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7話 五本指

「はぁッ、はぁっ、知らない……! 私は、こんなの知らないぞッ!!」


 暗闇。日はすっかり落ちていた。


 街灯の光すら届かない、ビルの抜け道。

 そこで、コンクリートの壁に手を付きながら、ヨロヨロと歩く人影が、ポツリと一つ。


 もし、その姿を見た者がいたならば、目を疑っただろう。それは人でなかった。

 いわゆる、骸骨(スケルトン)


 何かから逃げるように、それは走っていた。


「ッ!」


 何かに気づいたように上を向き、そして転がるように前へ走った。

 後方では物音。


 上空から、何かが降ってきた。


「骨でも過呼吸みたいにはなるんだな」

「なぜだ……」


 それは絶望したようにそう言った。

 力尽きたように膝をつき、もはや抵抗の気は感じられない。


「なぜ、私の場所がわかるのだッ!」


 哀れな叫びだった。それは本来、脅威でなかったはずの少女へ向けられている。


 骸骨は、油断していた。絶対的な有利。明らかに、あの場の主導権を握っていたのは彼だった。


 しかし。それは一瞬で覆された。


「だから言ってるだろ」


 少女は面倒臭そうにため息を吐いた。


 その人形のように美しい、中性的な顔の右目には、濃い黄金のような、爛々と輝く瞳があった。


「『真実』はお前を写し出していると。龍に触れようなど、その矮小な身には万年早いわ」

「こ、こうなれば……こうなればッ!」


 少女の言葉に肩を震わせた骸骨は、怒りに飲まれたまま何かをしようとした。


 漂う雰囲気から、それが発動すれば、その少女ですら無傷では済まないだろうということがありありと理解できる。


 ――だが、そうはならなかった。


「いいことを教えてやる」


 恐れ戦くことなく、気だるそうに歩いてくる少女の姿を見て、骸骨には不安が一つ。


 膝を着いている骸骨へ、少女はしゃがみ、目と目を合わせた。


 そして、肩へ手を置く。


「――その技、()()()()()()


 ニッと悪意のない笑顔で告げられたその一言に、それはすっかりと戦意を折られてしまった。


 骸骨から、無意味な、乾いた笑いが漏れる。


 ゴロンと、少し場違いな、気の抜けた音が響いた。骸骨は、己の首が切られたことを、数秒して理解した。


 だが、それでは死なない。骸骨の体が、本人の意思とは別に再生し始める。


 切られた首がくっつくと、少女は骸骨へ蹴りを入れた。ゴミ山へ突き刺さった。


「なんだ。もう、転移する力も残ってないのか?」


 その言葉で骸骨は思い出した。己は転移能力者だと。そして、それを活用すればこの少女は敵ではないはずだ、と。


「そ、そうだ……く、くはは……! 私は、お前を殺すぞ……必ず……そう、必ずだッ!!」


 そう言いながら、骸骨は逃走のため、転移能力を使用した。これは敗走ではない。この女を殺すための一時的撤退である、と己を正当化しながら。


「……また逃げたか。追う……いや、泳がせよう」


 少女の手から刀が消え、気がつけば、輝いていた右目は左目と同じように、淡い水色に戻っていた。


 ★


 時は少し遡る。


 『機関』最上階の会議室。大きな窓ガラスから入る光が、六人の人影を作り出していた。


「――諸君、既に察しているとは思うが、今回『五本指』を招集したは我らが同志、蘭衆頭役、銀花(ぎんか)の殉職についてである」


 最初に口を開いたのは、木を一本まるまる使って作られた、大きな長机の最奥中央に座る老人。


 ――『機関』局長、総宗(そうしゅう) 和栄(わえい)


 彼は白に染まり切った髪を長く伸ばし、胸元まで伸びている、整えられた白髭を手入れするように触っていた。


 その言葉に、長机の側面に座る『五本指』たちは様々な反応を見せた。


 まず、黒のサングラスを掛け、偉そうに椅子に背を預ける人物、『金剛衆』総長・鷹羅天は気に食わなそうに鼻を鳴らした。


「ンなことよりよォ、おたくの隠者様は今回も欠席かよ」

「ヒィっ……す、すみません。何分彼女は忙しいので……」

「こっちのセリフじゃボケ」


 鷹羅天は手前に座る女性へ向けて、嫌悪するようにそう言った。


「準特級如きがのうのうとここに居やがって……『火吹き衆』はいつからそこまで偉くなったんだ? なあ、瀬早くるみさんよォ」

「……」


 瀬早は気まずそうに黒縁のメガネを直した。


 なぜ鷹羅天は瀬早を嫌うのか。


 それは、本来特級の中でも特別な『五本指』しか立ち入れられないこの会議室に、準特級である瀬早がいるというのもあるが、それ以上に『機関』での十二衆の対立が理由である。



