第2話 依頼
「レゼ……お前はここに残れ。
そっちの方が安全だ、お前の能力をもっと上手く使えるはず……」
レゼの目の前に、あの日の光景が鮮やかに浮かび上がる。
木製の扉が軋む音を立て、レイジが酒場を出て行く。
外は夜風が吹き抜け、街灯の明かりが濡れた石畳に反射してキラキラと揺れる。
レゼは必死に手を伸ばして
「待って……」
と呼びかけたが、声は夜の喧騒にかき消されて届かない。
レイジは振り返らず、ただ前へ進む。
背中が少しずつ小さくなり、やがて人混みに溶けていく。
レゼは胸の奥が締め付けられるような痛みを覚えながら、ただその背中を見届けることしかできなかった。
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「……ん?」
レゼはベッドの上で目を覚ました。
頭上には古びた木の天井が広がり、ぽつんと灯りが一つ揺れている。
横には椅子に腰かけ、新聞を広げるセラの姿。
セラはちらりと顔を上げ、静かに問いかける。
「寝言言ってたけど、大丈夫?」
レゼはまだぼんやりしたまま、周囲を見回す。
「えっと……どこ?ここ、なんだっけ?」
セラは呆れたように肩をすくめ、新聞越しに教えてくれる。
レゼの頭の中には、昨日のことがまるで抜け落ちている。記憶がないのだ。
「昨日、夜酒場でケインとずっと飲んでたじゃん。
意気投合して……ここは、宿だよ。
あたし達だけ2人部屋、」
「ああ……そうだったな、」
レゼは頭を抑え、昨日のことを少しずつ思い出す。
どうやらセラは、この2人部屋の件を快く思っていないらしい。
レゼが嫌なのではなく、子供だと思われていることが気に入らない様子。
それも、部屋を決めたケインを少し恨んでいるらしい。
その時、木製の扉を軽くノックする音が響く。
「レゼ、俺だ。ケイン、いるか?」
「ん?ああ……」
俺の返事を聞くと、ケインはすぐに扉を開けて入ってくる。
「下に来い、、依頼だ。」
「依頼?」
レゼはセラの方に視線を向け、小さく頷くと階段を降りる。
下に降りると、そこは酒場になっており、木の机に朝食を広げた三人の姿があった。
香ばしいパンの匂いとコーヒーの湯気が漂っている。
席に着くと、レゼは早速ケインに尋ねる。
「依頼ってなんだ?」
すると、斜め前に座る、ガタイのいい女性が口を開いた。
「ケイン、教えてないのかよ……
うちのチームはここら辺じゃ有名なんだ。
チーム名は、ツバメ。
有名だから、ギルドの依頼以外にもこっちに依頼を持ってくる人もいる。
私はここツバメのパーティー副リーダー、
イリス・ヴェルメリダ、よろしく。」
頑丈そうな鎧に身を包み、腰には鋭い剣を携えたイリスは、見るからに戦力十分な雰囲気を漂わせている。
その隣で、茶髪の青年がにこやかに手を振る。
「僕は、ダリウス・グレイン……
弓を使うんだ、よろしく。」
軽装で弓を携えた彼は、装備こそ控えめだが、柔軟そうな体つきと明るい雰囲気で、頼もしさを感じさせる。
「おう、よろしく……」
レゼがそう返事をするも、目の前に座るもう一人の女性は口を開かず、視線もどこか遠くを彷徨っている。
「君は?」
思わず尋ねるレゼに、女性は短く答えた。
「……エレーナ・クローディア、魔法使い、」
白に近い淡い水色の髪を持つ彼女は、魔法使いとしてかなりの上級者らしい。
一般的な魔法使いが好む長いローブではなく、シンプルなジャケットを身にまとい、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「じゃあ、依頼についての説明だ。
この街の西の方に人身売買を行っている組織がある。
それの殲滅、だが一番優先すべきなのはその人ら、被害者の救出。死んでたら回収……それだけだ。
俺とイリスで先に入る。ダリウスとエレーナはその後に続け。レゼとガキは……」
「セラなんだけど、?」
ガキという言葉に、セラは思わず顔をしかめ、低い声でケインを止める。
「……レゼとガキは、外で見張りだ。それで行くぞ。」
その言葉を受け、レゼは軽く頷き、セラも不満げながらも受け入れる。
こうして、レゼたちは街の西、組織が潜む場所へ向けて歩き出した。
朝の空気は冷たく、通りにはまだ人通りも少ない。
だが、これから待ち受ける戦いの緊張感が、静かに胸の奥で膨らんでいく。
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「じゃあ、まず俺らが入る。お前らは……」
「わかってる、見張りだろ?」
「ケイン……早く行くよ、」
そうして、ケインとイリスは古びた屋敷に入って行った。
人っこ一人いないそんな森の中に、屋敷がポツンと怪しさ満点である。
二人が入って3分ほどした後、ダリウスとエレーナが入っていく。
「レゼくん!見張よろしく、」
「………」
ダリウスは愛想良く振り返りそう言ってくれたが、
