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病気密売人

作者: 鳥尾八九蔵

時代は24世紀 旧WHOにあたる国際機関が「人類はあらゆる疾患から解放された」と言う宣言を発した時代のお話である。


予防医学、再生医療等が著しく発達し、突発的な事故、或いは自殺、他殺といった人為的要因を除けば老衰による脳死に至るまで天寿を全うできる世界では・・・・


「鬼瓦さん、あなた肝臓ガンのステージ2ですね。しかも患部が結構大きくなってますので、今の肝臓を全摘出したのち、体組織を一部いただいて代替肝臓作成後、肝移植を行いたいと思うのですが、宜しいですか?」


「先生、ステージ2といいますと、私自分で調べたのですが、リンパ節?ってところに転移してる可能性があるそうじゃないですか。私助かるのでしょうか?」


「あはは。良く勉強されてますね。大丈夫です。細かく転移したガン細胞は医療用ナノマシンを投与して綺麗に除去してしまいますので、ほぼ問題ありませんよ。それよりもあなた、ここまでガンを放置してるってことは健康保険省の定期健診とAIによる疾患予防アプリ使用してないでしょ?あれらを使ってたらそもそもガンなんて発症してないんですから。」


「すみません・・・1度生活習慣病の恐れありと診断されて、2か月間の生活改善プログラムってのに強制参加させられてからというもの、どうも敷居が高くて。」


「気持ちはわかりますけどね。いくら病気になってもほぼ助かる世の中とは言え、万一のことはありますし、代替臓器も脳は適用されないんですから、気を付けないと。」


「はぁ、今後気を付けます。」


およそこんな感じで患者と医師の会話が行われている世界である。


ところ変わってとある街のとある雑居ビルの一室に下は30台から上は80台くらいの男女が20人弱、皆一様にセレブリティ感溢れる装いの人びとが集まっている。

そこに30前半くらいのサングラスをした一見して胡散臭い痩身の男が入ってきた。


「お集りの皆様お待たせしました。それでは本日の病気のオークションを開始したいと思います。私どもでは国の健康保険省による疾患予防プログラムにてあらゆる疾患から解放された皆様に、敢えて病気を提供させていただいております。もちろん我々が用意して病気の中には致死性の高いものも取り扱っておりますが、弊社の医療サポートにて十二分に病状を堪能された後、健常な状態で社会復帰していただけるよう最大限配慮させていただいております。」


痩身の男はさらに話続ける。


「折角参加費用を払って参加していただいたにもかかわらず、全く御病気を体験できなかったということが無いように、今回何の病気も購入できなかったお客様にはサービスで『風邪』を体験していただけるようご用意しております。人生初の『風邪』の諸症状を堪能していだければ幸いです。また取り扱っている疾患によってはお客様の弊社利用回数にてランク付けをさせていただいてますので、一定の御病気は該当するランクに達していただかないとご購入できないことを予めご理解くださいませ。」


痩身の男は所定の位置に移ると厳かな声で、

「それでは病気オークションを開催させていただきます。ロットナンバー1番、『ノロウィルスによる感染性胃腸炎』でございます。現代では健康保険省による食材の完全無菌管理により天然のノロウィルス感染はほぼゼロであります。そこで弊社で自社培養した『活きのよいノロウィルス』に感染していただき、嘔吐等諸症状を堪能していただきたいと思っております。なおこちらのノロウィルス感染にかかわらず、弊社で提供させていただく全ての病気はお忙しい皆様のスケジュールを極力邪魔しないよう潜伏期間を最短にし、最終段階の重篤な状態に至るまでの期間も最大限皆様の生命に危険の無い範囲で早めております。それでは150万からスタートです。」


すると参加者の手が挙がっていき「160」「170」「175」といったセリ声が上がっていく。しばらくして・・・


「225万。225万以上はありませんか?これ以上ありませんでしたら、6番のお客様225万で落札でございます。」


上品な装いの何処かの令夫人かと思われる50代の女性が満足そうな笑みを浮かべて喜んでいる少し離れたところで、恰幅の良い60代の紳士が残念そうな表情で落札した女性を見ている。


