魔界編:魔物の町5
この町で最高級の宿アルデバランで夜を過ごすこととなった。魔族の姿をしているだけでとんとん拍子に物事が進んでいく。この宿も何の疑りもされずに手続きを終えることができた。
ちなみにメイド長が出していた魔石は今までに見たこともない大きさと輝きを持っていたので、別に魔族でなくても特別扱いされたとは思う。魔石を見たときのアルデバランの支配人の顔は今でも忘れられない。
案内されたのはもちろんこの宿で一番の部屋である。しかしここに泊まるのはご主人様であって、次に高い部屋にメイド長、三番目に高い部屋に私とメアリーさんが宿泊することとなった。宿泊する部屋があまりに豪華すぎて、不満など一切ないのだが、メアリーさんと一緒に寝るというのは少し緊張してしまう。
「明日の朝まで自由行動です。ご主人様の護衛は私が行いますので、あなたたちは自由にしていてかまいません。」
メイド長からそのようなことを言われた。自由行動といっても魔界で特にすることもないので、どうするか悩んでしまう。
しかしメアリーさんも一緒となれば話は違う。魔界の様々なことを紹介したいなと思う。……メアリーさんが興味があればだけど。
「メアリー様、一緒に泊まるのはちょっと緊張しますね。」
「私とじゃ……嫌?」
「そんなことはありません!むしろ歓迎というか……とてもうれしいです!」
「……そう。」
メアリーさんは少し顔を赤らめてふいっと顔をそむけてしまう。なんだこのかわいさは……。
「せっかくの自由行動ですから、この町を見て回りませんか?私、案内できますよ。」
「……うん。いく。」
よかった。断られたらどうしようかと……。
そんなこんなで私たちは夜の町へ繰り出した。
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「よう、そこの魔族のお嬢ちゃん!甘いのは好きか?」
そういってメアリーさんが狼の姿をした獣人族に声をかけられる。差し出されたのは、魔界に生息しているカリンという果実だ。酸味がほとんどなく、甘みがかなり強い。見た目は人間界で言うと……りんごに似てるだろうか。大きさはいちごくらいだが。
「うん。」
するとメアリーさんは何の抵抗もなくその果実をとって食べた。私にはそれが意外で少し驚いてしまう。いや、私にとってはこの町で出される食べ物は安全なものだと分かり切っているのだが、別の世界の食べ物をこんなに簡単に食べられるものなのだろうか。
「すごいですね……。」
「ん?なに?」
「いえ、何でもありません。」
私が初めて人間界に迷い込んだ時はその世界のすべてが恐ろしくて手を出すことが怖かった。自分で狩った動物しか食べなかったというのに……。甘いものをほおばってこちらをのぞき込む姿は、本当に少女のようだった。
「そこのお嬢さんもどうだ?」
「あの……私は……。」
魔界でカリンは子供の食べるおやつというような感じだ。だから普通であれば断るのだが、こんなふうにおいしそうに隣で食べられると私も食べたくなってしまう。
「い、いただきます。」
そういって口の中に入れる。……あ、甘い。けど懐かしい。私が子供の時に確かにこの果実を食べたことがある。なぜか涙が出て来そうだった。
「すごく、おいしいです。」
「それはよかった!」
「あの、魔石を……」
そういってメイド長から受け取った袋から魔石を出そうとする。がこの中に入っているすべての魔石の純度が高すぎて、カリン二つに対して払うような薄いものは入ってなかった。ということで一番小さな魔石を渡す。
「おいおい、これじゃあ多すぎるぜ。」
「これが一番小さいもので……。」
「んじゃあいらねぇ。こいつは俺からのプレゼントだ。カリン二つ程度いつでもとってこれるからな。」
「あ、ありがとうございます。」
何だか申し訳ない気持ちになるが、この好意に甘えることにした。
「いいってことよ!」
変わっていないこの町の暖かさに胸が熱くなる。そうして優しい獣人族と別れを告げた。
「ハーヴェスト。」
「なんでしょう?」
メアリーさんがメイド服の裾を引っ張ってくる。
「魔界、始めてきたけど、いいところだね。」
「はい。いいところです。」
「魔物もやさしい。」
「はい。すごく優しいです。」
メアリーさんが周囲を見渡しながら言う。人間界で過ごしていると絶対に思わないであろうことをメアリーさんは感じている。私もグルンレイド領で人間のやさしさを感じた。
「魔物と人間、一緒にいれたら楽しいのに。」
「そう……ですね。」
それが実現したらどんな世界になるのか想像もつかない。ただ、それを実現することはとても難しいことは分かる。それはメアリー様も分かっていることだろう。
「ハーヴェスト。」
「はい、なんでしょう。」
またしても裾を引っ張られる。
「ご飯たべよ。」
「はい、かしこまりました。」
しんみりとした顔をしたつもりはないが、顔に出ていたのだろうか。
「それでは私のおすすめの場所に行きましょう。少し値段は高いですが、メイド長にもらったこの袋があれば何の問題もありません。」
「おっけー」
そういってその店まで歩き始める。メアリーさんはまだ私の服を握っていた。




