1000年孤独な女師匠
─────
駆けつけた頃には逃げ惑う人の声はとうに消え、人肉が焼ける音、残された子供の喧しい泣き声だけが炎の中で舞っていた。
混沌のステージでは、嗄れても尚聞き覚えのある声が主役を演じていた。
「───── あぁ、これはこれは……お久しぶりです、師匠」
「……貴様、何をしている」
私を師匠と呼ぶ者は1人しかいない。
かつて私に教えを乞い、基本を収めた矢先に私の元から去った私唯一の弟子。
あれから数十年……いや百は超えたか。
「復讐、ですよ」
「復讐か………詳細は聞かんぞ、どうせ今生きている人間には関係のない事だろう。突然姿を消したと思ったらそんなことを考えて生きていたとはな。シワまみれ白髪まみれになってもそのようなことに執着し無関係の者を殺し自己満足、みっともないとは思わんのか?」
「ハハッ、相変わらず手厳しい。しかし貴女なら分かってくれると思っていたんですけどね。強大な力を持つ不死であるが故に迫害を受け、山奥でひっそりと息を続ける師匠なら」
「ほぅ、言うじゃないか。貴様如きが私に勝てるとでも?」
勝負は一瞬だった。
片や人間による百年の付け焼き刃、片や千年洗練され続けた純血の炎。勝負になる筈もない。
胴体を焼き切り動きを封じ、舌を焼き悲鳴を許さず、脳を焼き苦しむことすら許可しない。
「フン、他愛もない。私の術の全てを知ったつもりでいたのか?」
「死ね」
残った上半身の心臓に短剣を突き立てる。
不死に近づいていたとは言え、これで絶命は免れない。元よりこれ程の損傷を負った時点でもう遅いが。
「……もう一仕事だな」
街の炎をまとめ上げ、消火を完了した。
思わぬ生存に喜ぶ無垢な子供、炎など初めから気にしていなかったように死体に縋る女。
全て、私の存在が招いた結果だ。
奴が言ったことも、あながち間違いではなかった。何も反論できなかった。今回の件で尚更人間には恐れられるだろう。私は人間を傷つけるつもりはないが、その意思は届かない。
『街を救った英雄』と謳われる筈もない。
『あれ以上の力を持つ不死』として。
首謀者と思われるかもしれない。
また奴と会う日が来るとは思っていた。不死としての苦しみを共有できると思っていた。だが結果はどうだ。私が教えた力に呑まれ、私が殺した。
「………また…独り、か……」
熱された街を冷ますように雨が降ってきた。緑のローブに染み渡り、私を重く縛る。
人が戻ってきたら面倒だ。こちらを不思議そうに見る子供に見送られながら、逃げるように去った。
─────
「◾️◾️◾️◾️◾️!」
火球は岩を数百の石に変えた。
私1人で研ぎ澄まし、圧縮し、唱え続けてきた術。物を壊すということは、私にとっては5音に過ぎない。尤も、山の猪を狩る時くらいしか使う時はないが。
「…‥まぁ、こんなものか」
ガサリ。
「ん………おい、それで隠れているつもりか?出てこい」
少し圧をかけた声で呼ぶと、草陰から一人の男がバツの悪そうな顔で出てきた。
歳は15くらいだろうか。
「あはは……どうも…」
「こんな山奥に人間が来るなどいつ以来だろうな……で、何の用だ」
「……俺を弟子にしてください」
弟子。
私が殺した存在。
また1人、力を求める馬鹿が出た。
「……失せろ、私は弟子を取らない主義でな」
「そこをなんとか!」
「ハァ………はいそうですかと帰るはずもない、か。その様子だと、随分時間をかけてここまで来たようだしな」
「へへ……」
「なら死ね、◾️◾️◾️」
「っ……!?」
人の頭程の火球。私の中では最も低レベルな術だが、並の人間なら重症は免れん。馬鹿でも分かる筈。命までは取らん、これで失せろ。
さぁ、逃げろ。
無様に泣き叫び許しを乞え。
もう当たる、さぁ早く……避け───── 。
………。
「………おい、せめて目くらい背けんか」
「…っはぁあ……良かったぁ……」
「良かった……?貴様、私が火球を止めなかったらどうするつもりだったんだ?」
「…信じてましたから、きっと止めるって」
「何を馬鹿なことを……ハァ…来い、しばらくコキ使ってやる」
「えっ!………よし……よしよしよし!」
「ええい喜ぶな!まだ弟子にしてやるとは言っていない!」
第一印象は、ただの馬鹿なやつだった。
「で、師匠。まずは何を!」
「だからまだ師匠ではないと……貴様には試験を受けてもらう、少し待っていろ」
手を握り込み、力を一点に集め、呪力の結晶を作り出す。
「これは……石…?」
「これは私の力の結晶だ……ほんの僅かな分だが。貴様に合わせてやったんだぞ、感謝しろ。で、その石からの力を上手くコントロールして火球を出し、今日中にあの岩を破壊してみせろ」
「成程…」
「これが出来たら弟子にしてやるし、呪力の練り方も教えてやる。あぁそれと、詠唱は◾️◾️◾️だ」
「◾️◾️◾️……」
