9話 独尊とは
骸骨と戦闘した翌日。
俺ができる全てを終え、今はショージの家のベッドで横になっていた。
力の代償。それは、今回、想像より軽かった。
「ヶホッ、ケホッ!」
右目の疼きに、軽い咳と、だるさがあるだけだ。体力を回復すれば、すぐに治るだろう。
あの後、俺は子どもたちのいた場所へ戻り、警官に通報をした。
そして、語れるだけの事実は語った。
本来はもっと拘束されるものなのかもしれないが、俺が『機関』所属と知るとあからさまにお好きにどうぞと言った雰囲気になった。
俺のワガママのせいで亡くなってしまったあの子たち。後悔は絶えない。
「風邪引いちゃった? 季節の変わり目だからねぇ」
ショージがベッドで横になる俺に白湯を持ってきてくれた。
今は何となく食欲が起きない。
それは力の代償などではなく、ただ単純に気分が優れないからだ。
俺も甘くなったものだ。
どれほど親交があった相手でも、戦死したなら、仕方ない。悔しくは思えど、今までは簡単に諦めてこれた。
ただ、この暖かい世界で、俺を大切に思ってくれるショージがいて。
人の死を悲しむ、という感情が、俺に初めて芽生えた気がする。
「……京楓」
「なんだ」
深刻な顔をしたショージがいた。
「何か、力の飲まれる、とか、心の中で何かが囁いてくるような感覚って、最近、あるかい?」
俺は、少し無理をして笑みを作った。
なるほど、悩み事の相談らしい。
大丈夫、俺はそっち方面のやつとも関わりがあった。成人しているとはいえ、まだそういう病を抱えている人はたくさんいる。
経験則から、相手を否定しないことを心掛けながら、ショージの相談を聞く。
★
体調が悪そうな京楓に、それでも、今しかタイミングが無いから話しかけた。
何かが京楓に巣食っているというのは明らかだった。
今は、それがどんな存在かを明らかにするための、京楓へのカウンセリング。
僕の言葉に、京楓は、悲痛な笑みを作った。
やはり、僕に気付かれないように隠していたのだろうか。
もしかしたら、鷹羅天さんの言う通り先が長くないのかもしれない。
一瞬でもそう思ってしまった自分を叱責した。
僕は、京楓を救うために今ここにいるんだ。
「その声は、日に日に大きくなっていく?」
「うん、そうだな……わかるわかる……」
「どんなことを言ってくる、かな」
「うーん……?」
京楓は曖昧な表情で首を傾げた。
少しホッとする。まだそこまでハッキリとは聞こえていない、と。
「過去のことを思い出して、気分が悪くなることは?」
大きく踏み込んだ一手。
闘争龍を思い出す。あれは強大な存在だった。
そして、それを身に宿すには人体じゃ到底耐えられないだろう。
肉体改造。少なからずそれが行われているだろうと、僕は何となく察している。
いろいろな薬も投与されただろう。
京楓は、注射が嫌いだ。
それはそうだろう。大人に囲まれて、もしかすると拘束されて、嫌がる京楓へ無理矢理薬を打っていたとしたら、常人ならトラウマになる。
そして『リヴァイアサン』共ならそんなことを平然とした顔でするだろうと、予想が付く。
僕の言葉に、京楓は表情に影を落とした。
そして、ポツリと、囁くように語り始めた。
「……大切な人がいた」
「うん……」
「なぜ、ここにいるのかと、自問する時もある」
京楓はうつむいた。
僕は何も言わずに、ただ抱きしめた。
京楓は今、強い罪悪感に苛まれている。
セマニエル、だったか。やつらに囚われていた時も、そのような親交はあったらしい。
だが、今、京楓の口から友人のことが語られることはない。つまり、そう言うことなのだろう。
今にも消えそうな蝋の火。
僕には、今の京楓がそう見えている。
だから、僕は、自分のために、己の信念を曲げる。
「――約束を、しよう」
「……約束?」
僕は約束が嫌いだ。
翌日にはそれが破られるかもしれないのに、わざわざするだなんて、僕からすれば自傷行為にしか見えなかった。
「僕は、君の前から消えない。死なない。だから、どうか――死なないでくれ」
もう、誰も僕を一人にしないでくれ。
今、知った。約束とは、何も残っていない人にとって、最後の命綱に等しいのだ。
京楓への心配と言う建前を行使して、その本心では自分のことしか考えていない。
少し表情を綻ばせる京楓を見て、僕は思った。
今、自分は、なんて己を尊んでいるのだろうと。
なるほど確かに親子らしい。
話でしか聞かない父を思いながら、この独尊の兆しは吉か凶か。
ただ、今は愛おしいこの子をただ抱きしめていよう。
(辞書に書かれている独尊の意味から目を離しながら)