8話 純粋龍・カンディード
鷹羅天が去った後、場所を変え、総宗たちは再び会合を開いていた。
――ここが、やつらの本拠地。
その中に、緊張した面持ちの水月郡はいた。
どうにか鷹羅天の力になれないかと思い、傘下に入ると偽り、総宗陣営に取り入ることに成功したのだ。
しかし、トントン拍子でことが進んだことに、違和感を感じているのも確かであった。
「うぅ……なんか、怖いところですね……」
「そのメガネ……瀬早か」
「え、私、メガネで認識されているんですか」
それは、『機関』の地下。一般職員は、否、鷹羅天すらもそこの存在は知らない。
そこは、一言で表すならば研究室。人が入れるほどの巨大なカプセルに、怪しげな薬品が水泡を立てていた。
そして、最奥には強化ガラスが使われた、水族館の巨大な水槽のような牢があった。
郡は目に力を込めて覗こうとしたが、暗闇によって見えなかった。
総宗は強化ガラスへ手を当てて、奥にいる存在へ話しかけた。
「ふ、今日も調子が良さそうで結構」
「あらぁ、さすが総宗さま。わかりますかぁ? 今日は特に元気が良くてですねぇ、鎖がガチャガチャうるさいんですよ」
そう言うは、火吹き衆頭領、隠者。
煽情的な黒のドレスを着ているものの、濃いクマのある目元や、手入れされずに乱雑に伸ばされた髪がチグハグさを生み、美しいとは言えない女性であった。
「こ、これは……」
「ああ、水月君は今日が初めてであるか。紹介しよう。ここにいる存在は、純粋龍・カンディード」
ガシャガシャと鎖が引っ張られるような音が鳴った。
うっすらと漏れてくる唸り声には、怨嗟が含まれていた。
総宗は、優越感に満ち溢れた表情で、こう言った。
「――またの名を『災禍』よ」
「さい、か……?」
にわかには信じ難い話であった。
郡の脳内にはグルグルと災禍の情報が巡る。
五十年前、始まりの魔物として世界を混乱に陥れた存在。
独尊のヒーローにより封印され、未来永劫復活するはずのない存在。
――なぜ、そんな危険な存在を?
災禍戦争の傑物である総宗が、その身に染みて災禍の脅威を知っているはずの総宗が、なぜそんな災いの芽を抱えているのか。
――事実ならば、人類が滅ぶ。
無論、嘘とは信じたい。
だが、牢から感じる気配がそれを否定する。
思わず、郡は己の刀へと手を伸ばしていた。
しかし、その行動はディグナ・モナに羽交い締めにされたことで制止された。
「くっ、神父……いや、局長どの!利用論に異を唱えるわけではないが、災禍がこんなところにいるとは、異常な事態ではないのか!」
総宗が近づき、いやらしい手つきで郡の顎を触れた。
「ならば、我らはこの四十五年間その異常を過ごしてきたというわけ、だ」
「なっ……!」
「クク、ああ、そうだな。おい、隠者、アレを」
「はぁ〜い」
フラフラとおぼつかない足取りで隠者はどこかへ消えた。
総宗は語る。
「純粋龍は最初、我々人類に協力を呼びかけた」
「……」
さて、どんな内容であったか。総宗はそう呟いた。
そのどうにか思い出そうとする様子から、真に忘れているようだと郡は思った。
「クク、語ればくどくなるか。結果を言おう。我々は能力者という存在を得、そして純粋龍の確保に成功した」
「……わざわざ捕らえる理由がわからんな」
「それを見せてやろうと言っておるのだ!」
クワッと眼を開いた。
郡は、その勢いに少し気圧された。
「龍を嬲ることにより、我々はその力を抽出することに成功した。それは人の身に尋常ならざる力を宿らせるのだ!しかし、常人ではダメだった。器が足りないのだ。もっと、強く、力を受け入れられる、良い器がッ!」
唾を飛ばし、顔に血を上らせながら、総宗はそう言った。
総宗は郡の髪に触れた。耳元で囁く。
「――龍の力は、いらないか?」
――ああ。
その時、水月郡は己の命運を悟った。
つまるところ、ホイホイとアヒルの稚児のように着いてきた自分は、都合の良い人体実験の道具でしか無かったのだと。
「銀花は厄介であった……愚者の真似をして油断させておいて、我らの真実を暴きかけた。和屍の生い立ち、更には我らと和屍の繋がりに気づきかけた時は、もっと早く殺すべきだったと後悔したものよ」
「な、銀花を、いや、和屍と……!?」
わからないものがあるなら、とりあえず切ってみる。そんな人生を歩んできた郡にとって、総宗の与えた情報量はあまりに多すぎた。
気分が乗ったようで、いつになく饒舌な総宗は要らぬことを語り始める。
郡を抑えているディグナ・モナはひっそりとその濃い茶色の眉を寄せた。
そして、ディグナ・モナの意識が総宗に行ったことによる、僅かな拘束の緩み
郡はそれを見逃さなかった。
拘束を抜け出し、駆ける。
「む……」
「左様ならば、どうやら私たちと局長は矛を交えなければいけないようだ! 失礼する!」
追おうとするディグナ・モナを総宗は制止した。
そして、総宗は、ただ震えながら見ていた、瀬早くるみの方を向いた。
「ちょうどいい」
「え……あの……」
「ただいま〜。あら、水月ちゃんはぁ?」
「逃げられた。こいつを使って良いな?」
「ん〜……いいですよぉ」
「い、隠者様……そんな……」
総宗へ、隠者の手から、目玉ほどの大きさの、琥珀色の宝玉が渡された。
「――水月郡を殺せ」
そう言って、メガネ上から瀬早くるみの右目へ宝玉を詰め込んだ。
グチュリ、と何かが潰れる音がした。
「――ぁ」