男が口にした瞬間、持っていた石からエネルギーが弾けた。
「痛っ!熱っ……えっ……!?」
「そういう事だ。迂闊に唱えたり、力のコントロールが出来ないとそうやって暴発する。が、やらねばそれも覚えられん。一度の暴発でそれだ、あまり回数が掛かると………クク、どうなるかなぁ?」
「っ………いいですよ、やってやりますよ」
そうまでして力が欲しいのか、この馬鹿は。
「フン、好きにしろ。帰るならあの道が街まで近いぞ」
「余計なお世話です」
「チッ、生意気な……本当に弟子になる気があるのか?まぁいい、暫く痛みにのたうち回ってろ。また後で様子を見に来てやる」
「………やるんだ…絶対に……」
「………」
妙に気合の入った横顔を見て、私は小屋に戻った。
それから暫く、鳥の囀りに破裂音と絶叫が混ざった。陽が沈むにつれて、その感覚は長くなった。
「……………」
辺りが暗くなった頃に様子を見にいくと、奴は土に這いつくばっていた。
「まぁ……当然だな」
試験と言ったのは嘘だ。
人間がこんな短時間で力をコントロール出来るようになる筈がない。追い返すための口実だ。早々に諦めて帰っていればここまで傷を作ることもなかっただろうに、愚かな奴だ。
「全く世話の焼ける……ほら立て、街まで送ってや───── 」
ガシッ。
「なっ……!」
腕を、掴まれ、何を───── 。
「◾️◾️◾️!」
男の指から放たれた火球は岩を砕いた。
「………馬鹿な…」
「ハハ……本当に上手く行くとは……」
「…成程、考えたな。私を媒介としてコントロールの補助に使ったわけか」
「どうですか……ハァ…日付も……ゲホッ…変わってません、よね…」
「……私は貴様だけで力をコントロールできるように、と言ったんだ。それが分からなかった訳ではあるまい」
「ッ………ですよね…」
「……ハァ…貴様など弟子にも足らん……馬鹿弟子だ」
「!……はは………やっぱり優しいなぁ…」
「……空いている部屋を使え、そしてさっさと寝ろ。私の修行に休みはないぞ。ほら立て」
「っはい…!」
泥と血に塗れた手を取った。
「諦めの悪い奴」、第二印象だ。
〜〜〜〜〜〜
師匠は優しい。
最初に教えてくれた術は治癒の術だった。曰く、
「これから数え切れない程の傷をお前は作る事になる、その度に泣き言を言われたり私が治療してやるのは面倒だからな」
とのこと。
でも修行中は一瞬も目を離さずにいてくれるし、修行後の治療は説教をしつつも手伝ってくれる。それを指摘すると修行が倍になるけれど。
何より師匠はこの術が最も得意だ。師匠は隠しているつもりだろうが、山に迷い込み、怪我をした人間を治療して街に送り返していることを俺は知っている。一体何度繰り返したのだろうか。何回、その度に心無い言葉をぶつけられているのだろうか。
修行は家事も含まれている。特に料理での火力を呪力で調節することは1番に教えられた。こういった小さな修行を積み重ねることが習得への近道、らしい。最初はなかなか上手くいかず、ハッキリ言って酷い出来だった。
それでも師匠は、俺の料理を絶対に残さなかった。
師匠が風邪を引いた時があった。「不老不死でも体調を崩す事があるのか」と思ったけれど、師匠は自分の不死をあまり良く思っていないようなので、それは言わなかった。代わりに薬膳粥を持っていくと、
「悪くない」
との評価を初めて貰えた。嬉しかった。
そんな師匠と毎日を過ごした。
馬鹿弟子と過ごして分かった事がある。こいつは正真正銘の馬鹿弟子だった、ということだ。
何より出来が悪い。前の弟子が習得したものを、こいつは何倍もの時間を要する。全く、私がわざわざ修行プランを立ててやっていると言うのに…これでは滅茶苦茶だ。しかし一度弟子にした以上、せめて基礎は習得させなければ私の気が済まない。
次に態度だ。こいつは本当に私を師匠と思っているのか怪しい節がある。馴れ馴れしいのだ。最もそれを感じた時は、勝手に私の誕生日を決めた時だ。「誕生日なんか覚えていない」、そう奴に言った数日後、
「師匠!誕生日おめでとうございます!」
急にサプライズパーティーだとか言ってきた。不格好で甘すぎるケーキ、気の長い毒殺か?半分は奴に食べさせ、もう半分は数日に分けてコーヒーと流し込んだ。翌年も、その次も、その日はケーキを出してきた。自分がここに来た日は覚えていないだろうに、変な所が几帳面だ。まぁ、ケーキの出来栄えは年々マシにはなってきている。
馬鹿弟子の評価点を挙げるなら………復讐などは考えていそうにない、というところだろうか。あと一つ、退屈はしなかったという点だ。
そんな馬鹿弟子と数年を過ごした。
〜〜〜〜〜〜
「それでは……乾杯」
「か、乾杯………」
食卓にはいつもより豪勢で気品のある料理が並んでいた。しかしそんな雰囲気も向かいに座る緊張した馬鹿弟子で、幾分かランクは下がるものだ。
