第4話 ドラゴン退治#1
「クソッ!逃げるぞ!レゼ!」
ケインが血相を変えて怒鳴り、レゼに向かって手を伸ばす。
だがレゼは、目の前で繰り広げられた光景に思考が追いつかず、ただ立ち尽くしていた。
「え……ああ、」
曖昧な返事が漏れる。次の瞬間、頭の奥を突き刺すような耳鳴りが響いた。
それは危険を知らせる合図だった。だが、心臓が強く打つばかりで、レゼの足は地面に縫い付けられたように動かなかった。
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「依頼内容は、ゴブリン退治だ。」
ケインが淡々と切り出す。
「は?」
「え?」
思わずレゼとセラが同時に声を上げた。
「おい待て、ゴブリン退治って……!」
レゼが身を乗り出して何か言おうとするも、ケインが片手を上げて制する。
「黙れレゼ。表向きは、ただのゴブリン退治……お前のしてたやつとは違う、」
冷ややかな言葉に、レゼは胸を突かれたような感覚を覚える。ここまで自分は成長したと思っていた。だが、ケインの一言が過去の“落ちこぼれ”だった頃の記憶を無理やり抉り出してきたのだ。視線が自然と落ち、声も出ない。
セラはすぐに気づき、険しい表情でケインを睨みつける。
「その言い方はないんじゃない!?」
しかしケインは視線すら動かさず、完全に無視を貫いた。
「なにそれ、また無視……」
セラは唇を噛み、椅子を蹴って立ち上がると、荒々しい足音を残して部屋に引っ込んでしまった。
「ガキが、、」
ケインは小声で吐き捨てると、すぐに依頼の説明へと戻る。
「いいか?この王国、マルシオン王国の外に自然豊かなヴェルデンの森というのがある、そこにはドラゴンがいるらしい、、それの討伐だ。だが、これが知られると他のギルドチームも狙う。だから、表向きにはゴブリン退治で……」
ケインの言葉を聞くなり、イリスが机を叩き、椅子から身を乗り出した。
「待て! ドラゴンの種類にもよるけどさ、、S以上は必須だろ?」
Sランク以上でなければ歯が立たない危険な存在。その意味を理解しているからこその反応だった。
このチームにはS級冒険者が二人――ケインとエレーナ。残りは全員A級止まりだ。
「ああ、だから死なないようにあのガキは連れていかない……」
ケインの言葉に、レゼはすぐに誰のことか理解する。セラのことだ。
ケインは一拍置き、レゼをまっすぐ見据える。
「わかった、、それでいい。今回ばかりはな、、」
その視線を受け止めながら、レゼは唇を結んだ。こうしてその夜は、決まりのない緊張を残したまま解散となった。
――酒場の奥、暗がりに潜む一人の男が、そのやり取りを最後まで聞いていた。
「聞いたか?」
酒臭い息を吐きながら、仲間に低く声を投げる。
《範囲的には、余裕で聞き取れる距離だ。》
仲間の頭に直接響く声。伝達の能力によって、男たちは互いに会話を交わしていた。どうやらケインたちの密談を、陰からすべて盗み聞きしていたらしい。
「アイツらばっかり儲けやがって……ヴェルデンの森……ドラゴン退治か、いいじゃねぇか」
男は口角を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべながら立ち上がると、足音を消すようにして闇へと消えていった。
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「なぁ、セラ……今度の依頼だが留守番を頼む。」
レゼの声は普段より少し低く、微かに緊張を含んでいた。だが、その言葉が胸に響くと、セラの表情は徐々に曇っていく。
「レゼまで、あたしを置いてくの、?」
セラは手にしたナイフをぎゅっと抱きしめる。先日レゼからもらったあのナイフは、彼女にとってただの武器以上の存在だった。胸の前で抱え込む手の震えが、心の動揺を物語る。
「ちがう、危険な依頼だから……ごめん、」
レゼは言葉を詰まらせ、視線を床に落とす。普段の冷静さを保とうとする顔も、どこか硬直している。
夜、寝床に入ったセラは、布団の中でさっきの会話を反復する。暗闇の中、先ほどのレゼの表情や声が頭の中に浮かぶ。
「なんの依頼かも教えてくれなかったな……」
小さく呟きながら、セラはナイフを胸の前で抱えたまま、目を閉じる。外の静かな夜と、自分の胸のざわつきだけが、寝室に残っていた。
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「よし、行くぞ、」
ケインが短く声を張り上げる。その声を合図に、レゼたちはそれぞれ荷物を持ち、軋む音を立てる木製の馬車へと乗り込んだ。
馬の吐く白い息が朝の冷たい空気に溶け、車輪が土を噛む音が、徐々に遠ざかっていく街並みに混じる。
