第7話 死相
死相――それは、人が死に至る十二の原因が神格化した存在。
それら全てを総称して、人間は恐れと敬意を込めて「死相」と呼んだ。
その力は、最低でもSS。
最強格の個体に至っては、一国を滅ぼすことすら容易であるという。
「彼はその中の一人、病魔の名を持つペストリス。
病を操る。人間の死因でいうと、病死を司る者だ。」
ケインは視界が霞む中、血を吐きながらも、レヴィンの言葉を聞き取る。
耳鳴りが続く。だが、その中でも彼の声だけは異様なほど明瞭に響いた。
ペストリスは無言のまま歩み寄る。
足音が、瓦礫と灰の散る床に乾いた音を立てた。
そして、うずくまっているケインの腹を、容赦なく蹴り飛ばす。
鈍い音と共に、ケインの身体は弧を描きながら宙を舞った。
瓦礫を砕き、壁を突き破り、まるで流星のように城の上層部まで吹き飛ぶ。
「ケイン!」
レゼの叫びが、血の匂いに混じって響く。
だが、レヴィンはその声に反応し、目にも止まらぬ速さで反対方向へ拳を振るった。
その瞬間、空気が爆ぜ、レゼの身体が軽々と宙を舞う。
彼は咄嗟に剣を構え受け止めたものの、衝撃波が追いつき、地面を滑りながら吹き飛ばされた。
「エレシア! 残ったその女を排除しろ!」
レヴィンが鋭い声で命令を下す。
その声が響いた次の瞬間、レゼの意識が白く染まる。
激しい痛みと衝撃で、数秒だけ意識が途切れた。
だが、再び耳に届いたレヴィンの言葉が、彼の思考を一瞬で覚醒させる。
「お前の兄が死んだのは、私がそうしたからだ。
アイツは厄介だった、わたしの本性にも気づいていてね。出来すぎたんだ、だから排除させてもらった!」
その言葉を聞いた瞬間、レゼの瞳が大きく見開かれた。
怒りと絶望、そして信じがたい現実が胸を締めつける。
次の瞬間――爆炎が轟音と共に襲いかかる。
「この魔法……」
爆風の中、レゼは気づく。その熱、その爆発の“癖”を。
かつて幾度も背中で感じた、兄・レイジの魔法。
赤く燃え上がるその炎が渦を巻き、地面を焦がしながら立ち上る。
レゼの顔にその炎の色が映り込んだ。
「お前、、なんで!……」
喉が焼けるような声でそう叫ぶ。
だが、立ち上がろうとした瞬間、レヴィンが地を蹴り、距離を一瞬で詰めた。
「魔法というのはね、一時的に保存できる物がある。
それによってレイジの爆発魔法を少し保存した。
なので後3発君にお見舞いできるわけだ。
死んだ兄の魔法によって殺される気分はどうだ?」
嘲笑と共に、もう一発の爆炎が至近距離から放たれる。
逃げる間もなく、炎がレゼの頬を舐め、皮膚が焼け爛れる。
焦げた匂いが空気を満たし、視界が揺れる。
だが、レゼの思考はまだ消えていなかった。
――セラ。
レヴィンが自分とセラを意図的に引き離した理由。
もし二人が同じ場所にいたら、何か不都合が生じる……?