「んっ、んっ……っはぁ…やはり良い酒というのは、度数がどれ程であろうと飲みやすいものだな……そうだろう?」
「え、えぇまぁ」
「む……なんだ貴様、言いたい事があるなら言え」
「いや、その……今日って何かの記念日でしたっけ…師匠が料理をする程の……なんかすごいお洒落な料理だし…」
「……ハァ、やはり気付いてないのか……5年だ、貴様が薄汚れた格好でここに来てからな」
「えっ……そうなんだ…………いやぁ、その、へへへ……」
「?なんだそのにやけ顔は」
「いや、俺でも覚えてないのに師匠は覚えてくれてたんだなって……」
「なっ…………!?」
「ああいえ、本当にありがとうございます。ずっと修行も見てくれて」
「………フン、ちゃんと分かっているなら…今日くらいは生意気も許してやる」
正直な話をすると、想定外だった。
修行はかなり無茶をさせたつもりだったのでいつ逃げ出すのかと思っていたが…しぶとい奴だ。
「…本日を以て、貴様は私の呪術の基本を全て習得した」
「遂に、ですね……いやぁ、大変だったなぁ」
「5年もかかるとはな……フフ、本当に出来の悪い。ま、その諦めの悪さは……根性と呼んでやらんこともない」
「へへ、師匠こそありがとうございます」
………そろそろ聞いておくべきか。
こいつの真意を。
「………それで、貴様は何故5年も費やして呪術を修めたんだ?」
「えっ……ええっと、その……」
「ただ生きていくだけなら役に立つのは治癒の術くらいだろう」
「まさか貴様………復讐したい相手でもいるのか?」
「………」
「答えろ」
「……実は…………俺も、不老不死になりたいなぁ、と…」
「……貴様、それだけの為にこれまで傷だらけになってきたのか」
あぁ……そのタイプの馬鹿か。
「…不死なんてやめておけ、退屈なだけだ」
「いや、でも」
「死を恐れる気持ちもわからんでもないが、終わりがあるから何かを成そうとするものだろう?」
「……まぁ、それは…」
「何をやってもいずれ飽きると思うと…生きる気力も湧かないさ。術の鍛錬だけはライフワークで続けているが……使いもしない術を磨いたって、虚しいだけだ」
「…」
「……まぁでも安心したよ、復讐なんて言い出すようなら今ここで殺すつもりだった」
「殺っ……!?」
「ハハ、そう怖がるな………流石に2人も手にかけるとなると、気が重い」
「……弟子は取らない主義だったんじゃ?」
「あぁ…そういえばそんなことも言ったな。あれは嘘だ、過去に1人だけ弟子がいた」
「貴様、麓の街の出だったな?なら知っているだろう。10年前の大火災……あれの犯人だ」
「っ……!」
「……私の責任だ」
奴の目的も知らぬまま力を授けた。それで多くの墓を建ててしまった。
今でも夢に出る、あの笑い声。
「奴がここを去ったのはもう100年以上前のことだ。自力で不死に近づいていたようだが……完全には届かず、死ぬ前に復讐を果たしたかったのだろう。あいつも私とは別の理由で目の敵にされていたらしいからな」
「……師匠は……やり返したいとか、考えないんですか?」
「そんな事に囚われると却って自分の品格も落とすものだ、くだらない。それに……」
「……?」
「………向こうが発端だとは言え、自分がそれをやって良い理由にはならないだろう……対話か離別か、私は後者を選んだだけだ」
「…師匠……」
「……少し喋り過ぎたな、いいから貴様ももっと呑め。他にも酒はあるぞ、どれがいい?」
「───── で、どうするんだ?」
「?何がですか?」
「不老不死のことに決まっているだろう。本当に碌なものじゃないぞ。祝いの場で話すことでもないが……」
死を超越する為にはそれなりの縛りと妥協が必要だった。
一つ、子供が出来ない。生命の理から外れる以上、種を増やすことは許されない。
二つ、強力な呪術への耐性が要る。修行が必要な為、思いつきで手に入るようなものではない。
三つ、完全な不死ではない。不摂生をすれば病に罹るし首を切られれば死ぬ。所詮は「不老の術」に過ぎない。尤も、この術への耐性を持つ程の修行を積めば外傷を負う機会などほとんどないが。
四つ、孤立する。これは……言うまでもないか。
「さて……それでも不死になりたいか?」
「………はい」
「そうか…そこまで死ぬのが嫌か。まぁいい、しかし……んん……」
「師匠?」
5年も掛かったことが幸いしたのか、耐性は6割方付いている。これからはより強力な呪術の修行を行えば3……いや……。
「……まぁ、チャンスくらいはくれてやる。今日から2年後、私に挑め」
「師匠に……!?」
「当然手加減はしないし、貴様に見せてない術も使う。勝ったら術を施してやる、負けたらここを去れ」
「そ、それは…!」
「問答無用だ。おや、怖気付いたか?貴様のやろうとしていることはそれくらいのものだということだ。止めるか?」
「……やってやりますよ」
