魔界編:魔王城5
魔王が猛スピードで迫ってくる。その体には獄炎がまとわりついていた。あの炎は少し触れただけで、精神まで焼き尽くしてくる。
「セイントルーム！」
聖力を数倍に引き上げる領域を展開する。
「セイントウォール！」
俺の体に光の壁を展開する。殴りかかってきたこぶしは、光の壁に阻まれて俺の体に触れる前に泊まる。
「やるのう！」
ドン！という空気の振動とともに、さらに獄炎の勢いが上昇していく。くっ！なんて熱量だ。
「プロミネンス・バーン！」
「がぁっ！」
ありえないほどの熱量が俺を吹き飛ばす。聖法障壁にセイントウォールを重ねても、やけどしそうなほどに熱い！
「かっかっか！まだ生きてるか！」
「くそっ！」
壁にたたきつけられて血が出てくる。強い……。当たり前だが、魔貴族の強さをはるかに超えている。こんな奴を相手に、本当に俺が勝てるのだろうか。だが、だからといって『覚醒』をするわけには……。
「獄炎」
さらに炎の勢いが増す。すべての攻撃に黒い炎がまとわりつく。
「ホーリーレイン！」
聖力密度を上げ、魔力密度を下げる雨を降らせる。これで多少はましになるだろう……いや、そうでもなさそうだな。
「嫌な雨じゃな。」
炎はかなり弱くなったが、魔王にダメージが入った様子はない。どれほど魔力密度が濃いんだ。普通の魔族だったら立っていることもつらいと思うぞ……。
「勇者よ」
っ！消え……。
「あの男は何者なのじゃ？」
ものすごい勢いで俺の横に来たと思ったら、耳元でささやいた。ビビった……攻撃されるのかと思ったぜ。
「……タイムストップ」
正確には魔王と俺以外の時間を止めた。といってもこの空間ではグルンレイドのメイドたちはいとも簡単に干渉してくる。なのでさらに勇者の力を加えて、真の時間停止空間へともっていく。
『動くな！』
魔王が言葉を発しようとしたところを止める。この空間で『何か』が動いてしまうと、ボスやメイド長、ヴィオラに気づかれてしまう。逆に言えば動かない限りは、気づかれることはない……はず。
『話せるか？』
聖法を使用して魔王の頭に直接語りかける。
『こ、こうかの。』
おぉ、すげぇ。さすが魔王だ。精神魔法は初めてのようだが、すぐにコツをつかんでいた。
『すごいな。よく初めてでこんなに流ちょうに話せるもんだ。』
『わしを誰だと思っておる！』
そう、目の前にいるのは紛れもなく魔界最強の存在。ローズと同等かそれ以上の力を持っているだろう。
『少し、話そうぜ。』
『うむ。』
最初魔王と聞いたら、殺戮だけが趣味の戦闘狂なのかと思ったが、実際にあってみるとちゃんと会話ができるのだと驚く。
『……あの男は何者なのじゃ。』
さっきと同じ質問をする。確かに、ボスに初めて会ったものは誰でもそう思うだろう。
『俺が聞きたいくらいだぜ……。』
本当にそうだ。出会ったときも度肝を抜かれたが、今でも肝を抜かれ続けている。いつも隣にいる黒髪のメイドのせいで、本当に肝を抜かれそうだというのはおいとこう。
『わしは幾度となく勇者を相手にしてきた。そのたびにわしは返り討ちにしてきたのじゃが。』
その美しい黒い魔眼の奥には恐怖の色が浮かんでいた。
『ボスには勝てねぇよ。』
『そんなはずはない、わしはこの魔界で、最強で、それで……。』
言葉が止まってしまう。その幼い容姿と相まって、まるで子供のようだ。
『力だけが取り柄だったわしは、どうすればいいのじゃ？』
あの時の威勢はもうとっくになくなっていた。今にも泣きだしそうな顔をして、こちらを見ている。
魔界において力は正義。それが示せなければ、価値がなくなったも同然。そんなことを考えているのだろう。
『別に、好きにすればいいだろ。』
『ここは魔界じゃ！負けたことがある魔王に用などない。』
あぁ、ボスが感じていた違和感はこれか。俺もやっと気づいた。
『お前、魔王になったばかりだろ？』
『…！』
力の使い道を知らない、優しさを知らない、誰からも支えられていない、たった一人のただの子どもだ。アイラやディアナと同じ子どもだ。
『だ、だが、勇者、お前よりも長く生きて……』
『いや、お前はまだ子供だぜ？』
どれだけの年月を生きていようとも、他人と触れ合わずに心を成長させていないのなら、大人とは言えない。
『だから、嫌なことは嫌だって言っていいんだ。』
そうして俺は歩き始める。するとすぐにヴィオラの神眼がこの様子を見るのを感じる。その次にボス、少し遅れてメイド長が干渉し始める。……これもう時間止める意味ねぇじゃん。ということで時間を止めるのをやめる。
「だ、だがわしは！」
魔王……か。少しずつ後ずさりしていくが、それに追いつくように俺は歩いていく。
