第5話 ドラゴン退治#2
エレーナが静かに杖を取り出す。銀色の装飾が施されたその杖を高く掲げ、冷ややかな声で詠唱を始めた。
「天より舞い降りし氷華、月光の下に輝きて。
我が詠に応え、すべてを眠りへと誘え――《クリスタル・カタストロフ》!」
詠唱が終わった瞬間、杖の先端から白い冷気が奔り出す。凍りつく風は音を立てて地面を這い、瞬く間に草木や石を白く凍り付かせていく。ドラゴンの足元まで広がった氷は、重厚な鱗を覆う脚を固め、バキバキと音を立てながら動きを奪った。
その隙を逃さず、ケインが低く叫ぶと同時にイリスが駆け出し、二人は剣を構えて一斉に斬りかかる。
だが、刃は硬質な鱗に弾かれ、金属の火花を散らすばかりで傷ひとつ付けられない。
「通らねぇか、、」ケインが顔を歪める。
その時、背後から弦を引き絞る音。ダリウスが炎を宿した矢を番え、眼光鋭く狙いを定めていた。
放たれた矢は赤い軌跡を残し、ドラゴンの胸部に突き刺さる。瞬間、轟音と共に爆炎が弾け、巨体が揺れる。
「爆弾矢……この前レゼ君の剣を買った時取り寄せておいた矢だよ、」
ダリウスが肩越しに言いながら、矢の当たった部位を指差す。
見ると、爆発の衝撃で硬質な鱗が剥がれ落ち、赤黒い皮膚が露わになっていた。
「あそこなら、攻撃が入る!」
ケインとイリスが互いに目を合わせ、次の瞬間には腹部を狙って同時に剣を振り下ろす。剥き出しになった部分へ刃が食い込み、竜血が飛び散った。
さらに、イリスが叫ぶ。
「ケイン!レゼだ!」
「わかってる!」ケインも頷き、即座に身を横にずらし進路を開けた。
レゼはその合図を受け取り、腰の鞘から剣を抜き放つ。刃全体が宝石のように煌めく、ダイヤモンド製の特異な剣。重みを乗せた渾身の一撃が、既に傷付いた腹部を切り裂いた。
「グォォォォォォォォオオオオオオオ――ッ!!」
耳を劈く轟音が辺りに響き渡り、大地までも震わせる。ドラゴンが絶叫し、巨体をのたうたせながら血を撒き散らした。だが、その瞳の光は未だ衰えてはいない。
次の瞬間、口腔の奥で紅蓮の光が灯る。ドラゴンの顎が大きく開かれ、灼熱の炎がレゼへと放たれた。
「くっ……!」
一瞬の判断が遅れ、レゼの足は止まった。迫る劫火が視界を覆い尽くす――
だが、レゼの身体を包むように、氷の壁が弾けるように展開した。透明な結晶の盾が炎を受け止め、轟々と燃え盛る火焔を押し返す。
それは、先ほどエレーナが彼の腕に施した防御魔法の発動だった。
「はぁ、念の為施しておいてよかった……」
冷徹に見えるエレーナの声が、僅かに震えていた。普段は決して表情を変えない彼女の頬に冷や汗が伝い、レゼが無事であることに心から安堵しているのがわかった。
次の瞬間、鋭い閃光が走り、エレーナの腹部が何者かの刃で深々と貫かれた。
「……!っくそ……」
苦悶の声を漏らしながら、彼女は反射的に杖を握り直し、氷の魔法を紡ごうと手をかざす。だが直後、背後から強烈な衝撃を受け、宙に弾き飛ばされてしまった。
「エレーナ!」
すぐさまレゼが駆け寄り、彼女の身体を抱きとめて衝撃を和らげる。しかし、腕に収まった彼女の意識は既に薄く、ぐったりと項垂れ、腹部からはどくどくと赤が溢れ出す。血の量は目を覆いたくなるほどだ。
(くそ、、予知が少ししか見えない。調子が悪すぎる……)
ダリウスは歯を食いしばりながら駆け寄り、素早く布を裂いて止血を施す。ケインとイリスは互いに背中を合わせるように構え、剣を抜いて辺りを警戒した。
その時――地響きが再び轟く。
さきほど拘束していたドラゴンが、氷を砕きながら巨体を揺らし、ゆっくりと動き出したのだ。