エレーナは口を開かない。
そうして二人も中に入って行ってしまった。
「暇だな、」
入って2分ほどし、レゼもセラも木の幹に座ったまま雑談をしていた。
「信じられる!?アイツ、いつまで経ってもあたしを子供だと思って……」
「ああ……」
セラの話を軽く流すレゼ。
その様子に、セラは少し思い詰める。
「ねぇ、あのさ、レイジの事……あたしを守って、」
声のトーンが下がる。
セラも余程ショックなのだろう、
「気にすんな……レイジはいい……
………行くか」
そう言ってレゼは立ち上がる。
すぐに、エレーナ達の後を追うため屋敷の扉の前にたった。
「え、行くって……」
セラは止めようとするも、レゼは気にしない。
「俺たちにだって仕事ができるってこと教えてやろうぜ。それに、ここに敵は来ない」
「なんでわかるの?」
呆れたように、あまり乗り気ではないのが見て取れる。
「勘かな……」
そう言ってすぐにレゼは入っていく。
少し悩みつつも、セラはレゼについて行った
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「おい……どうなってる?敵がいないぞ。」
ケインが低く呟き、手にした剣の柄を強く握りしめる。薄暗い廊下に響いた声は、しんと静まり返った屋敷の空気に飲み込まれる。
床には土の靴跡や、乱れた家具の跡が残されている。確かに誰かがいた痕跡はあるのに、肝心の人影はどこにもない。
「そんなこと言ってないで、さっさと辺り見て警戒して!」
イリスが鋭い声を飛ばす。振り返った彼女の瞳は光を反射して鋭く光り、背筋を伸ばして空気を張り詰めさせる。
「へいへい……」
ケインは気のない返事をしながらも、剣先を揺らしつつ壁際を探る。大理石の床を踏みしめる靴音だけが響き、広すぎる廊下が不気味なほどに静寂を抱えていた。
二人がいるのは屋敷の二階。天井は高く、赤い絨毯が廊下を覆っている。だが人影はなく、開かれた扉の先も、どこも同じく空虚な部屋ばかり。だからこそ、彼らは壁や床を叩き、隠し扉の存在を疑って探していた。
その時、不意に脳裏に声が響く。
《今一階を捜索してるんだけど……ダリウスが見つけた。一階の1番奥。
地下室がある、早く来て……先入ってる。》
エレーナの念話が途切れると同時に、静寂がさらに重くのしかかった。
「やられたな、二階はダミーか……」
ケインは額に手を当て、深いため息を吐いた。自分たちが翻弄された事実に、舌打ちをしたい気分だった。
「つべこべ言わず早く行くよ、」
イリスは苛立ちを隠さず、ケインの襟を乱暴に掴んで階段へと引っ張る。ケインは渋々ついていきながらも、足音を殺すのを忘れない。
階下に降りた先、一階の奥まった廊下に、重厚な扉が口を開けていた。分厚い鉄の蝶番は開ききり、わずかに地下から冷たい風が吹き上がっている。既にエレーナとダリウスは先に入ったらしい。
「行くよ。」
「分かってる、」
互いに目を合わせると、同時に剣を鞘から引き抜く。刃がかすかな光を受け、地下の闇へと吸い込まれるように二人は一歩を踏み出した。
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「ねぇ、見て!」
セラが声を弾ませる。小柄な身体で両腕を目一杯伸ばし、棚から引っ張り出した盗品らしき小物を頭上に掲げる。瞳は子供のように輝き、まるで宝物を見つけた冒険者そのものだった。
「そこが子供だな……」
レゼはちらりと視線を向けただけで、すぐに興味を失ったように溜め息をつく。足音を忍ばせながら廊下を進み、壁際や扉の隙間に注意を払う。
「ねぇ、これ持ってていい?」
次にセラが抱え上げたのは、重そうな金色のトロフィーだった。両手でやっと持ち上げられるほど大きく、足元はふらついている。
「持っていけねぇよ。置いてけ」
レゼの声は短く冷たい。視線さえ向けず、鋭い聴覚で奥の物音を探ろうとしていた。
「はいはい、、わかったよ……」
セラは頬をふくらませ、名残惜しそうにトロフィーを台座に戻す。指先で一度撫でてから、仕方なく手を離した。
そうして二人は並んで廊下を進み、一階の探索を続けた。古びた木の床がわずかに軋むたび、屋敷全体が彼らを睨みつけているかのような気配を帯びる。
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「にしても、地下も人の気配がしないな……」
ダリウスは眉をひそめ、弓を引き絞ったまま左右を素早く見渡す。石造りの地下回廊は湿っていて、足元の水滴が時折ぱしゃりと音を立てた。
「待って、今辺り見てるから、」
エレーナは前に出ると、両目に淡い光を宿し《熱視眼》を発動する。冷え切った石壁の中に、熱の残滓が浮かび上がり、視界がサーモグラフィーのように変化する。
「いた。奥に四人閉じ込められてる。」
その声と同時に、彼女は迷わず駆け出した。
「おい危ない、、」