「…ハハ、威勢だけいいな相変わらず。心配するな、それまではきっちり修行をつけてやるさ。ま、これで貴様の手の内も筒抜けということだが…」
「精々励めよ、馬鹿弟子が」
〜〜〜〜〜〜
それから、私を倒す奴を育てる生活が始まった。
私を倒す為に術を磨き、成果を私に持って来て、私がアドバイスをする。なんとも変な関係だ。目標を達成する手段を知り得たからか、奴の成長は早かった。私が付きっきりであったこともあり、七年目に入る頃には前の弟子を既に超えていた。ずっと退屈していた私を脅かす存在の誕生に、私は期待していた。
だが、それには2年じゃ到底足りないことも事実だった。呪術の耐性はそれで得られても、力に差がありすぎる。
私は不老不死を諦めて欲しかった。これでも馬鹿弟子への情はある。孤独に苛まれ、迫害を受けるような者を増やす訳にはいかない。特に奴はそれに向いていないのだ。馬鹿で、純粋で、素直で、明るい。奴は街へ帰り、人に囲まれて過ごすべきだ。死への恐怖はその内薄れるだろう。
だが、結局この2年で奴が考えを変えることはなかった。そういえばそうだった、奴は諦めが悪いのだった。私自身、どれほど強くなっても性根は変わらぬ……同じ末路へ向かわない馬鹿弟子に安心感を持ってしまっていた。だから修行をつけたのだ。
そんな奴との生活が終わることを……惜しく思い始めていた。それでも、私には奴を街へ帰らせる義務がある。奴の人間性が正しく評価され、人々から愛される人生を送ることができるように。
この2年の師匠は、少し変わっていた。
何処へ行くにも俺を連れて行った。森への食材の調達から買い出し、灼熱の砂漠の奥地に眠る秘境にまで、何処にでも。師匠を倒す為のヒントにでもなれば、ということらしい。
1番印象的だったことは、7度目の師匠の誕生日だ。
その年は珍しく師匠からケーキへのリクエストがあったのだが、そのリクエストが「一年目のような甘いケーキ」だった。甘いものは好みではなかった筈なので不思議だったが、リクエストされた以上は甘いケーキを作った。案の定「甘すぎる」という評価だったが、それを食べている師匠はどこか嬉しそうだった。結局2人で食べた。
その日から始まった習慣がある。星が見える夜には、外にサンベッドを並べて呑むようになった。
とても古く高級そうな酒を小さなグラスに注ぎ、少しずつ喉を潤しながら色々な話をした。昔の話、旅の話、師匠自身の話、本当に色々な話をした。
一つとして同じ話はなかったけれど、タイムリミットが近づくにつれ、毎回話の終わりに聞くようになったことがある。
「ここで過ごして、後悔してないか」
何度も同じことを聞かれ、同じ答えを返した。その度に隈の消えない目元を嬉しそうに、寂しそうに細めていた。
力の差は分かっている。
それは修行をつける程理解できた。
それは修行を重ねる程理解できた。
それでもここは譲れない。
師匠と並ぶ為に。
弟子を送る為に。
そうして2年が経った。
〜〜〜〜〜〜
雲一つない空、朝日が差し込む窓、絶好の決闘日和。部屋の主はまだ寝ていた。
今日私に挑む命知らずを労う為に先に起きて朝食を作った後、そういえば馬鹿弟子の寝顔なんて見た事がなかったと思い、こうして部屋に忍び込んだ。
「これが見納め、か」
不用心な頬を突くと、呻き声を上げながら目を開けた。
「んんっ………ぁ………師匠…?」
「ん、おはよう」
意外と朝に弱いのか暫く呆けていると、状況が理解できたのか愉快な声を上げた。
「し、師匠………何か…!?」
「フフ、そんなに驚くな。今日くらいは私が起こしてやろうかと思ってな。気分はどうだ?あと数時間に死ぬ気で闘う相手に起こされる気分は」
「……結構、好きですね」
「………変わらんな、貴様は。ほら、早く顔を洗ってこい。朝食は出来ているぞ」
共に朝食と支度を済ませ、共に小屋を出た。
「それじゃあついて来い。私達の決闘に相応しい場所を用意してある」
「……なんて言うか、師匠ってそういう雰囲気に拘るところありますよね」
「む…別に良いだろう?決闘には決闘に相応しい戦う舞台って物があるんだ。それに……私だって少しは楽しみだったのだぞ、久しぶりに本気を出せそうでな。その為にわざわざこのローブまで引っ張り出したのだからな」
「……それって…あの時…」
「ん?貴様に見せた事あったか?」
「……いえ、何でも」
「?…変な奴だな」
「ほら、着いたぞ」
「……はは、確かにここ以上に相応しい所は無いや」
俺が師匠の馬鹿弟子になった場所。少し広くなっているのは師匠が手を加えたのだろう。7年前に大きく見えていた岩は、今となっては薄い木板のように頼りない。
「さて、まずはストレッチからだな。ほら背中を押してやるからそこに座れ」
「え、それくらい自分でやりますよ」
「いいからいいから、今日が最後かも知れんのだぞ?ほら早くしろ」
