王国編:城外周辺8
「セイントヒール」
そのような声とともに、温かい力が私を満たし始めた。
「いったいこれはどんな状況だ?」
朦朧とする意識を無理やりに覚醒させる。……危なかった。私の意識や存在が消えるところだった。一体だれが……。
「そんな顔をするなんて、メイド長らしくないな。」
私に向かってこんなに軽率に話しかけてくるのは、やはりやつしかいない。
「……マークですか。」
「おう。」
私は抱きかかえられている状態だった。
「いい加減、おろしてください。」
「わ、悪い……。」
せっかく助けてもらったというのにあんな言い方はなかっただろうか……いや、マークだから別にいいか。
「それにしてもあなた、覚醒を……。」
「すみません。遅れました。すごい魔力密度ですね……私、数分も持たないかもしれません。」
私の声がマークに届くことはなく、アシュリーが私の近くへとよってきた。
「すぐに、メアリーと……ご主人様を遠くへ。」
これ以上はご主人様をそばに置いておくのは危険だ。
「かしこまりました。」
「その必要はない。」
ご主人様の声が聞こえた。
「しかし……。」
「よい、メアリーだけを連れていけ。」
「かしこまりました……。」
そうして、アシュリーはメアリーを連れて遠くへと移動する。
「メイド長は少し、休んでてくれ。」
マークがそう呟く。
「私に命令を……。」
「いいから。」
真剣な目だった。
「……。」
私は無言でご主人様のそばへと移動する。マークのくせに言うようになったと、そう思った。が、彼はいざという時には頼りになる存在だということも、私は知っている。
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「人間の、勇者か。」
「知っているのか。」
「いつの世界も勇者というものは存在した。」
そう、もうはるか昔のことだ。創造神として初めて世界を再構築したとき、その時も確かに勇者はいた。目の前にいるやつほど力があるわけではない者もいたが、勇者と呼ばれる誰もが私の前に立ちふさがった。
「だが、お前に負けた、か。」
「負けたという表現は好かんな。我は戦いなどしておらん。」
一方的な作業だ。自然現象に勝敗などないだろう。
「それでもお前に挑んだ太古の勇者たちの想いは称えられるべきだ。」
「……無駄な努力というんだ。」
勇者が剣を構える。その剣を含めた全てが青く染まっていく。それは今までに感じたことのないものだった。
「破壊術……」
勇者を構成する全てを破壊しようとするが……青いエネルギーに阻まれてしまう。
「この力は、人間の想いだ。この世界にいるものだけじゃない。今までに『生きていた』全ての人間の想い。」
「想いだけでは何もできない。が、それを可能にする何かが貴様にはあるようだな。」
この力は、やはり……
「私の創り出した、聖力に似ているな。」
「聖力は……お前が創り出したのか。」
我の創り出したものが、多くの人間たちに利用されていく。それは別にかまわないのだが、その力を我に向かって使うというのは気分が悪い。
「そうだ、だから、返してもらうぞ。」
手を伸ばすが、それを拒否するかのように勇者と神の力の結びつきが強くなる。……そうか、奴を選ぶか。
「どうした、何も、しないのか。」
勇者は警戒ながらこちらを見据える。
「この力は貴様を選んだようだ。結びつきが強くなった。」
「……そうか。」
自身の胸に手を当て、安堵したような声を出す。先ほどのメイドも聖力も、なぜ我ではなくグルンレイドを選ぶ。世界はこのまま突き進み、進化を続けようとしているのか……?
「話は、これくらいにしようぜ。」
「我を止めて見せろ。勇者よ!」
「神流・韋駄天」
剣を腕で受け止める……が、このままでは切断されてしまう。威力だけで言えば、さっきのメイドたちの方が高い。しかし青い光に包まれているその剣の方がはるかに危険だ。
「魔力でも、聖力でもない……その力は一体」
「闘気、っていうんだ。」
知らない力だった。いや、力ではない?魔力や聖力のような明確なエネルギー体ではなく、何方かというと精神的なものだった。
「さっきも言ったろ?この力は人間の想いだ。その想いが強ければ強いほど、俺も強くなる。」
信じる、想い……そういう精神的なことは、いつの時代もとりわけ人間に多く見られた。だから人は裏切り、苦しむ。そしてそれには際限がないことも知っている。
「破壊術・起爆」
「グルンレイドの名にかけて、俺はお前を止める!神流・」
勇者は飛ぶ。
「周断・煌」
大爆発を空間ごと切り裂く。こいつに魔力の反応は一切ない。そこにあるのは圧倒的な聖力と闘気。周囲の魔力密度など気にもせずに突き進んできた。
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「人が進化し続けた先には、何があると思う。」
マークが戦っている最中に、ご主人様がそのようなことを言った。
「それは……分かりません。」
どんなに繁栄していた世界も、なぜか創造神によって新たに創り変えられている。進化し続けた、生命の終着点を知っている存在は誰一人としていない。
「私は無に帰る、と考える。」
それは一体……。
「人が全てを知り、全てを観測できた時、未来はなくなる。なぜならその未来すらもすでに観測されているからだ。」
次に起こることが分かっていればそれは『不確定で不確実な先の見えない未来』ではなくなる。
「これから起こることが全てわかっていれば人は夢を失う。」
「夢を失ってしまえば、生きる意味も……。」
「その通りだ。」
全てが消え去ってしまえば創造する者もいないため、再び世界が創られることもなく滅び続けたままだろう。だから創造神が必死に世界を造り変えようとしているのは納得がいく。けれど、なぜそこまで必死なのだ。人類の進化の先を知らないのなら、ぎりぎりまで進化させればいいのではないだろうか。人々が夢を失ったときに、創り直せばいい。
「おそらくだが」
一呼吸分の時間があく。
「創造神は、生命の終着点を知っている。」
「ほ、本当ですか?」
その根拠は私には想像もつかないが、ご主人様がそういっているのだから理由があるのだろう。
「私は、それを知る義務がある。」
そういってご主人様はゆっくり歩き始める。危険です……というつもりだったが、ご主人様の表情はそれを許してはくれなかった。私はご主人様の後ろをゆっくりとついていく。




