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6話 真実の王

 強く風が吹いた。


 暗い雨の中、廃ビルの屋上で、血を流している細身の男が地べたに這いつくばっていた。

 そして、闇夜に紛れる黒のポンチョを風に揺らしながら、見下ろす人物が一人。


「ふん……(あららぎ)衆の頭役……いや、『五本指』の一人でこれかい……?」


 雷が、その人物を照らす。


 ――それは、骸骨であった。


 そのポッカリと開いた眼窩には、しかし、侮蔑の目をしていた。


 這いつくばっている、『五本指』と呼ばれた男は、血が流れ出す腹を抑えながら、ギョロリと睨んだ。


「SS級、『和屍(ワカバネ)』め……ちょ、調子に乗るなよ。お前のような、魔物の出来損ない、お、俺らが、『機関』が今すぐにでも――! あ、やだ、ゆるして、しにたくな――!」


 命乞いに、にべもなくトドメを指した。


 恐怖の表情のまま死んだその男を蹴り飛ばし、骸骨はクツクツと笑った。


「出来損ないか……それは、一体どちらなのだろうかね……」


 こうして、現状の最高戦力の一人は片付けられた。


 骸骨は歪な笑みを浮かべた。骨は動かない。しかし、骸骨は、『和屍』は笑ったのである。


「さあ、和栄君の命令通り動いた。『リヴァイアサン』が()()()()龍を捕まえる日は、近いかな……」


 骸骨は己の胸元を漁った。そして、雨のせいで水が染みきっている紙切れを一枚出した。


 ――龍、千羽崎 京楓を捕獲せよ。


 その紙には確かにそう書かれていた。


 ★




 俺は近くの公園の砂場にいた。


 この世界は面白いものが多い。ブランコ、鉄棒、すべり台、雲梯(うんてい)


 もはや知らぬ遊具はないと断言できる。


 だが、この公園のプロとも言える俺ですら見逃していたものがあった。


 砂場だ。


 砂遊びなどどこでもできる……と高をくくっていたのが間違いだった。


 公園のボスから砂場を譲られ、一回くらいは遊んでやる……と始めたら、気がつけば五時近くになっていた。危うく門限を過ぎるところだった。


 そして、面白さに気がついて三日目。ついに、山に穴を開けるという高難易度な行為の成功が近づいていた。


 片面を少し掘って、もう片面に移る。ここで油断をすると山は粉塵と化す。


「お、おい、片っぽから掘りすぎじゃないか!?」

「分かってる……」

「し、トンネル採掘機(シールドマン)持ってこようか……?」

「多分ここで使うものじゃない……」


 壁が薄くなってきた。こうなったら最終段階、木のぼっこで掘り掘りだ。


 壁にぼっこを突き刺し、穴を開ける。慎重に引き抜くと、開いた小さな穴からは陽が射してきていた。


「やった! 成功したぞ!!」


 ――立ち上がって周りを見渡すと、そこには誰もいなかった。


 俺の周りに集まっていた子どもや、別のところで遊んでいた子どもすらも。


 この公園から、俺以外の人間が消えていた。


 そう、居なくなったのではない。突如として消えたのだ。


「知らないな……ああ、私は君を知らない……」


 目の前


「ッ!」


 転移系


「私に教えてくれ……君を」


 蹴り飛ばす。


「グッ……これは想定外だよ……」


 相手が本気で殺る気だったら不覚を取っただろう。


 目の前に唐突に現れたことを考えるに転移系能力者か。子どもが消えたのもこいつの能力で間違いないだろう。


 目を細める。


 敵は男物の灰色の和服に、腰あたりまでの真っ黒なポンチョを羽織っていた。


「場所を変えようか、()()

「懸命な判断だね……」


 人の肉体としての何もかもがそげ落ちて、骨のみとなっているその顔を見る。


 どこかで見覚えのある骸骨だった。まるで、そう、この前ショージと服を買いに行った時にいた骸骨のような……いや、今それはどうでもいいのだった。


 露出の少ない服装から、想像することしか出来ないが、蹴った時も肉を蹴る感触はなかったため全身が白骨化しているのだろう。


 場所を変える提案をしたのは、目撃者を出さないためもあるが、相手の転移能力の性質を見極めるため。


 性質として考えられるのは主に三つ。一、転移対象に触れる。二、触れなくてもいいが、重量制限がある。三、そもそも自分しか転移ができない。


 俺としては二番目が有力だと考えているが……


「さぁ、行こう……」


 骸骨はクツクツと喉を鳴らした。


 ★


 ――答えは二番目?


 いや、ここは俺の世界での常識は通用しない。さすがにこの考えは安直すぎるか。


 周りを見る。骸骨の気配は今のところ感じられない。俺だけ転移させてどこかへ行ったのか?