「えぇ……」
今日の師匠はご機嫌のようだ。言われるがままに座らされ、背中を押される。
「んんっ……」
「…ふ、ふふ……相変わらず固いな、貴様は」
「ははっ…これ、だけは…成長しませんでしたねっ…」
「そうだ、なっ……いつの間にか、背中はこんなに広くなっているのにな」
そうだ。いつからかは覚えてないけれど、身長は師匠を超えていた。それでも俺にとって、師匠は大きな存在だった。
「……本当に、大きくなったな」
「…美味しいご飯と、師匠の修行のおかげです」
「………私のおかげなものか……貴様がずっと……」
「?師匠?」
「いや、なんでもない。これで終わりだな」
師匠も身体を伸ばした後、ゆっくりと立ち上がり、わざとらしく大きく息を吐いた。
目が合う。
空気が変わった。
言葉を交わす事なく互いに背を向け、数歩進むと同時に振り返る。
そこに先程までの師匠はいない。
越えるべき不死、『千年の炎』が立ち塞がる。
〜〜〜〜〜〜
「遂にこの日が来たな」
「………」
「2年……長かったか?それともあっという間だったか?」
「……」
「不死になるとその感覚も曖昧になるぞ、それでもなりたいか?」
「はい」
「…相変わらず即答か。なら容赦はしない」
「それにしても、不思議なものだな。共に朝食を摂り、共にストレッチまでした者同士が本気で闘うんだ」
「…貴様の必死に修行する時の顔は、いい退屈しのぎになったよ」
「……では行くぞ!」
「はい!」
「「◾️◾️◾️◾️◾️!」」
〜〜〜〜〜〜
「なかなか粘るじゃないか」
「ハァ、ハァ……へへっ、まだまだ余裕ですよ」
「そうか…痩せ我慢だろうが、その心意気や良し。ここからは私も本気で行く」
「えっ、ちょっ………隕石!?」
「何を驚いている!貴様に見せてない術など山ほどあるぞ!」
さて、次はどうしようか。700年ぶりに槍を振ってみるか?いや、ゲートを開いて弾幕勝負に持ち込むのも悪くないな。異世界の魔物の使役、分身、時間停止、幻術、試したい術が多すぎる。
「嗚呼、楽しいよ……全力を出せる相手なんて、久しく居なかったからな!」
〜〜〜〜〜〜
「……まぁ、馬鹿弟子の割にはよく頑張ったじゃないか。私も無傷ではない」
「………」
「だが……貴様の負けだ」
こうなる事は、正に火を見るより明らかだった。貴様が弱いのではない。私が強過ぎるのだ。血統、技量、知識、経験、どれも遥か上を行く。そして私はこれからも強くなり続ける。貴様が私を越える事は……無い。
「……っ………まだ……まだっ…」
「まだやる気か……止めておけ、これ以上は本当に命に関わるぞ」
「でもっ……」
裂傷、打撲、骨折、内出血、火傷、刺創、失血。
「言っただろう、手加減はしないとな……いや、こうやって喋る事自体手加減か。私も甘くなったものだ」
「ぐ………」
「それに、ここで止めると言うような奴なら…ここまでついてくる事もない、か。本当に…馬鹿な弟子だよ、貴様は」
焼け焦げた土に、仰向けに倒れる弟子の側に座る。
「…治療くらいはしてやる、だからもう立つな。そして街に帰れ」
「…嫌だ……」
「……もう傷だらけになって修行する必要もない。私にコキ使われる必要もない。人に囲まれて、感謝されて、普通に幸せになればいいじゃないか。治癒の術を上手く使えばそれも対して難しくはないだろう?」
「…それでも……っ…立ちますよ、俺は……」
何故。
「なんで……なんで私の言う事を聞いてくれないんだ!死にたくないのだろう!?貴様は今死のうとしているんだぞ!?」
「……はは…師匠の、そんな声……初めて聞いた…」
「ふざけている場合か……本っ当に馬鹿の頭の中は分からんな……こんなことなら、思考を読む術も作っておくべきだった…」
「なぁ……どうしてそこまでして孤独になろうとするんだ?」
「貴様にはこんな想い……してほしくないんだよ…」
「貴様のように…素直で明るいやつにこんな辛気臭い山奥は似合わない……わざわざ迫害されることないじゃないか…」
「……みんながみんな、師匠を怖がってるわけじゃないじゃないですか………ほら、魚屋さんとか」
「そういう問題じゃないんだよ…全員じゃないと分かっていても中々堪えるものなんだぞ、そういうのは」
「なのに死ぬ勇気もなく、誰も来ない場所で、ただ息を続けるだけなんて……惨めじゃないか」
「…楽しかったよ、貴様が来てから毎日が」
「出来の悪いだなんだと言っておきながら、誰かと関わる生活はこんなにも明るいのだと…もうずっと昔に忘れていた」
「何も勘繰ることなく話せたのは……この1000年で貴様だけだった」
「私に気を遣っているのなら、もう十分だ」
「貴様が誰かを傷つけるような奴じゃないことはよく分かってるし、安心して見送れる」
「貴様といた時間より独りの時間の方が何倍も長い、これくらい慣れてるさ」
「…………」
