5話 壁ドン
ヴァーさんとの戦闘から二週間が経とうとしていた。
俺はショージの住んでいるまんしょんの一室で、本を読み耽っていた。
「ふぅ」
本の最後のページをめくった。ショージに頼んで、近くの図書館にあった武道書を全て借りてきてもらった、その最後の本。
俺も勝手に本を借りたいが、ショージが戸籍が云々と、難しい問題があるようだった。
まあ、そんなことはどうでもいいとして、なぜ俺が武道書を読んでいたかと言うと、ショージに剣を教えようと思っていたのだ。
とはいえ、俺は教えるのが不得意だ。
だから、魔物に特化した剣術があるなら、その流派の武術家に教えを乞いに行こうと思っていた。
ただ、この国、ニホンの剣術は最終的に一撃必殺の剣へと行き着く。そして、戦い方が一対一を想定して作られている。
達人同士が戦えば、相打ちになる。そんな剣だ。
もちろん、例外もある。合気道という武道には、合気剣という、一対多を想定して作られている剣術がある。
とはいえ結局どちらも魔物に対して有効ではないだろう。
「つまり俺の剣を教えるしかない」
俺の剣は対人兼化け物退治の剣だ。教えることは得意ではないが、そこはがんばろう。よし、と小さくなった拳を握りしめた。
これで食う寝る遊ぶしかできない生活から脱却だ。ショージに役立つところを見せてやろう。
あいつは俺が無理に家事をするのを嫌っている。俺としては存在意義が薄くて困っていたのだ。
いつだかなぜそんな必死に手伝おうとするのか、とショージに聞かれた時、捨てられたくないからと答えた。
ショージは泣いていた。伝え方が下手だったと今は反省している。
立ち上がって、ドアを開ける。
キィ、と音を立てて木製のドアは口を開けた。
「――ってんだよ!」
「急……まり……ますよ!」
部屋から出ると、ショージと誰かの言い争いがさらに活発化していた。何か喧嘩のようなことをしているのは聞こえていたが、一体何があったのか。
声が聞こえる玄関の方へひたひたと歩くと、そこにはショージと鷹羅天がいた。
「……!?」
俺は思わず息を飲んだ。
まさか、ショージと鷹羅天がそういう関係だったとは。
壁に手を付くショージと、背を壁に預けている鷹羅天。
知っているぞ……あれは、この世界での求愛行動……
壁ドン……
俺は戦慄した。
★
「違ぇよバカ」
鷹羅天に頭をチョップされた。頭をさする。
関係を隠したいのはわかるが、イケナイものはイケナイと言わなければならない。ショージがそう言っていた。
「男同士の行為は魔神マヌスを呼び出す儀式……やめた方がいい」
「俺様がその魔神ならンな呼び出され方されたくねぇな」
今日は青色のハワイアンシャツを着ている鷹羅天は、曖昧な顔をしてそう言った。
花の柄が派手だ。
「で、私の家に何の用だ?」
「僕の家だよ……」
ショージがため息をついた。
鷹羅天は何かを誤魔化すように宙を見上げ、そして手に持っている大きめの紙袋を渡してきた。
「てめぇの服問題を俺様が解決してやろうと思ってな」
「服?」
自分の服装を見る。ショージの、ダボダボの無地のシャツ。それだけだ。
特に問題ないと思うが。そう思って首を傾げると、鷹羅天はバカを見る目になった。
「だから誘拐事件を疑われるんだよ阿呆」
「いや、これ彼シャツっていうふぁっしょんって書いてあったぞ」
「……正司」
「誤解です」
そう言ってショージはポンと肩に置かれた鷹羅天の手を退けた。
そんなやり取りを横目に、俺は鷹羅天から貰った紙袋に手を突っ込んだ。
何かスベスベの布を掴んだから、引き上げる。
そこからは、可愛いリボンが着いたイチゴパンツが出てきた。
驚いて放り投げる。
「……誰のだ!?」
「てめぇの以外有り得ねぇよ」
「うへぇ、好みじゃない……」
「じゃあ、あとは京楓の服ですか」
ショッピングモールに行こう、とショージが俺の手を取った。出かけるのは好きだが、どうにもいいように扱われているようで気が乗らない。
そういうムスッとした雰囲気が伝わったのか、ショージは苦笑しながら甘い物を買う約束をしてくれた。