森へ向かう道中、馬車の揺れに身を任せながらイリスがふと問いかけた。
「セラは?」
視線は真正面だが、その声色には心配が滲んでいる。
レゼは答えに詰まり、ほんの一瞬だけ沈黙した後、窓の外へ視線を逸らしたまま低く答えた。
「部屋で寝てる、」
「起こさないできたのか?」
イリスが眉を寄せて問い返す。レゼは言葉を続けることなく、ただ唇を固く結び、静かに頷いた。
そのやり取りを聞いていたケインが、口元に薄い笑みを浮かべながら言い放つ。
「それでいい、アイツには早すぎる」
笑い声こそ上げなかったが、その声音には明らかに小馬鹿にした響きがあった。
「リーダー、その言い方は……」
ダリウスが不快を隠さずに口を挟む。だがケインは肩をすくめ、視線を前に戻すと、それ以上何も言おうとしなかった。
重苦しい沈黙が馬車の中を支配する。レゼはただ窓の外を見つめ、そのやり取りを無言で見届けていた。その横顔は硬く、どこか痛みを堪えているようでもあった。
そんなレゼに、珍しくエレーナが声をかける。
「あとで、降りたら話がある。」
「え?」
レゼは驚き、反射的にエレーナを振り向く。だが彼女の視線は正面を向いたまま、冷たい横顔しか見せなかった。
そうして、沈黙のまま馬車は森へと進み続けた。
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「着いた、」
ケインが短く言い放ち、真っ先に馬車から飛び降りる。硬い土を踏む音が響き、森の入口に漂う湿った空気が肌を包み込んだ。
全員が馬車から降り立ったところで、レゼは躊躇することなくエレーナのもとへ向かう。
「なんだ?」
問いかけた瞬間、エレーナは無言でレゼの腕を掴んだ。細い指が驚くほど力強く食い込む。
「魔法を施した。危ない時、これを使って……」
エレーナはまっすぐにレゼの瞳を射抜くように見つめると、言葉を残してすぐにイリスのもとへ戻っていった。
「なんだ……?」
レゼは自分の手のひらに目を落とす。そこには、中央部分が淡く光り、小さな氷が薄膜のように張り付いていた。冷気がじわりと指先を包み込む。
「ん?」
その時だった。空がざわめき、雲が渦を巻くように厚く広がり始めた。森を渡る風が突然逆巻き、圧し掛かるような威圧感が辺り一帯を支配する。葉が千切れ、馬が怯えた声をあげた。
「来た!」
エレーナが叫んだ瞬間、レゼの背後に巨大な影が落ちる。振り返った彼の目に映ったのは、漆黒の鱗に覆われた大きな体――黒いドラゴンだった。
レゼの頭に、馬車で交わされたケインの言葉がよぎる。
「ドラゴンの強さは、身体を包み込む鱗の色で変わる。下から、緑、黄、青、赤、黒、そして白だ。青まではAでなんとかなるが、、赤はS、黒はSSは欲しいところだな……」
あの時の声が、今は皮肉のように響く。
そして今、彼らの前に立ちはだかるのは――上から二番目の黒。
「おいおい、Sランクでも厳しいよ!」
イリスがケインに文句を浴びせる。怒気よりも恐怖が勝っていた。
ケインも顔色を変え、口を噛み締める。
「あの野郎!騙したな!」
ケインが吐き捨てたその「あの野郎」は、いつも仕事を回してくるエリシアのことだろう。
「それって、裏切られたってことじゃないですか!?」
ダリウスが声を荒げ、すぐに弓を引き絞った。矢が放たれ、黒竜へ飛ぶ――が、バサリと羽ばたいた一撃の風にかき消され、木の葉のように散らされてしまった。
「ちっ、、逃げるか?」
イリスが後ろを振り返る。しかし、さっきまで繋がれていた馬車はもう影も形もなく、逃げ道は閉ざされていた。
「戦うしか無いか……」
ケインは一度大きく息を吐き、剣を抜き放つ。その刃が鈍い光を返す。
「お前ら、こうなったのはパーティーのリーダーである俺の責任だからな、、全員が逃げるぐらいは稼いでやる……」
決死の覚悟を込めた言葉。だがその背に、仲間たちは静かに並び立った。
「ケインさん、リーダーにしちゃったのは僕らですからね……」ダリウスは再び弓を握り直す。
「逃げるわけないだろ、お前置いてさ、、」イリスは苦笑しながらも剣を構えた。
「援護はやる……」エレーナは低く呟き、杖を握りしめる手に力を込める。
「まぁ、武器の試し切りぐらいはしたいし……」レゼはこの前買った剣を抜きながら、不敵に笑った。
その一言一言がケインの背を押す。
「お前ら、、そうか!行くぞ!戦闘態勢だ!」
ケインが吼える。
直後、黒竜が大気を震わせる咆哮を放つ。耳を裂くその声を合図に、地面が揺れるほどの衝突が始まった。
「そう簡単にはさせねぇっての……ケイン、
全員、戦闘態勢だ、ケインの一味を潰す。」
男は唇を吊り上げ、不気味な笑みを浮かべる。その合図で仲間たちは一斉に武器を抜き、革の擦れる音や金属音が響いた。誰もが即座に構え、空気が一気に張り詰める。