「だから……もう此処には来るな。私にとっても…今が見送れる最後なんだ」
「………」
「だから……もう…」
「……」
「…10年前の大火災……今でも覚えてます」
「…なんだ急に」
「その犯人が…師匠の元弟子、なんですよね」
「…あぁそうだ。私の弟子がやった」
「……俺の両親、それで死んじゃって………」
「 っ………!?」
なんだ、そういうことだったのか。
「………あぁ、そうか。今が私の…死に時なんだな」
「…師匠……?」
「流石に両親の仇の師となれば仕方ない、か…いいぞ、ほら」
ローブの内側に携えていた短剣を弟子の前に投げる。
あの日、弟子を刺した刃。
まさか私に向けられる日が来るとは…いや、順当とも言えるか。
「それで私を刺せ、それで貴様は晴れて自由だ。なに、後ろめたく思う必要はないぞ。弟子の不始末は師がつけるものだ、それに…これで貴様を恨んだりしないさ」
「あの、師匠……」
「騙されていたとはいえ…ここで死んでも良いくらい、この7年は楽しかった。かけがえのない思い出を貰った。貴様に教えた術なんて足元にも及ばないほどにな」
「寧ろ……すまなかったな。もっと早く気付いてやれれば、貴様はもっと早く自由になれたと言うのに」
「師匠、話を……」
「あぁ、死に顔は見たくないか?なら後ろを向いておいてやる。しっかり狙えよ?」
「…それにしても、大した奴だよ。この私を7年も化かすとは、馬鹿ではなかったらしいな」
「っ……」
「はは、ただの仇の断末魔だ。聞き流せ」
背を向け目を閉じ、最期の思考を巡らせる。
不死の怪物に相応しい末路かもしれない、因果応報、いざ死ぬとなると不思議と落ち着いていた。
ただ、この7年が私の舞い上がりでしかなかった事を、卑しくも惜しんでいた。
1000年生きてこの精神の未熟さ…私は師匠など出来る器じゃなかったな。
「……ありがとう」
「っ……!」
短剣が落とされた。
〜〜〜〜〜〜
「……おい」
「……」
「何故抱きついている。重い、血で汚れる、早く離れろ」
「…師匠、いつも俺に……話は最後まで聞けって…言ってるじゃ…ハァ……ゲホ…ないですか…」
「…何を……私は貴様の両親の仇なんだろう!?恨んでいるのだろう!?ならさっさと……!」
「……親があいつにやられる前に…俺だけ、逃してくれて……でもあいつ、すぐ追って来て……あぁ、終わったなって…」
「……」
「そこで俺……初めて師匠に…会ったんです」
「……あそこに居たのか」
「師匠があいつ倒して……師匠…泣いてたじゃないですか…」
「……泣いていた?私が?」
『………また…独り、か……』
「……あぁ、言ったかな、そんなこと」
「……師匠のこと…もう、ぜっ………たい…独りになんてしませんから…」
「…貴様、何を……」
「最初は、恩人が…そんな、辛い想いするの間違ってるから、って……でも今は…俺が師匠と、ずっと一緒にいたいんです……」
「……それだけ?……貴様、私を独りにしない為だけに…そんなことのために不死を……?」
「ハハ、そんなことって…酷いなぁ……ここまで修行頑張ったんだから…少しくらい、褒めてくれたって……」
「俺……っ……師匠のこと…大好き、だから…ずっと側にいたいから……不死にならなきゃいけないんです……」
「───── 」
「……師、匠?」
「………………………………ハハ、なんだそれ」
「…そんなにおかしいかなぁ…」
「もう、本当に貴様は……呆れて何も言えないよ。ただの独り言を間に受けて、こんなに傷だらけになって………」
「…馬鹿弟子、ですから」
肩に乗った男の頬に手を添える。
「こんなに傷だらけになったのは……ここでの試験以来か?」
「あ〜、確かに……なんか運命感じるな…」
「懐かしいな……今ならその状態からでも撃てるんじゃないか?」
「えぇ……呪力、もうありませんよ…それにコントロールももう……」
「小さくても良いから、ほら、手は私が支えてやる」
「ん…」
「指先に力を込めて…そうだ、熱を集めて……私に向けて」
「「◾️◾️◾️」」
小指程の小さな火球は、女のローブに当たると消えた。それを2人で見届けると、男は満足そうに眠りについた。
女は男の頭を膝の上に移し、色づいた表情で頭を撫でていた。
〜〜〜〜〜〜
見慣れた天井。
「…………起きたか」
「…し……」
「喋るな、返事はせんで良い。口の中もかなり傷ついていたからな。治療は既にしておいた。明日には動けるようになるだろう」
「…………貴様の勝ちだ。最後の火球が偶然綺麗に当たって私は気絶した。全く……真剣勝負の結果が運とは、やってられないな」
師匠が嘘をついている。
「…そんな目で見るな……察しろ馬鹿弟子が……そもそも貴様があのような…」
少し顔を赤くしながらごにょごにょと何かを言っている。こんな師匠は初めて見た。可愛い。