ダリウスが慌てて後を追おうとした瞬間、横の影から飛び出した大柄の男が、棍棒を振り下ろした。鈍い衝撃音とともに、エレーナが床に倒れ込む
「ッ!」
即座に反応したダリウスは弦を引き絞り、矢を構える。だが背後に忍び寄っていたもう一人の男が、鉄拳を叩きつけた。視界が真っ暗になり、矢は放たれることなく手から滑り落ちる。
――二分後――
「本当にいるのか?」
ケインがぼやきながら松明を掲げる。その声は地下に反響し、余計に鬱陶しく響いた。
「うっさいな!」
イリスが苛立ちを隠さずに応じる。二人は辺りを探すが、エレーナとダリウスの姿は影も形もなかった。仕方なく前進を決めたその時、背後から足音が響く。
すぐに剣を構えケインとイリスは振り返り、刃を構えて攻撃の体勢に入る。
「ちょっと待って!」
「おいおい、下ろせ……」
現れたのはセラとレゼだった。
「は!?なんでお前らここにいるんだよ!?」
ケインが怒声を上げると、地下の空気が震えた。
「見張りは?」
イリスが冷静に問いかけると、二人はばつの悪そうに目を合わせてから、そろって視線を逸らした。
「来なかったから、、」
レゼがぼそりと答えると、イリスは額に手を当てて深いため息をつく。
「な?俺は反対だった……」
ケインが胸を張って言い切るが、すぐにセラが突き放すように言い放つ。
「酒を大量に飲んで意気投合してたくせに……」
その一言にケインは口をつぐみ、気まずそうに目を逸らす。
とにかく薄暗い地下道は先が見えず、冷気と静寂がまとわりつく。四人は自然と身を寄せ合い、松明の炎を頼りに慎重に歩みを進めていった。
「ねぇ、本当にいるの?人質……」
セラがケインにそう問いかけるも、ケインはうなずくだけで、あからさまに無視している。
セラは中指を立てた。
その瞬間、レゼの耳に耳鳴りが響き、視界の端に微かに動く人影が映る。
「セラ!」
レゼは咄嗟にセラを抱えて後ろへ下がる。
「うわ! なに、!? 」
セラの目の前に、棍棒を持った大柄な男――エレーナを殴った男――が立ちはだかる。
ケインは即座に剣を振り、棍棒を弾き飛ばす。
丸腰になった男が地下の奥へ逃げようとするが、ケインの投げた剣が男の胸に突き刺さった。男は絶命する。
「ケイン……」
イリスはその光景に息を呑む。二人の間には、言葉はいらなかった。
「ああ、その奥だ。」
ケインは男が逃げた方向を指す。
やがて、一つの部屋を発見する。
「ここか?」
「おい、待て……」
ケインが忠告するが、レゼは躊躇なく扉を開ける。
そこには、人質の四人――そしてエレーナとダリウス――が拘束されていた。
エレーナと目が合ったレゼは一瞬立ち止まる。だが、エレーナはすぐに拘束を解こうとし、叫んだ。
「後ろ!」
振り返ると、鉄拳を構えた男がレゼに向かって振りかぶる。
(やば……)
レゼの脳裏に、兄レイジの言葉が蘇る。
「いいか、レゼ。常に慎重に、冷静に判断するんだ。お前の能力は身を守るのに最適で、最初の一撃が一番強い。」
エレーナは魔法で氷の剣を作り、レゼに投げた。
レゼは男の攻撃を避けつつ、その氷の剣をキャッチし、流れるように一撃で男を斬り裂く。
男は血を流し、倒れた。
「まじかよ……あいつ……」
ケインやイリスも、その速さに目を見張る。
「すごい……」
セラは小さく呟き、レゼを見つめる。
こうして、レゼたちは無事、人質を解放することに成功した。
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その日の夜、
酒場は他の冒険者チームで賑わっていた。
中でも、ケインのパーティーは依頼を成功させ、冒険者としての格をまた一段上げている。
ダリウスやイリスは、他の冒険者たちと交流して楽しそうに笑っている。
それに対し、レゼはセラと一緒に隅に座り、賑やかな場面をただ眺めていた。
そこへ、酒を片手にしたケインが近づいてくる。
「やるな、レゼ。」
「珍しいな、あんたが褒めるとは……」
レゼが苦笑すると、ケインは笑い声を上げた。
「ハッハッハッ、無駄口を叩けるようになったじゃないか。成長したな……レイジの弟だとやっと分かってきた。見直したぞ。」
機嫌の良いケインを、セラは鋭く睨む。
「お前、今度アイツらと組んでみろ。」
指差す先には、ダリウスと、一人で酒を飲んでいるエレーナがいる。
「俺、エレーナ苦手なんだが……」
レゼが呟くと、ケインは少し首をかしげながらも答える。
「合うと思うぞ、お前らは……」
「そうかな……」
レゼは信じられない、といった表情を浮かべた。
楽しい酒場の空気は、しかし一人の女性が入ってきた瞬間に一変する。
「ケイン……どういうことだ?」
紫色の髪にスーツを着た、エリート然とした女性。
どうやらケインと面識があるらしく、酒場にいる冒険者たちも何かを察しているようだ。
「だるい事になったな……」
ケインは小さく溜息をつき、苦々しく呟いた。