 地形としては灰色のコンクリートに囲まれた……そう、地下の、クルマの駐車場。


 空気が埃臭く、淀んでいる。


 空間はそう広くない。天井は剣を振り回してもぶつからない程度。


「動かない方がいい……」

「人質か」


 俺から十分離れたところに転移してきた骸骨は、公園で一緒に遊んでいた子どもを抱えていた。


 顔面を蒼白とさせているが、叫ぶのは堪えている。賢い子だ。


 その子の頭には……なんだろう。骸骨が黒色の筒状のものを突きつけている。片手で持てるサイズだ。


「さぁ、龍の娘……私は別にこれが死んでも構わない。さらに人質がいるからさ……」

「……龍の娘?」


 何を言っているかさっぱり分からんな。


 ヴァーさんとのあーだこーだのことを言っているのか? いや、だが目撃者は限られているしな……


「とぼけない方がいい……あの戦いは監視されていた……いや、というか僕はいつも君を見ていた……」

「ヴァーさんのことか?」

「それもまた一つ……」


 そんなことが……いや、有り得るな。鷹羅天は結界を越えて入ってきた。だが、ヴァーさんが侵入に気づいたのは鷹羅天が姿を現してから。


 少し遠くで金剛衆が待機していたことを考えるに、あそこら辺まで結界が張られていたと思うのが妥当。


 なるほど、ヴァーさんは気配を感じるのが苦手か。まあ、彼からすると人間などどれもアリに等しい。だから必要ないと訓練していないのは仕方の無いことだ。


「なるほど。で、何が目的だ」

「情報さ……私たちは龍の情報を欲している」

「ハッ、私はこんな小娘だぞ? 力ずくで拷問なりなんなりをして吐き出させればいいじゃないか」

「私たちは龍の力を知っている……無意味な争いは好まない」


 俺は嘲笑した。くだらない。


「嘘だな。お前からは龍の臭いがする。嫌われている臭いだ。お前、偉大なる龍に何をした?」


 骸骨は不愉快そうにした。カタカタと骨を鳴らし、子どもへ構えていた筒に力を込める。


 ――次の瞬間、子どもの頭を何かが貫いた。


「選択ミス、一つ……命は儚い」


 骸骨がその子を雑に投げ捨てた。


 地に伏したその子は、頭から留めなく血を流す。即死している。地面には小さな金属の塊。アレが貫いた?

 まさか、そんな……


「次からは気をつけるといいよ……」


 そして、新しい子どもが抱えられていた。


 即座に距離を詰め、徒手空拳で襲いかかる。迷いはなかった。


 頭蓋を狙った最速の一手。当たったら頭蓋を粉砕できる、殺意を込めた必殺の一撃。


 ――だが。


「お、おねえちゃッ――」


 一瞬躊躇った。


 骸骨が筒に力を込める。パンッ、と耳障りな音が、また響いた。


 拳は空振った。


「あーあ……君が殺した……」


 また抱えられている。


 舌打ちをした。俺が幼い命を二つ奪った。あの鉄の筒に対する知識も無い。


 グッと唇を強く噛む。


「うん……話し合いが出来そうだね……ちゃんと君は立場をわきまえてくれたらしい……」


 そして、俺は小さく両手をあげようとして――


 ★


『君は強いなあ』


 ふと、幼なじみを思い出した。

 この言葉は確か、剣の試合をして俺が勝った時だったか。


 試合が終わって素振りに戻る俺を呆れたように見ていた彼女は、確かこう言った。


『でも、強いってことは、守らなきゃ行けないってことだよ? 自分勝手に、じゃなくて、誰かのために振るうのが本当に強い剣なの』

『難しいな。よく分からん』

『んーっとね……力を持ちながら、誰かを見捨てるってのはダメってこと。多少の代償があったとしても、それを惜しんじゃダメなの』

『もっと分からんくなった』


 ああ、そうだ。この時の俺はこの言葉を理解できていなかった。


 だが、今ならわかる。力を使うと、体に代償が来る。


 まだ一度だけの体験だが、俺に力を使うことへの億劫を与えるには十分な体験でもあった。


『んー……じゃあ、私を守るために、戦ってくれる?』

『それはわかりやすい』


 結局俺は彼女を守れたのだろうか?


 俺は今、自分を守るために、誰かを見捨てようとしなかったか?


 ……迷いは既に、消え失せた。


 ★


「……『真実』を知りたいか?」

「うん……? 口答えすると……」

「そういう話じゃねえ。()が聞いてんのは」


 心なしか骸骨が目を開いた気がする。


「君……雰囲気が……」

「お前らが知ってる龍の数を教えろ。いいか、これはお前らに情報を与えるための質問だ。どれだけ『真実』に近づいているか、のな」

「……十一匹」


 結局のところその程度か。『真実』とは程遠い。

 いいな、吉祥丸。龍に対する冒涜を『真実』の名のもとに裁くことを。


 愛する龍刀へ呼びかける。いつもは返事がないが、今回は肯定するような雰囲気を出した。


 ニィ、と笑う。


「闘争龍・リヴァイアサンは知っているな。俗名闘争龍。神名リヴァイアサン。じゃあ、コードネームは――」

十二番目の王(トゥエルブキング)……」

「ああ。おかしくないか?」

「確かに、数が足りないね……ただ、そんなことは――」

「そうか。お前らはそうやって一番大事な『真実』を見落としたんだな」


 ため息をつく。


 右目を抑える。しばらくは痛むだろうな。


「――冥土の土産に教えてやるよ」


 ★


 絶対的な存在は、ある日、己の手伝いをする龍を作りました。

 第二龍以降とは一線を画す、絶対的な存在の半身。


 彼は全てを見渡す目を持ち、絶対的な存在は彼を『真実』と呼びました。


 ★


「――真実の王(トゥルーキング)・ワーグナー」


 右目が、ドクンと疼いた。


「龍の王である『真実』は唯一である黄昏の目を持っていた」


 抑えていた右目から手を離す。


()()()()()()


 来い、龍刀・吉祥丸。……いや、真実の王(トゥルーキング)よ。

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