まあ、それならいいか……
「鷹羅天はどうするんだ?」
「……俺様は野暮用がある」
そう言って、着ていた青のハワイアンシャツを俺に投げつけた。
それを着ながら、玄関を出ようとした俺に鷹羅天は爆弾発言を投下した。
「――あと、てめぇ今日から金剛衆な」
何事も無いように平然と、タバコを取り出しながら鷹羅天はそう言った。
何か言おうとしたが、次の瞬間にはドアが閉まった。
★
ショージに手を引っ張られながら、俺はキョロキョロと辺りを見渡しながらショッピングモールを歩く。
様々な店に見たことも無いようなものを売られている。
情報量に頭をやられる時もあるが、とにかくこの世界には刺激が多い。だから毎日が全く飽きない。
「お、見ろショージ。骸骨のまねきんがあるぞ」
服屋だ。ガラス張りのケージの中に、すたいりっしゅなポーズをとる骸骨のまねきんがあった。
来ている服は確か……そう、和服だ。てれびでは見たことがあるが、実物は初めて見た。
「呉服屋だね。まあ、骸骨は悪趣味だけど……」
「最近、あの骸骨が流行っているのか?」
「いや、そんなことないと思うけど」
「そうか……」
アレに似たのが、一週間前、遊園地に行った時も居た。その時は風船を子供に配っていたか……
どう動いているのか気になったから、記憶に残っているのだ。それにしても、アレを最近は多く見る機会がある。
はて、と首を傾げたが、そんなどうでもいい事はすぐに頭の中から消えてしまった。
★
ウニクッロという名前の服屋に来た。
すごいな。広めの店舗に、鮮やかな色の服がズラリとならんでいる。しかも、同じ種類の服は完全に均一なデザイン。一体どんな名人が手掛けているのだろうか。
俺はほへーと見ることしか出来なかった。
「大丈夫……そう、僕は子連れ……いや、姪っ子を連れてきたお兄さん……女性用……不可抗力……」
ブツクサとよく分からないことを宣いながら、地を見て歩くショージのカカトを俺は蹴る。
「ま、まずはパジャマコーナーにでも……」
「連れてけ」
少し歩いて、曲がると着いた。
美しい絵の刺繍が施された上下セットの服を手に取る。
「ああ、それはポッキリモンスターのキャラだね。確か、『真実』を司る伝説のポッキリモンだったはず……」
懐かしいなあ、と笑いながらショージはそう言った。
純白の毛に覆われら、翼を広げるオオワシ。これが『真実』を司る者、か……
個人的に『真実』は縁のある言葉だ。気に入った。
「これ買う」
「んー? いいよー」
俺の頭を撫でながら、にへらとショージは緩く笑った。
★
シャッと試着室のカーテンを開ける。
ソファに座っていたショージがこちらを見た。
「どうだ?」
「うん、かわいいよ」
「……そうか」
個人的にはあんまり嬉しくない。
もう女になって、三ヶ月も経つ。ある程度諦められるものは諦めたが、そういう褒め言葉は少し曖昧な気持ちになる。
少しモヤモヤとしたものを抱えながら、改めて姿見で自分の服を確認する。
ショートパンツのジーンズに、少しダボっとした白のTシャツ。女性らしいところが出ない、妥協できるラインの服装だ。
その服を着たショートボブの少女は、微妙な表情を浮かべていた。
うーん、と眉を寄せると、鏡にいる少女も困ったような表情になる。
髪の毛を少し手に取ると、通り抜けそうなサラサラの白髪が視界に映り、何とも言えなくなった。
「どうしたんだい?」
ボーッと突っ立っている俺を心配してか、ショージが声をかけてきた。
いや、と一言、なんでもないことを伝え、ショージの方を向く。
「少し具合が悪そうだね。人混みに酔った?」
「具合が悪い……?」
チラリともう一度姿見を見ると、少し青ざめた顔になっていた。
「ほら、おいで。おんぶ」
「いや、大丈夫だ……」
「いいから」
有無を言わさず、と言った感じだった。諦めて、ショージにおぶわれる。
「家に帰ったらぷるっとぷるっとキュートちゃん食べる?」
「食べる」
家に帰ったらポッキリモンの服に着替えよう。今日一番気に入ったあの服を思い出しながら、俺はそう決意した。