とはいえ売り物の性質上、一人で複数購入できるわけでもなく、また暗黙の了解で一人一権利としているので、落札し損ねた紳士も次の出品に早速気持ちを切り替えている。


痩身のオークショナーがカンカンとハンマーを台に打ち付けて注目を集めると商品の紹介を始めた。


「続きましてロットナンバー2番、『梅毒』でございます。現在風俗関係者にも健康保険省による完全感染予防プログラムが実施されておりますので、今となっては幻の性病と言っても過言ではありません。その幻の病気『梅毒』を弊社では存分に堪能していただける様、発症から数年かかる末期症状に至るまでの期間を最大限短縮いたしまして、およそ3か月にてゴム腫、所謂『鼻がもげる』という症状まで体験していただけます。また脳に梅毒が感染しないよう巡回型ナノマシンによるプロテクトを施し、同時に末期の臓器不全にも対応できるようお客様の体細胞から各種移植用臓器を用意させていただくといった完全管理のもと、最後まで『梅毒』を堪能していただけることと思います。原因菌の梅毒トリポネーマが入手困難であること、また諸症状に対する管理等々ございますので、失礼ながら購入回数5回以上のゴールドランクのお客様のみの販売となります。それでは5000万からスタートです。」


あれよあれよと入札価格が跳ね上がり・・・


「1億4000万、1億4000万以上ありませんか?ございませんでしたら、14番のお客様、落札でございます。」


14番の名札をつけた50代後半のサングラスとマスク着用の着物姿の男性は自慢するでなく軽く手を挙げて周囲に応えていた。


痩身のオークショナーは購入した男の個人情報を思い出す。確か53歳の噺家で古典落語を専門に演じているはずだ。「江戸時代の廓話をやってて『性病』ってのを体験したことがないってのは、どうも中途半端でいけません。」そう言って以前は『淋病』を購入していたことと。


「続きましてロットナンバー3番『痛風』でございます。皆さんのような社会的成功者の方々が嘗て罹ったとされる病気でございます。実際のところそういった事実はございませんが、現在国の健康保険省の管理下で発症に至る前に予防措置のとられている状況下では『痛風』の発生率は著しく低いものです。是非ご購入者の方には『風が吹いても痛みを感じる』という『痛風発作』をご堪能いただきたいと思います。こちら600万よりスタートです。」


そうやって病気のオークションは粛々と進んでいった。


全ての出品の入札が終わり、購入者とサービスの『風邪』を体験する参加者を乗せたマイクロバスは街中を抜け山間の静かな施設へと辿り着いた。

そこで参加者は一律同じ入院着を着用すると其々購入した病気に合わせて隔離された病室へ移動していった。


痩身のオークショナーの男は「医院長室」とネームプレートの掲げられた部屋へ向かうと扉をノックし、「失礼します。販売課の山本です。」と室内へ向けて声をかける。

すると中から「どうぞ」と落ち着いたトーンの男性の声が聞こえてくる。


山本と名乗った痩身の男は扉を開け室内へ足を踏み入れる。

そこにはガッシリとした筋肉質の50年配の男性が端末に向かって何かの作業をしている。


「医院長、本日の参加者の方々をお連れしました。どうかよろしくお願いします。」


「ああ、今確認したよ。19名ね。うち8名が風邪ね。そちらはうちの若手に任せるか。後は・・・」


「今回は梅毒体験者と末期膵臓ガン体験者が入っております。ケアが大変でしょうが、くれぐれもよろしくお願いします。」


医院長と呼ばれた男は睨んでいた端末から顔をあげると少々ウンザリした顔で、

「いやまぁ、医療の発達した時代、ほぼ重篤な状態からの治癒も可能な現状でどんな病気に罹った方でも、正直どうとでもなるし、うちの若手医師の良い臨床経験になるんだけど、健康保険省に睨まれると困るんだよねぇ。」


と山本は慌てて言い募る


「そこはうちの方で国に見つからないよう、こうして山間の健康保険省の目の届かないところに病院を設けておりますし、情報管理はしっかり行っておりますので、どうか信頼していただきたいのですが。」


「解った、解った。君の会社のことは信頼してるし、この稼業も結構長くやってるから今更だよ。」


そう言うと医院長は事務机の引き出しから金属製のシガレットケースを取り出すと中から1本タバコを取り出し、おもむろに火を付けた。


すると山本は

「医院長、失礼ですが、それは昔ながらの『タバコ』ってやつですか?」


「ん?ああ、君は初めて見るのかね?そうそう健康保険省推奨の『無害無煙無臭型シガー』なんてヤツじゃない、呼吸器疾患、肺ガンのトリガーとなる旧来のタバコってヤツさ。」


