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4話 顕現・赤備え

「……む」


 この男、強いな。俺はシンプルにそう思った。今の俺と同等の力は持っていそうだ。


 この世界の人間は脅威に対して敏感だ。ショージが闘争龍(ヴァーさん)の気配を察知した時、SS級はある、と言っていた。

 魔物はSSS級が最高ランク。それの一つ下であるSS級を取り逃し、野に放ったとなれば世論はどよめくだろう。


 なら、だ。俺が、この男――鷹羅天と協力して、ヴァーさんを追い払った、というストーリーが最もぐっどだ。


 鷹羅天は一人で戦いたそうだが、それは流石に無理だろう。

 始まりであり唯一の龍たちはただじゃ殺せない。例えそれが末っ子であり、最も力の弱いヴァーさんであっても。


 アタッシュケースから『A-z4』を取り出す。

 量産型の、新人に与えられるものだ。


 目立った性能もないが、癖も少ない。オーソドックスな剣と言える。


「――おい、ガキ。俺様の邪魔をするんだったらよォ、まずてめぇから殺すぞ」


 俺が剣を取り出したのを見たらしい。青筋を浮かべながら、不愉快そうにそう言った。

 鼻を鳴らす。


「少なくともお前如きに殺せる相手ではないな。助太刀してやると言っているんだ。気に食わないのか?」

「きょ、京楓……!」


 ショージが焦った様子で俺の口を塞いだ。退けさせる。


『ふん。人間とはそういう生物だ。どうやら貴様ら全員、死に急ぎのようだ……!』


 ヴァーさんがブレスを吐こうと、口を開けた。もし放たれたら、ここら一帯は吹き飛ぶだろう。


 とはいえ、既にヴァーさん自体気乗りしていない戦いだ。本気だったら、予備動作無しにブレスを撃っていた。


 俺はヴァーさんのブレスを封じるため、口内目掛けて剣を突っ込んだ。ブン投げて。


 ヴァーさんは即座に口を閉じた。だがその爬虫類じみた眼球に刺さる。


『小癪な……』


 剣が目に突き刺さった衝撃。

 俺たちへの意識が薄れたその隙。鷹羅天は、唐突にサングラスを投げ捨てた。


「『顕現・赤備え』」


 そして、深紅の甲冑が鷹羅天を覆った。顔にはおどろおどろしい、鬼の面が。

 その威圧。その風貌。鬼神。その言葉が良く似合う。


 そして、前言撤回だ。これは強い。なるほど協力など不必要だったか。


『ほう……』


 鷹羅天の姿が消えた。


 気配的に位置は……ヴァーさんの頭上。


 転移か? いや、違うな。ただ動いただけだ。それが異次元に早いだけ。


 身体強化。それも異常なレベルの。


 ヴァーさんの顔の前に躍り出た鷹羅天は、振り落とされないようにヴァーさんの角を強く握り、話しかけた。


「てめぇみたいな図体だけのザコをなんて言うか知っているか?」

『貴様ッ……!』


 眼球に刺さっていた剣を引き抜き、鼻先を蹴った。


 鷹羅天は重力に従い落下する。


「『炎火纏剣(えんかてんけん)』」


 空にいる鷹羅天が、仮面の裏、ニッと凶悪に笑ったのが見えた。

 燃え盛る右手の剣と、左手の槍。


 空中で、ヴァーさんの体を切り刻んでいった。鉤爪を飛ばした。鱗を剥がした。身に傷を与えた。


 一秒経つごとにボロボロになっていく。

 ヴァーさんの再生能力を知らない者からしたら、もうあと一歩で殺せるんじゃないか、とそう思えそうなほどの傷を負わせていた。


 鷹羅天が地面に着地しようとしたところで、最後にヴァーさんが体当たりをした。吹き飛ばされた鷹羅天はゴロゴロと転がりながら受け身をとる。


「てめぇみたいなやつをなぁ、木偶の坊っつうんだよ!!」


 そう言って、中指を立てた。

 ヴァーさんは無言でその言葉を受け止めた。


『……これが、貴様の本気か?』


 鷹羅天は、ハッ、と笑った。


「んなわけあるか、カス」

『ふん……』


 ヴァーさんを見る。

 今は、これで手打ちにしないか。そんな意図の視線を送る。


 目と目があった。そこには、ほんの少し、セマニエルのような、穏やかな目があった。


「あ……」


 思わず、手を伸ばした。だが、消えていた。

 転移された。


 仰向けになる。漠然とした『世界滅亡の危機』が、少し像を帯びてきた気がする。

 それを救うのがショージ。彼が強くなるために犠牲になるのが俺。


 俺がいなくなったあと、俺の世界はどうなったのだろう。

 少なくとも、セマニエルはその命を燃やした。今、ヴァーさんの体を構成しているのは、間違いなくセマニエルの残骸だ。

 本人が望んだことだとヴァーさんは言っていた。己の不甲斐なさに唇を噛む。


 ふと視線を感じて、上を見ると、そこには元の姿に戻り、そして仁王立ちをしている鷹羅天がいた。


「おい、クソガキ」

「京楓だ」

「……おい、クソ京楓」

「名字は千羽崎だぞ」

「……」


 鷹羅天がショージへと視線を向けた。ショージはそっと目を逸らした。


 オホン、と鷹羅天が咳払いをした。


「――正司、お前いつの間に子どもをこさえた?」

「そっちですか」


 ショージは困惑顔になった。


 ★


 少し歩くと、黒塗りの車が十台ほど止まっていた。

 その前には白スーツの男女が立ち塞がるように。