「エレーナ! 城の中を探せ! セラがいる、そこに……!」
声を振り絞り、焼けた喉で叫ぶ。
「ちっ! うるさい!」
レヴィンが苛立ったようにレゼの顔を蹴り飛ばした。
骨が軋む鈍い音。
だがその声は、確かに届いていた。
少し離れた場所――倒れていたエレーナが、わずかに目を開ける。
血に滲んだ唇が、かすかに動いた。
「……わかった!」
その一言と共に、彼女は魔力を解放した。
蒼白い魔力の波紋が辺り一面に広がり、感知範囲が瞬時に拡大する。
「エレシア! 止めろ!」
レヴィンが吠える。
エレシアはその声を受け、無駄のない動きで地面を蹴った。
風が切れ、地面に亀裂が走る。
彼女の瞳が、標的――エレーナを正確に捉えた。
「っ!」
エレーナは反射的に腕を振り上げ、冷気が一瞬で辺りに広がる。彼女の掌から放たれた魔力が瞬時に結晶化し、鋭く尖った氷柱となってエレシアへと射出された。
「……!」
だが、エレシアはその瞬間を読んでいたかのように、わずかに身を傾け、氷の弾丸が髪先をかすめて壁を貫く。
彼女は滑るような動きで間合いを詰めると、右腕に光を凝縮させ、白銀の輝きを放つ剣を形作る。その光の刃が唸りを上げて振り下ろされた。
エレーナも怯むことなく両手を組み、氷を集束させて剣を生成。
その瞬間、冷気と熱光がぶつかり合い、激しい衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
「……!、きついか……」
歯を食いしばりながら押し返そうとするが、氷剣の表面にはひびが走り、パキンと音を立てて崩れかける。
押し負ける。
その一瞬の隙を突き、レゼがエレーナの身体を抱きかかえ、地面を滑るようにして後方へ飛び退いた。
「ちょっと!」
エレーナが驚きと苛立ちを混じえた声で抗議し、レゼの腕の中で身をよじる。
だが、その背後からはエレシアがすぐに追撃してきており、彼女の後方ではレヴィンが戦場を駆け抜けてくる。
レゼは周囲を見まわし、崩れかけた城壁の影を見つけると、息を切らしながらそこへと飛び込んだ。
崩壊した石壁が落ちる音が、ふたりを包み込むように響いた。
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「死相……聞いたことがある、
国家の度重なる実験で作り上げられた、精鋭……実在したのは驚きだがな、」
ケインは地面に片膝をつきながら、荒く息を吐いた。
体の震えが止まらない。視界の端が歪み、額からは汗が止めどなく流れ落ちる。
それでも、彼はなんとか立ち上がり、剣を右手に構える。
しかし、その視線が病魔を捉えた次の瞬間には、もう姿がない。
「……ッ!?」
冷たい風が背後を撫でる。振り返るより早く、内臓がねじれるような激痛が腹部を襲った。
お腹を抑え、思わず片手を地につく。
吐き気が喉の奥からこみ上げ、視界がぐらついた。
「なるほど、、そう言うことか……」
血の気が引いた顔で、ケインは口元を押さえながら立ち上がる。
「君に植えつけた病気は重症化してるから外科手術が必要だと思うよ。
もしくは、超高レベルの治癒魔法とかね、」
病魔は不気味な微笑を浮かべながら、倒れかけたケインを見下ろしていた。
その声音には冷たさと、興味の欠片すらない残酷さが滲む。
だが、ケインは膝をつきながらも、ゆっくりと剣を振り上げる。
腕は震え、指先の感覚もない。
それでも、諦めることはなかった。
病魔は小さくため息をつき、面倒そうに歩み寄る。
一瞬でケインの懐に入り込み、指先で彼の目元に触れた。
その瞬間、視界が真っ暗に沈む。
「っ……!」
振り下ろした剣は空を切り、何も捉えられなかった。
(は?、いや、、どうなってる、……)
心臓の鼓動が早くなる、
敵の気配は感じるのに、影すら見えない。
いや、違う。
「見えないんじゃない……見えなくされてる……」
「視力の低下……運動、歩行障害。
諦めなよ。君の負けだ。」
病魔が囁くと同時に、ケインの膝が崩れ落ち、地面に叩きつけられた。
呼吸が乱れ、指一本すら動かない。
流石のケインでも、ここまでのようだ。
そう思われた瞬間、
病魔の胸から、金属が肉を裂く音が響いた。
「はっ、?」
驚愕の表情を浮かべ、自身の胸元を見る病魔。そこには、ケインの剣が深々と突き刺さっていた。
「……俺が、、目に頼ると思ってるのか、、、
油断しすぎだ、、ばか……」
ケインは血に濡れた唇で笑い、よろめきながらも立ち上がる。
(こいつ、、普通なら立てもしないし、動けないのに……バケモンかよ、、)
病魔は戦慄した。
この男は、死を目前にしてもまだ闘志を絶やさない。
その瞬間、互いの中に宿る殺意が、限界を超えて跳ね上がった。
崩れた城壁の奥で、二つの影が再び交錯し、血と魔力が渦巻く。