「まぁ、なんだ…今日は疲れただろう。このまま寝ていろ。今後のことは明日改めて話そう。それじゃ、おやすみ」
そう一方的に話すと、師匠は部屋から出た。天井を眺めながら、あの闘いを思い出す。
あの闘いは……師匠を知る為の闘いだった、気がする。7年一緒に暮らしたけれど、何も知らなかったことに気付かされた。
憎しみが絡まなければ、とても楽しそうに闘うこと。
強い師匠でありながら、繊細な女性でもあったこと。
ずっと独りだった自分の事より、俺の事を心配してくれていたこと。
これからはもっと師匠の事を知っていこう。幸い、時間は沢山あるのだから。
部屋から出ると、力が抜けたようにへたり込んだ。
今の喋り方は変ではなかっただろうか、目を覚ます直前まで胸板をなぞっていたことはバレていないだろうか、奴に……変な女だと思われてないだろうか。
僅かなことが突然大きなことのように気になり始めた。
「嗚呼……馬鹿か、私は…!」
胸の鼓動が止まらない。顔が熱くて仕方がない。なにが千年の炎だ。そんなもの、百万年掛けてもこの熱に届くはずがない。
神代期からの純血の、恐れられている怪物の、1000歳のこの私が今更、人間の男に、それも自ら育てた弟子に、こんな感情を。
「……これからも…おはようと言えるのか…」
ドアの向こうにいる男に想いを馳せる。食卓はこれからも1人じゃない。奴が来て作った椅子も、これなら寂しくならない。ああそうだ、偶には私が腕を振るってやろう。馬鹿弟子の料理は少し味が濃い、栄養面は私が管理してやらねばな。不死の先輩として。
ならば畑の拡張をして野菜の種類を増やすべきだな。これから長い、永い付き合いになるならバリエーションは多いに越したことはないだろう。
考えることが多い。奴が不死など望まなければここまで悩むことはなかったのだが………なんて、なんて心地の良い、幸せな悩みだろうか。
「………嗚呼……本当に馬鹿で……」
「…罪深い男だな……」
〜〜〜〜〜〜
やはり師匠の治癒の腕は凄まじく、翌日には畑仕事が出来るくらい回復した。
頼まれた畑の拡張をしていると、師匠が昼食を持って様子を見にきてくれた。
「良し、励んでいるな。少し休憩しないか?」
「……あの、師匠…?」
「ん?どうした?」
「そんなに見られると…食べ辛いなぁって……」
俺がサンドイッチを摘んでいる間、師匠はずっと膝を抱きながら俺を優しい目で見ていた。時折微笑みながら。
「気にせんで良い、ほら、全部貴様が食べていいのだぞ。私は作る時にいくつか摘んだからな」
結局最後の一口まで横から監視されながら食べ切った。今日の師匠はいつもと違う、隣に居づらい。
「じゃ、じゃあ畑仕事戻ります…」
「まぁまぁ待て待て」
そう言うと師匠は立ち上がろうとした俺の手を引っ張りそのまま俺の頭を膝に乗せた。
「っ…!?」
「これくらいで止めておこう。貴様も昨日あれ程血を流したんだ。今日はもう休め」
「いや…そうじゃなくて、なんで…」
「おい動くな、くすぐったいだろう。それとも何か問題か?貴様の愛しの師の膝枕だぞ?」
やはりおかしい。服装も普段と違う。普段はジーンズや革のジャケットであまり肌を出さないが、今日はリブニットにホットパンツ。そこからは1000年生きている人とは思えない程綺麗な手脚が伸びており、その太腿から師匠の顔を見ようとすると胸が邪魔を────
「おい、目線がいやらしいぞ」
「……流石に仕方ないじゃないですか…」
「全く…1000年経っても男というのは変わらんな。そんな不埒な目は……隠してしまおう」
師匠の優しい手が視界を覆う。
「……師匠の手、温かいです」
「フフ、そうだろう……少し真面目な話をしたいのだが、いいか?」
「?えぇ」
「今後についてだが…私が負けた以上、追い出す権利はない。好きなだけここにいろ」
「…最初からそのつもりですよ。でも……ハハハ、やっぱり嬉しいなぁ」
「そして約束通り、術は施してやる……明日、日が沈んだら私の部屋に来い」
私は、あと何回嘘をつくのだろう。
何度、私を信頼し無垢な寝顔を晒してくれる男を騙すのだろう。
準備など嘘だ。やろうと思えば今ここで行うことも可能だ。だがその前に伝えねばならないことなある。それを伝えたら、貴様は私を軽蔑するだろう。伝えたくない、隠していたい、貴様を失った生活など何の価値もない。どうかこの愚かな師を許してくれ。
次が最後だ。
〜〜〜〜〜〜
その日の師匠は、ずっと部屋に篭っていた。
日は既に沈みかけており、痺れを切らしてドアを叩いても待ての一言だった。
次に師匠の声を聞いた頃には、外は暗くなっていた。
「入れ」
「!…ちょっと師匠〜、どれだけ待たせ…………」
一瞬、目の前の人が誰か疑った。
いつも後ろで纏めていた黒髪を下ろし、かなり裾の短い艶のある黒のナイトドレスに着られ、唇と頬を少し紅く染めた師匠が、ベッドの端に小さく座っていた。