 なんだ、と少し眉を寄せたが、俺たちの姿を視認した瞬間、彼らは一斉に頭を下げた。


「お疲れ様です」

「やめろ」


 鷹羅天が軽く手を上げ、やめさせた。なるほど。こいつら、金剛衆だな。


「敵は打ち払った。後は『機関』への報告だけだ」


 おお、と声が上がった。彼らの目は、SS級と戦ったが、傷一つ負っていない鷹羅天への尊敬で溢れていた。


 ★


 それで、なぜか俺は鷹羅天と同じ車に詰め込まれた。

 抗議に唸り声を上げるも、苦笑して頭をポンポンと叩かれるだけだった。


 諦めて、鷹羅天が寄越した知恵の輪というおもちゃをガチャガチャといじる。


 そうしていると、ふと、『世界滅亡の危機』について、鷹羅天に聞きたくなった。全く外れることの無い輪にムズムズしながら、話しかける。


「なあ、『世界滅亡の危機』って言われると、何を最初に思い浮かべる?」


 新品のサングラス越しに俺を少し覗いた。


「くだらねぇ質問だな。それは『災禍』だかの目に見える脅威か?」

「いや、考えを聞きたい。空想でも、予想でも」

「フン……」


 車の中は改造されていて、いつだか、てれびで見た新幹線の席みたいに、折りたたみ式の机があった。

 そこには、ガラス製の灰皿も。


 鷹羅天はそれを、コンコンコンと一定の速度で拍を刻む。


 ちょっとの時が流れて、知恵の輪にほんの少し光明が見えたところで、鷹羅天の声が響いた。


「幼子。善悪も知らねぇ、ドでけぇ力を持った子ども」

「幼子……」


 ピタリと、知恵の輪を弄る手を止める。


「気にするな。俺様が苦戦しそうな敵を言っただけだ」

「……じゃあ、滅亡を前に、ショージはなんらかのキーパーソンになると思うか?」

「さあな。あいつは変化を恐れている。この世界を許容しちまっている」


 この少数の犠牲を受け入れる世界を。鷹羅天はそう(こぼ)した。


 だが、と続ける。


「バカでは無いのは確かだ。金剛衆(俺様たち)の中ではな。だからこそ序列五位に……いや、これは関係ない話だったな」


 足を組んで、顎に手を当ててムッと考える。ショージに見られたらお行儀が悪い、とでも言われそうだが、今はいない。


 俺としては少しの疑問があるのだ。ショージが救世主だとするならば、今はあまりに弱すぎないかと。


 一般的に、という話ならば十分な強さを持っているが、世界を終わらせることのできる敵を前にした時、勝てるかと問われれば否だ。


 とはいえ、あの白の空間の存在に見出された子だ。何かあるのだろう。というか、それを引き出すために俺がいるのだ。


 ――俺の『死』で。


 あの存在は俺の死がきっかけになる、と言う風なことを言った。もしかしたらその通りなのかもしれない。


 ただ、俺は頑なにそうしようとは思えなかった。今日の件で尚更だ。


 ヴァーさんは『災禍』を探れと言った。


 俺は、『災禍』が俺の世界にいた魔王ではないかと少し疑っている。ならば、封印されているというそれを殺すのが俺の使命の一つでもあるだろう。


 ギュッと小さく握りこぶしを作った。

 サラサラの真っ白な髪を視界にうっすら入れながら、礼を伝えようと鷹羅天の方をパッと向いた。


 ★


 車内には、モクモクとタバコの白煙が上がっていた。


「俺様らしくねぇ」


 白髪の少女が去った後、鷹羅天はそうポツリと呟いた。


 亡き娘に重ねたか、少女の未来に同情したか。少なくとも、彼の心は大きく乱されていた。


 タバコがくゆる。彼は少女の前でタバコを吸わぬほどの常識は持っていた。


「『リヴァイアサン』の子、か。正司の勘違いだと思っていたが」


 彼はその直感で感じ取ってしまった。少女の体内の巣食う何かを。そして、それが先に戦った『闘争龍』と似たものだとも。


 車に乗る前、正司から事情を聞かされた彼は、伝えられた情報が事実かどうか確かめるために少女を乗せたのだ。


 ――結果は、完全に黒。


 少女には『リヴァイアサン』によって手術が施されており、体内には龍が巣食う。与えられた情報と、彼の目で見た事実により彼はそう判断した。


 龍刀というシステムを知らない彼らからすれば、龍に巣食われていると勘違いしてしまうのも仕方がないことだった。


 対策局――通称『機関』――につき、車が止まった。

 ドアを開けた鷹羅天は、待機していた部下から渡された白スーツを着込む。しかし、下は相変わらず紅色のハワイアンシャツだった。


「……幸せを知らない子だ。せめて、人として生きている今はそれを教えてやろう」


 心の底から同情しているようにそう言ったが、彼の目には亡き娘しか映っていないようだった。

 そのことは、彼すら自覚していない。いや、表層では本当に同情をしているのだ。


 しかし、深層では事件で娘を亡くした己の後悔を少しでも減らすための、独善的行為だった。


 普段の自分らしくない行動に苛立ちを覚えながら、彼は歩く。


 それを見て嘲るものが一匹。


『クク、悲願が叶うのも近そうだ……しばし待たれよ、兄者姉者』


 憎しき人間に化けた闘争龍は、そう言って姿を消した。

京楓が鬼を知っているのは、正司君が色々と日本の昔話を読み聞かせたからだったりします

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