第6話 救出
「追うぞ!」
そう言ってレゼは椅子を蹴るように立ち上がり、酒場を飛び出した。
扉の木枠が激しく軋み、夜の冷たい風が店内に流れ込む。
周囲の冒険者たちは驚いたように視線を向けたが、レゼは振り返らない。
ケインは一瞬、呆気に取られたようにその背中を見送り――すぐに口元を歪めて笑う。
「まったく……」
そう呟き、追おうとしたその足が途中で止まる。
何かを思いついたように振り返り、カウンターに立つマスターへと歩み寄った。
「おいマスター、アイツに頼めるか?」
ケインの声は低く、切羽詰まっていた。
マスターはグラスを拭く手を止め、眉をひそめる。
「……よせよ、そういうの、」
一度は拒むように首を横に振る。
だが、ケインの表情を見た瞬間、その目がわずかに揺らいだ。
彼の目の奥にある決意を読み取ったのだ。
「……わかった、話してみろ、、」
マスターは小さく息を吐き、カウンター越しに身を乗り出す。
ケインは短く何かを託し、最後に拳を軽く合わせるようにしてから店を出ていった。
残されたマスターはしばし扉の向こうを見つめ、深くため息をつく。
そして視線を新聞へ落とす。
紙面には大きな見出しが踊っていた。
――『冒険者パーティーの崩壊』
――『二人の冒険者、死亡』
「……あの、落ちこぼれが…あそこまでとはな……」
呟きとともに、酒場の空気が重く沈む。
マスターは新聞を畳み、ゆっくりとランプの火を小さくした。
――――――――――――――――――――――
レゼは夜の石畳を駆け抜けていた。
街の灯が遠ざかり、風が頬を切る。
だが、気づいてしまう――どこへ行けばいいのかわからない。
足を止め、息を荒げて辺りを見渡す。
その瞬間、背後から勢いよく叩かれる。
「行くぞ!
エレーナが目覚める頃には、みんな揃って酒場だ!」
ケインだった。
肩を押し出すようにして追いついた彼は、強引に笑顔を作っていた。
その笑みが、無理をしているのをレゼは悟る。
不器用で、柄でもない優しさ――それが彼らしいと思えた。
レゼは小さく笑い返す。
「ああ、、どこへ行けばいい?」
即座にケインは答える。
「アイツは、この王国、マルシオン王国の王の側近に雇われてる。
厄介なのは、国と戦うことになるかもだが……ガキ、
いや!セラを救うんだろ?」
「ああ!」
短く力強い返事。
二人はそのまま街道沿いに停まっていた馬車に飛び乗る。
御者に金貨を投げ渡し、レゼが叫ぶ。
「マルシオン城までだ!」
馬車が勢いよく動き出し、夜の街を駆け抜ける。
蹄の音が石畳に響き、風が二人の決意を切り裂いていった。
――――――――――――――――――――――
「はぁ、子供を誘拐とかした事ないし、したく無かったんだけど?」
薄暗い部屋。
ランプの明かりが揺れ、埃の舞う空気の中で、エレシアは面倒くさそうに息をついた。
その前で、セラは両腕を縛られたまま椅子に固定されている。
その瞳は怯えよりも強い光を放ち、抵抗の意志が消えていない。
エレシアはそんなセラの顔を覗き込み、つまらなそうに笑う。
その隣――壁際には白髪の男が立っていた。
鋭い眼光、無駄のない動き。
彼の存在が部屋の温度を下げるようだった。
「そう言うな、、これで依頼人も喜ぶぞ」
低く響く声に、エレシアは肩をすくめる。
部屋の中に、二人の笑みと、セラの怒りが交錯していた。
「それで?この子何に使うの?」
エレシアが無造作に腰を下ろし、足を組みながら問いかけた。
その声音は軽いが、瞳の奥には警戒と探りが混ざっている。
白髪の男は壁際に立ち、ゆっくりと彼女に視線を向ける。
その目は、まるで氷のように冷たい。
「お前に言ったことで何になる?」
短く突き放すような声。
その言葉に、エレシアの頬がわずかに引きつる。
薄暗い部屋の空気が一瞬でピリついた。
「あ?連れて来たのは私だぞ?
