王国編:南門3
ここは……一体?
『あぁぁぁぁっ!』
体が引き裂かれるように痛い!そして叫んだつもりが、声が出ることはなかった。そして、呼吸もできない!私はすぐに時を止める。体の痛みは無くなったが、まだ呼吸ができなかった。私は真の時間停止空間へと移動する。
『この空間では息をしなくても問題ないようね……』
ここは一体どこなのだ……私は後ろを振り向くことができないので、目の前にある巨大な球体を見る。何か情報を得るために、魔法で視覚情報を拡大していく。よく見るとこの青い部分は全て水……いや、海⁉︎そして山や川なども見える。ここは……私たちが生きている世界のはるか上空……ということだろうか。
そっちに戻ろうにも、この空間から離れてしまったら私の体はおそらく数秒も持たないだろう。時空間魔法を使おうにも、おそらく私の体内にある魔力全てを使ってもそこまでの距離を飛ぶことができない。そしてメッセージも同じだ、アシュリーさん以外はこの距離で受け取れる人はいない。
ということは私が生きて戻るにはどうにかしてアシュリーさんにメッセージを送る必要がある。
『聞こえますか?』
返事はなかった。
『アシュリーさん!』
真の時間停止空間までは観測できないのだろうか……。それもそうだ、近距離ならまだしもこの距離でメッセージを観測するなど不可能に近い。戻れないのであれば死んだのと同じ。このまま時間を進めてしまえば、私はすぐに死ぬことができるだろう。……いや、グルンレイドのメイドは任務を遂行できずに死ぬことを許されてはいない。私の魔力が尽きるまで、時間をとめ続けよう。
—
『何してるの?』
そんな声が聞こえた気がした。魔力も残りわずか、そんな幻聴が聞こえてくるということは私もいよいよだろう。
『しっかり気を持ちなさい。』
ペシッと頭を叩かれた。……叩かれた⁉︎声の方を振り向こうと思ったが、この空間では動くことができないので見ることができなかった。
『あなたの声は届いていたわよ。』
その声とともに私の目の前で、紫色の髪が揺れた。
『ミ、ミクトラ……様!』
この空間の中でも自由に動くことができる存在。
『一体、どうやってここまで……』
『ん?霊界を経由すればすぐだけど?まあ、帰りはあなたもいるからそうもいかないわね。』
私の魔力はもうそこが見えつつある。この距離を移動するとなると、途中で魔力が尽きてしまうだろう。
『心配しなくても大丈夫よ。私の魔力を使いなさい。』
そういうとミクトラ様が私の体の中に入ってくる。
『っ!な、何を⁉︎』
『大丈夫、慣れればどうってことないわよ。』
そして完全にミクトラ様が私の体の中に入ってしまった。何か感覚が変わったか……というとそうではない。しかしミクトラ様の魔力が私の魔力と調和し、数倍の魔力が私の中を流れている。不思議と不快感はない。……これで地上へと戻ることができるだろう。
ーー
あのメイドを世界の外へと飛ばしたことで、私の魔力はそこを尽きかけていた。しかしそうでもしなければ私はここに立っていることはできなかっただろう。
「本当に、あんなを相手にするなんて王国は何を考えてるのかしらぁ?」
しんと静まり返った道の中で私はそう呟く。全ての兵士たちは魔力酔いを起こして地面に倒れてしまっていた。城へと戻ろうかと思ったが、私はいったい城に戻って何をするというのだ。
「城は……騎士団の団長に丸投げしましょう。」
私は命の方が大事なので、あの馬車に関しては見なかったことにしよう。
「他のメイドを相手していこうかしらぁ。」
そうして私は他の門付近にいるグルンレイドのメイドを仕留めるために、移動しようとする。が、
「はぁ、はぁ……どこへいくつもりですか?」
聞き覚えのある声が聞こえた。いや、そんなはずはない。さっき世界の外へと飛ばしたはずだ。そこから帰還するなど、不可能なはずなのに。
「もう一度言うわ……あなた、本当に人間かしらぁ。」
私もよく化物じみていると言われるのだが、そういった人もこんな気持ちだったのだと、初めて実感した。私の魔力はもうほとんど無い。しかし相手は外の世界から戻って来たと言うのに、魔力密度はさっきよりも格段に上昇していた。
「いまは……完全に人間とは言えないかもしれませんね。」
本当は人間ではない?それとも、自身の人間離れした能力をそう例えているのか。いや、そんなことはどちらでもいい。私はここで、死ぬ。
「いいわぁ。一思いにお願い。」
私が万全な状態でも、このメイドには勝つことはできなかっただろう。初めて出会った時は、わざと実力を隠していたようだ。今は少なくともあの赤髪のメイドよりも強い。
「はぁ……あなたが戦闘不能な状態であれば、それで十分です。」
そう言って異質な魔力を徐々に抑えていく。
「他のメイドたちに手を出さないと約束してください。」
こんな口約束、破ろうと思えば簡単に破ることができるだろう。しかしこのような圧倒的な存在が相手では、私はそのようなことができるはずはなかった。
「わかったわぁ。」
私の返事を聞くと、何かを呟き始めた。そして徐々に私たちの上空に魔力が集まるのを感じる。空間魔法?
「あなた程の人をこのままにして置くわけにもいかないので、ついてきてもらいます。」
その瞬間、空から一人の聖族が降りてきた。人類にとって敬うべき存在の聖族すらも、あの辺境伯は支配しているの言うの?
「よろしくお願いします。」
「アシュリーから聞いてる。」
そのような会話の後に、私の方を見る。初めて聖族という存在に出会ったが、これほどまで神々しいものとは!私は地面に膝をつき、頭を下げる。
「初めましてぇ。私は王国魔法士団団長、エセルと申します。聖族様にお会いできるとは、光栄です。」
「おぉ、久しぶりにこんな反応を見ることができた……」
そんなことを呟いていた。
「本来はこういう対応が普通なんだぞ。」
そうしてメイドの方を見るが、
「早くいってください。アシュリーさんに言いつけますよ?」
「わ、わかったよ。」
私は聖族様に腕を掴まれると、その瞬間に周囲の景色が変わった。移動魔法の応用だろうか……魔法?
「気づいたか?私は聖族だが、魔法も使えるんだ。」
魔族であれば魔法と瘴気、人間であれば魔法と闘気、そのようなことであれば二つを同時に扱うということは納得がいく。しかし聖法と魔法が同時に使うということは、どう考えても不可能である。
「一体、あなたは……」
「遅い。」
私の問いはそんな言葉に遮られた。
「いや、早いだろ……」
「文句は言わない。」
そんなふうに聖族様に言い放っていたのは、これもまたメイドだった。グルンレイドのメイドには神に対する信仰心というものがないのだろうか。
「あなたが魔法士団の団長ね。確かに、思ったより強いね。」
赤髪のメイドと同じくらいの魔力密度だった。魔力が全快の私でも勝つことは難しいのに、この状態では少しでも変なことをしたら、すぐに始末されてしまうだろう。しかし、それはまだいい。その隣にいる黒髪の少女は一体なんだ……。そばにいるだけで魔力酔いを起こして倒れてしまいそうになる。
「なに?」
私がじっと身すぎたせいが、少女と目が合ってしまう。
「な、なんでもないわぁ。」
すぐに目を逸らす。今すぐに頭を下げなければ、王国は確実に滅びてしまう。それを伝えに王の元へ戻ろうにもそんな意見は一蹴されてしまうだろうし、そもそもここを抜け出すなんてことは私には不可能だった。