「へぇ初めて見ました。どうやって手に入れたんです?」


「知り合いに農家がいてね。そちらに少量タバコの葉を栽培してもらって密造してもらってるのさ。」


「医院長も結構ヤバいものを嗜んでらっしゃるじゃないですか。ご相伴に与ってもよろしいですか?」


「ああ、構わないとも何事も経験ってものさ。あ、最初は結構辛くてむせるだろうから、一気に吸い込まないようにね。」


山本は見様見真似でタバコを手に取り火を付け一服するのだが、案の定むせる。

「医院長、よくこんなモノ吸えますね。」


医院長はゆるゆると紫煙をくゆらせながニッコリ笑うと

「山本くん、慣れると『味わい』ってのが分かるようになるんだよ。」


そんな風にちょっと自慢気にのたまう。更に続けて

「そうそう良い機会だ。身体に悪いものついでに古式ゆかしき肝機能障害のトリガーになる『酒』もどうだね?」


そういうと室内に誂えた飾り棚をゴソゴソと探ると奥から琥珀色の液体の入ったガラス製の容器と同じく綺麗にカットの入ったクリスタルガラスのグラスを2つ取り出した。


「ご相伴に与ります。これ何ていう飲み物なんですか?」


「これは『ウィスキー』といって健保省の『成人向けストレス解消ドリンク』では味わえない風味が体験できるよ。痛飲すれば二日酔いってヤツも体験できるし、慢性的に飲み続ければ高い確率で肝機能障害も体験できる。」


そういうと医院長は2つのグラスに丁度ワンフィンガーくらい注いで片方を山本へ勧める。


「これもタバコと同じで慣れないと辛いから、ゆっくりやるように。」

そういうと医院長は煽るように一気にウィスキーを飲み干した。


山本はというと先程のタバコで懲りたのか、舐めるようにチビチビと啜った。

「初めて口にしましたが、確かに医院長のおっしゃるとおり、イケますね。」


「お、嬉しいね。山本くんイケる口なんだね。どうも医局の連中は全員ダメでね。いつも一人寂しく飲んでたのさ。よかったら今後もつきあってよ。」

医院長は同好の士を見つけたことに満面の笑みを浮かべる。


「私でよければ時間が合いましたらいつでも、しかし医院長、どうしてこういったタバコや酒が御禁制になったんですかね?」


山本がそう言うと医院長はさっきまでの嬉しそうな顔から一転悲しげな表情を浮かべ、

「健保省始め人類皆が『健康で長生き』『疾患予防の為に身体に悪いものは排除』って風潮があるからね。そりゃ『健康で長生き』ってのは大変結構なんだけど、身体に悪いからって何から何まで健康志向ってのも医者の立場から言ってはマズいんだけど、正直どうかなぁ、とか思うこともあるんだよ。」


「あ、分かります。私も過去の記録で生活習慣病のトリガーになり得る糖質、脂肪等たっぷりの昔ながらのハンバーガーってのを食べてみたいな。とか思いますので。」


すると医院長は強く頷きながら

「ああ。アレは僕も一度口にしたいね、記録を見る限り美味しそうじゃないか。」

と同意する。


そうやって御禁制のタバコや酒を2人で嗜みながら四方山話を続けていると、山本がふと医院長に尋ねる。


「医院長、ほぼ事故や事件以外老衰でしか死ぬことのないってことは、もう現在では治らない病気ってのはないんじゃないですかね?」


すると医院長はしばし考えた後、

「確かに現在処置さえ間に合えば病気で死ぬことは無い。でもね、現在でも治らない病気ってのはあるんだよ。少なくとも僕は1つ知ってる。」


そう答えられた山本は理解できないといった顔で医院長に答えを促す。

「そんな病気があるんですか?あるんなら是非知っておきたいです。」


医院長は再びタバコを取り出し火を付け、旨そうに紫煙をくゆらせると

「そんな珍しい症例でもないし、現に君や僕、ここに病気を買いに来ている方たちも既に罹っているのだよ?」


山本はそんな医院長の台詞を耳にして焦燥感を表にしながら

「そんな!まずいじゃないですか!知らないうちに罹ってるような病気って何ですか?」


医院長は極々平然と

「そりゃ君。昔から言うじゃないか『バカは死ななきゃ治らない』ってね。」

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