言葉を連ねた。だがその内容は刃以上に冷たかった。

「レゼ……昨日、あの時……病魔の血液に触れたな?」

 レゼは血に濡れた腕を必死に押さえ、ヴァルヴィスを睨みつける。唇の端からは血が滲んでいた。酒場の空気は一瞬凍り付いたように静まる。ヴァルヴィスは肩をすくめるように小さく笑い、しかしその笑いには憐れみも後悔も宿らない。

「まぁ、慈悲として、ああなったのは俺の責任でもある、、楽に殺してやるよ……」

 その言葉と同時に、太刀が振り下ろされる。空気が切られ、すべてが動く――。

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