けっしてスモーク・オン・ザ・ウォーターのリフを弾いてはいけない部屋
マニアックな内容になっています。ロックギターに興味のない方には意味がわからないと思います。
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。蛇口も好きにひねってね。猫とも好きに遊んで。スマホも見ていいし、オ・ナラもしていいわよ。カブトムシを放たれるのは困るけど、鏡は見てもいいし、笹門 優にツッコミ感想をつけられてもべつにいいし、ダジャレも言い放題、ドリフのコントを観て笑ったっていいのよ」
リビングの隅に立てかけてあるそれを、私は目に止めた。
「あっ! ギターがある!」
フェンダーカスタムショップのストラトキャスターだった。安くても50万円はする高級ギターに、私は大喜びした。
「これも弾いていいの!?」
「もちろんよ。ただ、スモーク・オン・ザ・ウォーターのリフだけは弾いてはダメよ」
「なんで!?」
「決まってるじゃない。試奏するひとがみんな、それを弾くからよ。店員さんはもう聴き飽きたのを通り越して、それを弾かれたら怒りだすようになっちゃったのよ」
「店員さん!?」
私は部屋を見回した。
誰もいない。私と美沙の他には──当たり前だ、ここは楽器店ではないのだから。
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、Nintendo Switchで遊び、蛇口をひねり放題にひねり、猫と遊び、スマホを見ながら放屁し、冷蔵庫の高級食品を猫と一緒に食い尽くし、カブトムシは放たなかったけど、鏡を見て自分のかわいさに満足し、美沙のパソコンで小説を書いて笹門 優さんからツッコミ感想をもらい、ダジャレを自由に言いまくり、ドリフのコントを観て大爆笑し終えると、やることがなくなった。
「あっ、そうだ。ギター弾こう」
高級シールドを繋ぎ、フェンダーの高級アンプ『ツインリバーブ』の電源を入れ、高級ギターを手に取った。
チューニングを合わせ、アンプのトーンをフル10にし、ボリュームを適度な轟音に設定すると、いい感じに歪んだ音色で私はそれを弾いた。
じゃっ、じゃっ、じゃー……
「ちょっとちょっと!」
途端に店員さんが飛び出してきた。
「スモーク・オン・ザ・ウォーター禁止ですよ!」
「ち、違います!」
私は慌てて弁解し、続きを弾いた。
「これは大黒摩季『永遠の夢に向かって』のサビの歌メロですから!」
じゃっ、じゃっ、じゃー、じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃー、じゃかじゃんじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃんじゃー、じゃっじゃー
「……なんだ、それならいいですよ」
店員さんはホッとした顔をして、姿を消してくれた。
いや……待て……。
一体どこから出てきた? 店員!
もう一度呼び出してみようと思ったが、スモーク・オン・ザ・ウォーターのリフはもう弾けない。二度もごまかすことはできない。
私はピックを口にくわえ、『天国への階段』のイントロを弾きはじめた。
「ちょっとちょっとお客さん! それも困ります!」
また店員さんがどこからともなく現れた。
「天国への階段も禁止! 常識でしょ!」
私は言い張った。
「違います! これはレッド・ツェッペリン『天国への階段』を盗作で訴えたSpiritの『Taurus』です!」
店員さんが声を張り上げた。
「それ、ちっとも似てないですから!」
ありがとうございましたm(_ _)m