魔界編:魔物の町6
「こちらが私おすすめのお店です。」
「おー」
私がまだ小さかった頃に、母に連れられてきた思い出がある。その時はテーブルマナーなど全く分からなかったのだが、個室があるので周囲を気にせずに食べることができた。
「人間界だと一人金貨五枚というところでしょうか。」(銅貨:100円 銀貨:1000円 金貨:1万円 大金貨:100万円 聖金貨:1000万円)
「結構な値段。」
「そうですね。」
こんなことをしていると、本当に私が仕える立場なのかを疑いたくなる。正直そこら辺の下級貴族よりもお金をもらっているように感じる。まあ、正直お金ばかり増えても特に買いたいものもないのだが……。
「いらっしゃいませ。これはこれは魔族様。ようこそお越しくださいました。」
店に入ると吸血鬼と思わしきウエイターがやってくる。
「二人です。個室は空いていますか?」
「はい、空いております。」
すると私は袋から小さな魔石を取り出してウエイターへ渡す。人間界では基本的に後払いが主流だが、魔界では先に出しても後に出してもどちらでもいい。
「お二人……ですよね?」
この魔石ではきっとこの店でも十人前くらいは注文可能だろう。しかしあいにくこれ以下の魔石を持っていない。
「申し訳ありませんが、これ以下の魔石を今持っておりません。」
そういうが、まだ少し戸惑っているようだ。
「量は多くなくてかまいません。できる限り魔界の特産品を使用した料理であればうれしいです。残りは……チップとして受け取ってください。」
「ほ、本当によろしいので?」
「問題ありません。」
そういうと、より丁寧な態度で個室まで案内される。この部屋も以前来た部屋よりも装飾が凝っているようだった。しかもかなり広い。きっと一番高い部屋なのだろう。
「すごい、楽しみ。」
メアリーさんが部屋を見渡しながらそういう。
「人間界ではない食事ばかりですが、きっとお口に合うと思います。」
おいしいものに種族もなにも関係ない……と思う。私も魔族だが、グルンレイド領で出てくる食事はとてもおいしいと感じた。
「お待たせいたしました。カウのサラダでございます。」
テーブルに皿が置かれる。
「カウというのは標高千メートル以上の場所でしか生息しない貴重な植物でございます。それらに人間界の食材レモンのエキスと、すりおろしたカリンを混ぜた特性ドレッシングをかけた一品です。」
そういうとウエイトレスは部屋を出ていく。
「それでは、いただきましょうか。」
「うん。いただきます。」
そういってカウのサラダを口に運ぶ。すっぱ……甘い。レモンの酸味がカリンによってちょうどよく抑えられていてとてもおいしい。
「おいしい!」
「そうですか!それはよかったです。」
実は魔界の食べ物が、メアリー様のお口に合うか少し心配だったので、おいしく食べてもらえて安心した。
「魔界ではレモンなどの人間界の食べ物はかなりの高級品として扱われます。私達にとってはなじみある食材ですけれどね。」
しかし、魔界の食材と人間界の食材が組み合わされてこのような素晴らしい料理になっているのは、少し感動した。帰るときに魔界の食材もいくつか買って帰ろうかな……。エミリアに頼んでおいしいものを作ってもらおう。
「お待たせいたしました。ロドゲスのスープでございます。」
サラダが食べ終わったころに、次はスープが運ばれてきた。
「ロドゲスを丸ごと煮込んでだしを取ったクリームスープでございます。」
メアリーさんがスープを口に運ぶ。
「これも、おいしい。」
「よかったです。」
すごい勢いでメアリーさんのスープがなくなっていく。
「ちなみにロドゲスとは魔界の海でとれる貴重な海産物です。人間界でいうとエビに似ていますね。」
私も口に運ぶ。あっ、これは昔に食べたことがあるものかもしれない。おそらく私が以前に来た時にもこのスープを飲んだことがある。変わらない味にまたもや感動してしまう。
「お待たせいたしました。インフィニティボアのステーキでございます。第一希少部位を使用しております。」
「インフィニティボアですか⁉」
魔界に生息するとても危険な生物である。一般的に出回っているのは普通のボアであり、危険度もそこまで高いものではない。しかしインフィニティボアともなると、魔族でなければ討伐が難しいとされるほどだ。さらに一級希少部位ともなるとかなりの高級品である。
「こちらでもまだ足りないくらいです。」
そういってウエイトレスが頭を下げる。確かにメイド長からもらった魔石を考えれば、納得のいく品ではある。
「ハーヴェスト、食べていい?」
キラキラした目で私に問いかけてくる。
「召し上がってください。」
メアリー様の小さなお口にステーキが押し込まれていく。
「んん~、おいし!」
ほほに手を当てて悶えている。その姿を見るだけで、これはどれほどおいしいものなのかがうかがえる。無邪気にステーキをほおばっている姿は、とてもかわいらしい。
「お待たせいたしました。デザートはコルンのシャーベットでございます。」
熱いステーキを食べて、体温が上がっているため冷たい食べ物はうれしい。
「メアリーさんデザートが来まし……」
振り向いた瞬間には、もうすでにシャーベットがなくなっていた。
「栗見たいな味でおいしかった。」
「そ、そうですか。」
じっと、私の方を見てくる。
「あの、私おなかいっぱいなので、代わりに食べていただけると嬉しいのですが……。」
「ほ、ほんと!おなか一杯なら仕方ない」
そういいつつ嬉しそうに私の分のシャーベットを食べていた。
「ごちそうさまでした。」
私もメアリーさんに続いてそういう。
お金は払っているので二人で店を出る。少し遠くまで歩いてから振り返ってみても、まだこちらを見送ってくれていた。
「ハーヴェスト、ありがと。おいしかった。」
「いえ、私はたいしたことはしておりません。」
紫色の空がさらに黒に近づいていく。もうかなり夜が更けてきたようだ。
「戻りますか。」
「うん。」
そういってアルデバランへと足を運ぶ。