「座れ」
隣に手を置き誘われる。言われるがまま、引き寄せられるようにそこに座る。
暫しの沈黙を破ったのは師匠だった。
「何か、言え……」
「……し、師匠もそういうの着るんですね、ハハハ……」
「別に…今日、偶然初めて着ただけだ……」
「いや、その……凄く似合ってて………綺麗、です…」
「…そうか………………ありがとう…」
そう言うと師匠は下を向いてしまった。このままこの空間に居るのはどこかむず痒い。早く術を施して貰おう。
「師匠、そろそろ不死を……」
「あ、あぁそうだったな……では…ベッドに仰向けになれ」
仰向けになると、師匠が天井の灯りを遮ってくる。押し倒されている体勢。髪がカーテンとなり、視界は師匠に独占された。
その瞳は潤んでいた。
「……しつこい様だが……これからも、此処にいるんだな?」
「…はい」
「ならいい……目を閉じろ」
緊張しながら目を閉じる。
師匠の呼吸が肌に触れ、
前髪が触れ合ったと感じた頃には、
唇が重なった。
〜〜〜〜〜〜
弟子よ。
人間だった貴様の最後の記憶、その私はどんな顔をしていた。
それはそれは酷い顔だっただろう。
結局最後まで真実を話すことが出来なかった罪悪感、それを以て貴様を縛ることが出来た達成感、年増の下劣な情欲に塗れた、女の最も醜い部分を集めた顔だったろう。
貴様は、そんな私ですら受け入れてくれるのか。
それでも私を愛してくれるのか。
愛弟子よ。
〜〜〜〜〜〜
数秒か数分か、唇が離れた。
「っ……終わりだ」
「…師匠………」
「何も言うな…これならうっかり発動することもないと思ったんだ」
「でも……びっくりした…」
「…………その……すまない」
「え、あぁいや……勿論嫌なんじゃなくて、びっくりしただけで」
「そうじゃない……黙っていた副作用がある」
「え……」
「この術は粘膜接触をすることで発動し、それを任意にすることはできない。貴様が耐性のない普通の人間とキスや性交を行うと、そいつは死ぬ」
「貴様と愛し合った女にそこまでの修行をさせるということも…まぁ、現実的ではないだろうな」
「それは…意外とできたりしますって、きっと」
「……貴様が街でどのように言われているか、私が知らないと思うか?」
「っ……!」
「だから不死など止めておけと言ったんだ…あの時、決闘の時に貴様を帰らせておけばまだ取り返しはついたかもしれなかった。だが不死になった今は、もう……」
「…師匠……」
「いや…悪いのは私だ」
「………怖かったんだ」
「これを先に言ってもし拒否されてしまったら…私はこれから永遠に続く孤独に耐えられない……きっと」
「優しい貴様のことだから、こうすれば嫌でも居てくれるんじゃないか…縛れるんじゃないか、って……卑怯なことをした」
瞳の潤いが溢れ出す。
雫は落ち、俺の頬を伝う。
「……幻滅、しただろう?」
「私は……貴様に慕われる資格なんてない、卑しい女なん───── っ!?」
嫌だ。
もう泣いてほしくないから、不死になったんだ。
「っおい!離せ!急に抱きしめるな!貴様どういうつもりで───── 」
「ずっと一緒です。だからもう……泣かないでくださいよ」
「っ………………いい、のか……?」
「はい、一生隣にいます」
「い、言ってる意味が分かってるのか!?7年程度じゃないんだぞ!?」
「分かってます。浮気も絶対にしません。ずっと…ずっと師匠のこと、大好きですから」
「っ………………信じて、いいんだな……?」
「信じてください……貴女の馬鹿弟子ですから」
嗚呼。
私の生に、光が差し込んだ。
「ぁ………ゔっ…っ……!」
「ははは…もう独りじゃありませんから」
「ぐすっ……そぅか…もゔ……独りじゃないんだな…!」
「はい、もう大丈夫です」
「ずっと貴様と…一緒にいられるんだな………良かった……!」
「はは……そんなに泣かなくてもいいのに…」
「……うるさい…貴様にはわからんのだ…1000年の孤独が……」
「そうですね…辛かったですよね……よしよし…」
「……おい………頭を撫でるな」
「あっダメですか…」
「どさくさに紛れて何を…師をあやすな、弟子の分際で」
「ハイ……スミマセン…」
「……手を止めるな」
「え、えぇ……?」
「ハァ…貴様に女心の理解を求めるのが間違っていたよ。いいから早く撫でろ………ん……それでいい」
弟子は訳が分からなさそうに、ぎこちなく私の髪を撫でる。女の扱いの不器用さに妙な安心感がある。やはり女心などずっと理解するな。どうせもう貴様には私、私には貴様しかいないのだ。
「………もう、馬鹿弟子とは呼べないな」
「おぉ……ついに卒業かぁ…」
「なぁ……これからなんて呼んでほしい?」
男は少し考え込んだ後に答えた。
「───── 」
「なんだ、嫌なのか………変態め、なら好きなだけ呼んでやる」
「馬鹿弟子が…♡」