「どっちの相手すりゃあいいんだよ!」
ケインが苛立ち混じりに叫ぶ。
「まずいな、、」
イリスは短く息を吐き、冷静に周囲を見回した。
倒れ伏すエレーナが、震える唇を動かす。
「……四人、、あたり……に、いる……」
微かな声でそう伝えると、彼女は力尽きるように目を閉じ、眠りについた。
止血は終えたものの、危険な状態に変わりはない。イリスは苦渋の表情を浮かべ、覚悟を決める。
「ケイン!レゼとエレーナ、ダリウスを連れて逃げな!」
「は!?なんで……」
まだ戦う気満々のケインが反発する。しかし、その頬にイリスの手が飛び、乾いた音が響いた。
「ドラゴンが一体、そして……多分話聞かれてたんだろうな、他の冒険者チームだ、、私が時間稼ぐから!早く行け!エリシアと話しつけて来な!」
毅然と言い切るイリス。その顔はいつもと変わらぬ冷静さを湛えていた。
「おお、さすがイリス!冷静な分析だな!」
ケインが無理に笑みを作ったその瞬間――影の中から一人の男が姿を現す。
黒髪を乱し、片目に大きな傷を持つ剣士。その眼光は鋭くケインを射抜く。
「お前!、ヴァルド!」
ケインが声を荒げると、イリスはため息を吐き、肩を竦めた。
「だろうな、、」
レゼは剣を鞘に収め、倒れたエレーナを抱え直して逃走の構えを取る。
そこへさらに三つの影が続いた。赤いローブを纏った女魔法使い、巨躯の斧戦士、銀髪の弓使い。彼らはヴァルドの背後に並び、ケインを囲む。
「お前だけ儲かるなんてさせるわけねぇだろ、ケイン。」
ヴァルドが冷ややかに吐き捨てる。
「ケイン!あんた裏切り者の分際で、儲かろうなんて早いのよ、」
赤ローブの女が指先でケインを突き刺すように指差した。
「イリス、お前だけじゃこの人数にドラゴンはしんどいだろ、」
冷笑混じりに弓使いが言う。その隣で筋骨隆々の男が無言のまま、森に転がる果実を拾い上げる。そして何のためらいもなく遠くへ投げた。
ゴロリと転がった果実に、ドラゴンの瞳が反応する。巨体が揺れ、咆哮と共に果実を追って森の奥へと移動していった。
「あいつを相手にするのは厄介だからな、遠くへ行ってもらう。」
ヴァルドはその隙を逃さず剣を抜き、一直線にケインへと斬りかかる。
ケインも反射的に剣を構えようとするが――その前に割って入ったのはイリスだった。
「行け!」
刃を受け止めながらイリスが怒鳴る。
「でも、、」
まだ躊躇うケインに、イリスは叫ぶ。
「リーダーだろ?こうなった責任、取ってもらうぞ……」
微笑すら浮かべ、仲間を信じる眼差しを向けて。
「わかった、待ってる。」
ケインは短く頷き、踵を返した。
レゼはその隙にエレーナを抱き、ケインと共に森を駆ける。しかしヴァルドの仲間が行く手を阻むように立ちはだかった。
「ちっ……!」
その瞬間、背後から放たれた矢が鋭く飛来し、敵の足元を打ち抜く。道が開けた。
「あの野郎、かなり弓の腕がいいぞ!」
銀髪の弓使いが叫び、ダリウスを指差した。
「イリスさん、付き合います。最後まで……」
ダリウスが静かに弓を構え、隣に並ぶ。
イリスはその姿に僅かに口元を緩める。
「助かるよ、ダリウス……」
二人は肩を並べ、四人の冒険者チームに挑みかかる。
――しかし、その場に残されたヴァルドには策があった。
レゼたちが必死に森を抜けたその時、背後で凄まじい轟音が大気を裂き、爆風と黒煙が森を覆った。
「……あの、爆発……まさか、レイジの爆発魔法か、」
ケインの目が大きく見開かれる。かつて見たことのある忌まわしい爆発の光景。
「走るぞ!」
