メルテ1
私はとある小さな村に生まれた。お父さんもお母さんも農業をして生活をしている、いわゆる『普通』の家庭だ。このまま普通の生活をして、何の変哲もなく人生を全うするものだと思っていた。しかし現実はそんなに甘くないということを知った。そして、『普通』とはかけがえのないものだということも知った。
「本当ですか!?意思持ちの魔物が!?」
村全体があわただしくなっていた。大人たちの言葉から察するに、村が魔物に襲われたのだろう。しかしとりわけ珍しいことでもないはずなのだが、普段の様子とはかけ離れた慌てようだった。
「なんで意思持ちの魔物がこの村に……」
お母さんがいう『意思持ち』が何なのかは私は知らない。
「大勢の魔物が隊列を組んで襲ってきています!」
「武器を使っているぞ!」
そとからはそのような声が聞こえてくる。
「逃げるわよ!」
そういってお母さんは私の手を引く。
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森の中に入ってどれくらいたっただろうか。周囲は真っ暗で何も見えない。時折うなり声のようなものが聞こえるが、それが獣なのか魔物なのかは分からない。
「●●、きっと大丈夫よ。少しの間、隠れていましょうね」
大丈夫な表情には見えなかった。
「●●はいいこだから、きっといつもの生活に戻ることができるわ」
「●●ももう少し我慢してね」
お母さんはそんな言葉をかけてくれる。それはお母さん自身にも言い聞かせているようにも見えた。そして私は何が起きているのかも分からずに、ただうなずくことしかできなかった。
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さらに時間が経ったときに、遠くから足音が聞こえた。お母さんの顔がこわばるのを感じる。
「静かにね」
木の陰から外を見ると、魔物の姿が見えた。私はそれを初めて見るから魔物かどうかの確信はなかったが、お母さんの表情を見るにきっとそうなのだろう。それらをじっと見つめていると目が合った。それは赤く、黒く、恐ろしい目立った。
「●●、あなたは私が合図したら走って逃げなさい」
「……お母さんは?」
「私は……後でから行くわ」
「……いやだよ。……怖い」
そういうとお母さんは私の肩をつかんだ。そうしてもう一度私の目を見て言う。
「いきなさい」
それはとても美しくて、強い目だと思った。
「早く、来てね」
「すぐ行くわ」
すると私の背中を押す。そして私は森の中をかけた。行く当てもなく、ただがむしゃらに走り続けた。が、その先にもあの目があった。
グギャァ!
私は恐怖でその場に固まってしまう。足が……動かない。
「あ、あ……」
強引に腕をつかまれ、じろりと私の目をのぞき込まれた。ニタッと笑うと、私の目に指を入れた。
「え……あ、あぁぁぁぁ」
痛みが全身を支配し、何も考えられなくなり、私の意識はとんだ。
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気が付くとそこは外ではなくどこかの部屋の中にいた。視界は半分だけだった。私は痛みをこらえながら体を起こす。
「目が覚めたか」
すると目の細い男が牢屋越しに私に話しかけてきた。しかし透明な板に阻まれた声が聴きとりづらい。
「今日からお前は私の商品だ」
そういってどこかへ行こうとする。
「私は魔物に襲われたはずじゃ……」
「ちょうど私の派遣した兵が気絶しているお前を拾った。確かに近くに魔物がいたらしいな。その兵が殺したらしいが。ま、死ぬよりは奴隷の方がましじゃないか?」
私は……生きている。
「あの、お母さんは」
「しらん」
そういって今度こそどこかへ行ってしまった。お母さんは生きているかもしれない。でも奴隷になった私にはどうすることもできなかった。
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ある日、目つきの恐ろしい男が私の前に現れた。
「そしてお前は、メルテだ」
そう告げられ、馬車に乗せられた。これから何をされるかなんて想像もつかない。きっと苦しいことをさせられることだけは確かだ。
ご主人の屋敷と思われる場所につき、ある部屋に案内された。私と一緒に買われていた黒い痣のある子は今にも倒れそうだったのでここにはいない。私はちらっと金髪の子を見る。私と同じで髪はぼさぼさ、服装も綺麗といえるものではないのだが、そのたたずまいは気品が感じられた。彼女はちらっとこちらを見て、すぐに元の方向を向く。
「少し、待っていてね。」
美しいメイドがそこには立っていた。私は奴隷なので勝手に返事をしてもよいものか悩んだ挙句、うなずくだけにした。
しばらくすると金髪の子がご主人様に連れていかれた。
そしてさらにしばらくすると、次は私の名前が呼ばれた。
「目を見せろ。」
「……っ!」
手を伸ばされ私の目に触ろうとするが、とっさに身を引いてしまった。
「あっ……き、汚いので」
こんな汚いものをご主人様に触らせるわけにはいかない。
「口答えするな。」
そういって、包帯をはがされる。そしてぐちゃぐちゃになっている傷跡が見られてしまう。確かに汚いはずなのにそんなそぶりを一切見せず淡々と症状を確かめていた。怖いと感じるとともに、不思議な人だと思った。
「お見苦しいものを……す、すみません……」
「気にするな、エクストラヒール。」
優しい光が私を包んだ。すると徐々に目の痛みが引いていく。
「え、えっ?」
驚きのあまり、言葉が出てこない。
「これで痛みは引いたはずだ。」
「は、はい」
目を触ってみると、その部分が完全に空洞になっていた。しかし痛みは一切ない。私は奇跡を体験しているのだろうか。治るはずがないと思っていたこの目が、綺麗になるなんて……信じられない。
「あとの細かな治療はメイドに任せるとするか。お前は少し休め。」
そういうとご主人様はどこかへといってしまう。
驚きのあまり体が固まってしまう。
私が連れてこられた場所は一体どこなんだ?
全てが謎のまま、美しいメイドに部屋まで案内された。