それに、お前わたしに幾つか借りがあるだろ?」
エレシアは立ち上がり、男に歩み寄る。
ヒールの音が石の床を打ち、静寂に響いた。
挑発的に笑うその表情の奥で、怒りがじわじわと熱を帯びていく。
男はその言葉に小さく息を呑み、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
渋々と口を開く。
「このガキは、魔力の塊……近くにいるとその人物の魔力が一時的にUPする。
こいつを軍事利用するそうだ、」
そう言って、男は膝をつき、縛られたセラの顔を覗き込む。
ランプの光がその白髪を照らし、影がセラの頬を這う。
無表情のまま男の指がセラの頬に触れた――その瞬間。
「ッ!」
セラは鋭く顔をひねり、思い切り男の手を噛んだ。
肉を食いちぎらんばかりの勢いに、男の顔が歪む。
「……!、このガキっ!」
怒声が響き、男は立ち上がると、反射的にセラの腹部を蹴り飛ばした。
椅子ごとセラの体が後ろへ倒れ、鈍い音を立てて床に転がる。
エレシアは額を押さえ、深く息を吐いた。
「おい、、お前ら……」
呆れと苛立ちが混ざった声でそう呟き、頭を振る。
そのときだった。
――ドン! という低い衝撃音が、城全体に響いた。
続いて、外から兵士たちの叫び声。
「侵入者!侵入者だ!全ての兵士は直ぐに武器を持ち自分の持ち場に行け!」
怒号と足音が一斉に広がり、廊下の外が騒然とする。
金属のぶつかる音、扉を叩く音、怒鳴り声――戦の前触れだった。
エレシアはその声を聞くや否や、ハッと息を飲み、セラのもとへ駆け寄る。
ロープを乱暴に外し、セラの腕を引っ張って部屋の奥へ押し込んだ。
「なにをしている?」
男が訝しげに眉をひそめる。
「こんな早く来るとは思わなかった、
救出に来たんだよ、、アイツら!」
エレシアの声は焦りと警戒に満ちていた。
その直後――
轟音。
外の廊下が一瞬で吹き飛び、壁がひび割れる。
兵士たちが次々に空中へ弾き飛ばされ、衝撃波が部屋を震わせた。
埃が舞い、瓦礫が落ちる。
その揺れの中で、エレシアは顔をしかめ、かすかに呟く。
「……来たか、レゼ……」
――――――――――――――――――――――
(ケインのやつ、、怒ってる……ランク、今ならSSはあるな、)
レゼはケインが兵士たちを蹴散らす様子を見て、そう思った。
多少ケインも怒っているのだろうが、今までの成長があってか、あまり感情的にはならず、周囲をきちんと観察できている気がする。
今のケインなら、もしかしたらあのドラゴンとも上手く戦えるくらいにはなっていると思うレゼであった。
その時、城の奥の扉がゆっくりと開き、エレシアとその隣の男が現れる。
「やぁ、ケインにレゼくん。
わたしの名前はレヴィン。今は国王たちは他国にいてね、今は我々がここの城の護衛になっている。」
「そうかよ、さっさとセラを返せ」
ケインの低く鋭い声に、レヴィンの表情が一瞬暗くなる。
その目の奥には、何か隠された思惑が潜んでいるようだった。
「返さないなら!」
ケインが一歩前に出た瞬間、レゼも剣を抜き、レヴィンに向かって踏み出した。
しかしその直後、地面に転がっていた兵士の死体が突然炸裂する。
吹き飛ばされそうになるその瞬間、氷の壁がレゼの前に現れ、爆風と破片を防いだ。
その冷たい防御を作り出したのは、間違いなくエレーナだった。
「、、借りは返したから、、」
そう言うと、エレーナは馬車から降り、軽やかな足取りで近づく。どうやら急いで治療を終え、ここまで駆けつけてくれたようだ。
「エレーナ!」
レゼが抱きつこうとするも、エレーナは軽く身をかわす。
その仕草に、レヴィンが口を開いた。
「わたしとしても、ここまでコテンパンにされるとは思わなかったよ。仲間も増えたようで……
なので、こちらも一人投入することにするよ。」
その言葉に、エレシアの瞳が一瞬揺れる。
「まて!あいつは、、」
エレシアの言葉を遮り、レヴィンは指を鳴らしながら呼びかける。
「来なさい、煙崎 藍…又の名を、死相12柱のうちの1柱病魔ペストリス。」
その瞬間、城内の空気が一変した。
冷たく湿った霧が渦を巻き、床を這うように広がっていく。息を吸うだけで胸が重くなる。
「はいはい、人使い荒いんだからさ……」
そう呟きながら、白髪の青年は転がっている兵士の死体を貪り食う。
其の瞬間、肌は所々が腐敗したように変色していき、浮き出た血管や斑点が病的に浮かぶ。体の動きはどこかぎこちなく、病魔そのものが形を取ったような存在感を放っていた。
「感染完了……」
「なんだ、、手が思うように動かない……」
ケインの手が微かに震える。
その場に漂う瘴気と異様な圧迫感に、無意識に筋肉が硬直したのだ。
レヴィンが静かに口を開く。
「死相って知ってるか? ケイン、」