 対立の理由は、魔物に対する考え方の違い。



 金剛衆をはじめとする『殲滅論派』と局長勢筆頭の『利用論派』。


 局内での細かな小競り合いがあり、その頂上の争いがこの五本指会議である。


 以前までは一種の日和見主義を保っていた蘭衆の存在があり、この会議でも均衡を保てていた。


 しかし、蘭衆を一人支えていた銀花が殉職したとあり、この数日で勢力図は急速に変わり始めていた。


「まあそう怒るな! 短気は損気だぞ! 鷹羅天! はっはっは!」


 透き通った、若い女性の声が響いた。鷹羅天は頭を掻きながら、面倒臭そうに声のした方向である、瀬早の右隣の席を見た。


「くだらねえ。優等生ごっこは楽しいか?」

「いがみ合っている場合では無い、と言っている!」


壱心(いっしん)衆』範士、水月郡(すいげつこおり)


 五本指の中で唯一鷹羅天が心を許している人物であり、同時に殲滅論派の同志である。


 彼女は背もたれに背を預け、紫がかった黒の、ポニーテールでまとめた長髪をサラサラと梳かしながらそう言った。


 彼女のその切れ長な黒目は、普段通りの声色とは別に、どこか悲しそうに現在は空席となった彼女の手前の席を眺めていた。


 そして、考え込むように腕を組んだ。グ、と女性らしい大きな胸が強調される。


「親交を深めるような穏やかな話し合い、結構である。さて、少々遅れたが、まずは哀悼を。――既知の事実であるが、我らの盟友であった銀花殉職の理由はSS級『和屍(ワカバネ)』による襲撃だ」


 場の空気が変わった。


 五本指の殉職は、そのシステムが出来てから実に四十九年ぶり。事例としては『災禍』との戦闘による殉職それただ一つであった。


 ゆえに、重い。この東京を揺らすには十分すぎる事件だった。例えば、会話ができるほどの知性がある魔物が確認された、なんて事件が霞むほどには。


 総宗はだんまりを決め込んでいた一人の男へ目配せをする。

 その視線に気づいた男――『(ひじり)衆』神父、ディグナ・モナは坊主頭をポリポリと掻いた後、ゆっくりと口を開いた。


「これより、和屍は特別SS級に、する。我ら、総力を挙げ、るべし」


 ――なるほどな。


 鷹羅天は心の中で納得した。


 つまるところ、局長はつまらぬ小競り合いに興じるつもりは無くなったらしい、と。


 ――和屍の首級を上げた派閥が主導権を握ろうって話か。


「いいぜ。受けてたってやる。以上だな? こんなところにいちゃ俺様の肺が腐る」


 机を叩き、鷹羅天は立ち上がった。


 確かに、一見フェアな競争。しかし、そうでは無い。


 鷹羅天が去った後、会議室の扉をジット眺めていた総宗は人に気づかれないほどに口角を上げた。


 ――和屍はそろそろ龍の娘を捕獲したところだろうか。


 捕獲した龍の娘を、どういたぶって、龍の力を抽出しようか。


 災禍戦争の傑物と評される総宗。しかし、その実像はあまりに(いびつ)であった。


 ★


 ――さて、この場の勢力図を確認しよう。


『局長筆頭、利用論派』


 ・局長、総宗 和栄


 ・『(ひじり)衆』神父、ディグナ・モナ


 ・『火吹き衆』頭領、隠者(欠席)


 東京十二衆のうち計五衆が集う。総宗のカリスマ性により数は多いが、長年最高権力者として君臨していることによるせいか、黒い噂も流れる。


『金剛衆筆頭、殲滅論派』


 ・『金剛衆』総長、鷹羅天


 ・『壱心衆』範士、水月郡


 計四衆。武道派が多い。


『中立』


 ・『蘭衆』頭役、銀花(殉職)


 残る三衆が寄り添っていた。銀花の後ろ盾により中立を保っていたが、どちらの派閥の傘下に下るか選択が迫られている。

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