レゼはケインの腕を掴み、全力で駆け出した。三人はそのまま宿へと急ぎ、闇夜の森を後にするのだった。
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「ちょっと!?何が起きたの!?」
宿に入るなり、ベッドに横たわるエレーナの腹部に包帯を巻いている光景を目にし、セラは顔を青ざめさせて声を張り上げた。
慌てて棚から医療キットを引き出し、震える手で持ってくる。その中身を広げ、すぐにレゼに差し出した。
レゼは無言で器具を取り出し、応急処置を施していく。包帯が血で赤く染まっていくが、かろうじて止血が進んでいく。
エレーナ自身も、荒い息を吐きながら氷魔法で患部を凍らせ、痛みを鈍らせていた。青白い顔をしながらも、その冷気は小さな奇跡のように彼女を繋ぎ止めていた。
やがて傷口が落ち着き、彼女は静かに眠りにつく。
その瞬間、レゼは振り返り、ケインの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
「おい、話をしろ。」
低く押し殺した声が宿の部屋に響く。
「他の二人は?」
セラも問い詰めるように声を投げる。
だがケインは顔を逸らし、固く唇を閉ざしたまま返答を拒む。重苦しい沈黙が部屋を支配し、数分が過ぎた。
ついに彼は深く息を吐き、重い口を開いた。
「………ありゃ、俺とイリスが前に所属してた冒険者チームの元メンバー……あそこまで恨まれてたとは知らなかったがな、」
テーブルに置かれた酒のグラスに手を伸ばすこともなく、ただ視線を伏せていた。普段なら酔いに任せて吐き出すケインが、酒を拒む。――それが本音を語る覚悟の証だった。
「全て話す……アイツらのこと、そしてレイジのこと、」
ケインは真剣な眼差しで、レゼとセラを交互に見据えた。
その時。
――ギィ……。
重々しい音を立てて、酒場の扉が開かれる。
「ここにいたのか、ケイン……」
低く響いた女の声に、空気が一瞬で張り詰めた。
振り向いたレゼとセラの目に映ったのは、どこかで見覚えのある女性だった。
「ってめぇ、!エレシア!」
ケインは即座に立ち上がり、怒りに任せて拳を振り抜いた。
だが、女――エレシアはその腕を軽々と受け止める。次の瞬間、ケインの身体は宙を舞い、床に叩きつけられていた。
「悪いな、お前とは腐れ縁だが、ここまでのようだ。用があるのは、あの子……」
冷淡な口調でそう告げると、彼女の鋭い視線がセラへと移る。
重い靴音が一歩ずつ近づく。
セラは息を呑み、足が自然と後ずさった。
「待て!」
レゼが咄嗟に前へ出て立ちはだかる。だが次の瞬間、衝撃波のような力に弾かれ、壁際まで吹き飛ばされていた。
「悪いな、君とは話したことはないが……少し強そうに見える、私のランクはSS。君は勝てない。」
淡々としたその声には、圧倒的な自信と残酷な現実が込められていた。
エレシアの手がセラの腕に伸び、がっしりと掴んだ瞬間。
「――っ!」
セラは必死に抵抗し、握られた手に隠し持っていたナイフを突き刺した。
「やるな、この子も」
エレシアは眉を僅かにひそめると、突き刺さった手をそのまま見つめ、ゆっくりと引き抜いた。次の瞬間、傷口は光を帯びるように閉じていき、完全に再生してしまう。
「悪いが、この子はもらっていく」
低い声が部屋に響いたかと思うと――。
セラの身体が再び掴まれ、エレシアの姿と共に掻き消えるように消失した。
「待て!」
レゼが必死に叫んだ。
だがその声は、虚しく宿の部屋の壁に反響するだけだった。
――そこには、ただ風が揺らすカーテンの音だけが残っていた。




