魔界編:魔物の町2
「はーい。旦那様お待たせいたしましたー。」
だ、旦那⁉何を言っているんだこの獣人は!
「最高級のものばかりを選んでおります。」
すると奥からアイラとディアナが出てきた。
「おーかわいいぞ。」
アイラは全身黒を基調としたデザインの服に、鮮やかな青が織り込まれている。おとなしい性格のアイラにピッタリだ。逆に活発なディアナは赤が織り込まれていた。地上のデザインとはちょっと違うが、人間の俺から見てもかなりいいセンスをしていると思う。
「あ、ありがと。」
「えへへー」
二人とも新しい服を着ることができてかなりうれしいらしい。それもそうだろうな。今までメイド服しか着てこなかったのだ。おしゃれくらいさせてやりたいもんだ。
「旦那様、奥様の服も決まったようですよ。」
お、奥様⁉今度こそ何か反論してやろうと思ったが、その前に試着室の奥からヴィオラが出てきた。
「お待たせ、いたしました。」
いつもはどんな時もシャキッとしているヴィオラだが、今はもじもじしながら顔を赤くしている。
「どう、ですか?」
「お、な、なんだ。その、似合ってる……と思う。」
「あ、その……ありがとう、ございます。」
なんだこの状況は!お互いに顔が真っ赤で恥ずかしいことこの上ないんだが。ヴィオラは性格は意地が悪いのだが、見た目は悪くない。というかかなりいい。それも相まって、今のヴィオラは何というか女性らしい。
「あまり、見ないでください……。」
慣れない格好に本人もかなり恥ずかしいらしい。
「それではまたのご来店をお待ちしておりますー」
そういって店の外まで店員は見送ってくれた。着替えることができたという点ではよかったのだが、さっきとは違う意味でじろじろ見られている気がする。主にヴィオラのせいで。
「先ほどから周囲の魔物たちからの視線を感じるのですが……。やはり私の格好がおかしいのでしょうか?」
そういって警戒態勢に入る。いつもはなんでもお見通しのくせに自分のこととなると鈍感になるんだよなぁ。
「逆だ逆。恰好が似合いすぎて注目されてんの。」
「そ、そうですか。」
そしてまた沈黙が続く。おい、この空気どうしてくれんの?
気を取り直して魔界探索を続ける。といっても街並みを歩きながら眺めるということだけだが。空が紫色ということと歩いているのが人間ではなく魔物ということを除けばほとんど地上と同じような外観をしている。ちなみにさっきの店で待っている間に店員に聞いたところ、いい宿を紹介してくれたので、今日はこの町で一泊することにした。
「今が昼なのか夜なのか分かりませんね。」
たしかに、太陽が出ていないのでわからない。ただ俺たちが来てから空の色は多少暗くなったように見える。もしかしたら太陽のない魔界にも夜という概念があるのかもしれない。
「とりあえず、宿まで行くか。」
「かしこまりました。」
やっぱりメイド服でないと違和感あるな。逆に子どもたち二人は、メイド服よりこっちの普通の服の方がしっくりくる。
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「お待ちしておりました。お越しいただき誠にありがとうございます。」
グルンレイドの屋敷にも劣らないような立派な外観の宿に入った途端、数十人の従業員と思われる魔物から一斉に頭を下げられた。
「おい……どうなってるんだ?」
「わ、私も分かりません。」
珍しくヴィオラも驚いた顔をする。
「おやこれはご説明不足でしたね。先ほど旦那様が入店していただいたブランド店を運営させていただいております、タナトスと申します。」
立派な服を着たこの店の店主と思われる魔物……いや魔族がそういう。
「俺たちが今日ここに泊まる……という話は通っているか?」
グルンレイドの屋敷で生活してきたおかげか、このような待遇には耐性がついてきたようだ。特に恐縮することもなく会話ができた。
「もちろんでございます。」
「そうか、……これは前金だ。」
そういってさっきより少し大きい魔石をその魔族の手のひらに置く。
「こ、これはっ!これでは多すぎます!」
「まあいい、とっておけ。」
すると『おぉ!』という歓声が周りから上がる。
「こら、静まらんか!」
それを魔族が注意する。
「申し訳ございません。」
「問題ない。」
なんか口調がボスに似てきたか?ボスのもとで働いてきた副作用的なものを発見してしまいちょっとショックを受ける。
「それではこちらのものがご案内いたします。」
とビップルーム的なところに通される。あの……キングサイズのベッドが一つなんですけど。
「あの、他の部屋は……。」
「これほどの魔石を渡しておきながらなんと欲のないお方なのだ……。」
案内してくれた魔物は感動に震えていた。
「そうじゃなく……」
「いや、これほどのものをいただいて普通の部屋に通したのでは私どもの評価にかかわります!何としてでもこちらの最高級の部屋に泊まっていただきますぞ!」
こんなキラキラした目で言われたらもう断れないじゃん……。
「あ、ああ、そうだな、分かった。」
「ご理解いただけで感謝いたします。分からないことがあれば何なりとお呼びください。」
そういってその魔物はこの場を離れていく。
「ベッドが一つしかないんだが、どうする。」
ヴィオラの方を見る。
「私は床で寝ますので問題ありません。」
俺的には問題ありすぎる。
「いや、俺が床で寝るからお前はベッドで寝ろ。」
「主人を差し置いてベッドで寝るなど、メイドとして言語道断です!」
「主人の命令に従わないのもメイドとしてどうかと思うがな!」
お互いににらみ合う。するとヴィオラの目がすうっと青色に染まり、光が舞っていく。
「おい、馬鹿やめろ。」
その瞬間後ろから抱き着かれ、体制が崩れる。それと同時にヴィオラの視線から俺の目が外れる。
「一緒に寝よー」
「マークと、寝る。」
危ねぇ……。もう少しであいつの言いなりになるところだったぜ……。主人に命令しようとするメイドがいるか?
「ヴィオラさんも、寝よ!」
「一緒に、寝よ?」
この二人に上目づかいにそういわれてうなずかない奴なんていないだろう。
「う、ご主人様がよろしければ、私は、問題ありません。」
だから顔を赤くするな。こっちまで意識しちまうだろ!
「はぁ、それが一番平和に解決しそうだな。よし、みんなで寝る。」
やったーと二人とも手を合わせて喜ぶ。いままでアイラとディアナは二人でしか寝たことがないから、他の人と寝ることができるのがうれしいのかもしれない。まだまだ子供だな。
「お前ら、寝る時間はまだだぞ。寝る前にご飯でも食いに行こうぜ。」
はーいという返事とともに二人とも駆け寄ってくる。ヴィオラはさっきから口数が少なくありませんかね。
「行くぞ。」
「か、かしこまりました。」
そういって静かに後ろからついてくる。いつもの威勢はどうした……。




