王国編:南門2
ご主人様たちは馬車に乗って、城へと向かおうとしていた。
「逃すと思ってぇ?」
敵が攻撃しようとするが、私はその前に立ち塞がる。
「何を言ってるのでしょうか。あなたが見逃されたのです。」
「確かにそうかもしれないわねぇ。」
私の想像した答えとは違った言葉が返ってきた。自分の実力を正確に判断できている……これは思ったよりも大変な相手かもしれない。
「只者ではありませんね。」
「私は王国魔法士団団長、エセルよ。よろしくねぇ。」
瘴気ではないが、気持ちの悪い魔力が流れ出ている気がする。……人間、だろうか?
「私はグルンレイドのメイド、カルメラ・ローズと申します。」
そうして私は頭を下げる。
「美しいわぁ。ぐちゃぐちゃにしたいくらいに。」
「っ!」
彼女が笑みを見せた瞬間に、私はその場を飛び退く。
「あら?どうしたのかしらぁ?何もしてないわよぉ。」
私の細胞のひとつひとつが、確かに危険信号を脳へと与えていた。しかし、実際はなんの攻撃もされてはいない。
「その間にも馬車は先に行っちゃうのよねぇ。」
私と会話している間にも、ご主人様を乗せた馬車は城へと進んでいた。
「見逃された身ではあるけどぉ、一撃くらいはいいわよねぇ。」
その瞬間、周囲の魔力密度が急激に上昇する。
「ライトニング・絶唱ぉ」
私には攻撃せずに馬車の方へと魔法を唱えた。
「華流・剪定」
魔法と馬車の間に割り込み攻撃を受ける……思ったよりも強い。しかし、私は全ての電撃を拡散した。
「だから無駄なことは……」
そう言った瞬間、時が止まった。
「やめた方がいいかと。」
「あら、動けるのねぇ。」
「当たり前です。」
この時間停止空間でも、相手は魔力密度を維持したままだった。この空間で魔法を使えるということはかなりの力があるだろう。しかし、徐々にお互いのスピードが遅くなっていく。そしてさらに時間が止まった。
『ヒートボムぉ』
そんな声が頭の中に響いた。これは紛れもなく……。
『バニッシュルーム』
『……これは本当に驚いたわぁ。あなた、私と同じく無唱詠唱が使えるのねぇ。』
お互いに動きは止まっているので表情こそわからないが、その声色から本当に驚いているということは伝わった。
『私も驚いていますよ。』
『ほんとぉ?』
『ファイアーアローぉ』
『ファイアーアロー』
『アイスロックぉ』
『アイスロック』
『……埒があかないわぁ』
エセルが唱えた座標と全く同じ座標に魔法を唱える。そうすることでエネルギーが相殺されて威力が弱まるのだ。
『やめたらどうでしょうか?』
『もう少しだけやってみ……』
エセルの言葉が止まった。一体どうしたの……馬車が動いている!?私たちが停止し、全ての存在が動くことができない世界で、あの馬車だけが動いていた。
『あ、ありえないわぁ!ここは真の時間停止空間よぉ!?』
私も驚いた、驚いたのだが……ご主人様なら可能だと、納得する自分がいた。次の瞬間時間が進み始める。
ドンという音が先ほどまでご主人様の馬車があった場所から聞こえて来る。ファイアーアローとアイスロックが相殺されて、大量の魔力だけが放出されていた。それが私のバニッシュルームがかき消していく。
「あなたがきてくれて本当によかったわぁ。こうしてまだ私が生きているのだから。」
こちらを見ながらそのようなことを言う。あの人たちには勝てないという予測が確信に変わったのだろう。
「その様子だと、私は敵ではないというように聞こえるのですが。」
「正直そうねぇ。さっきの馬車を引いてた赤髪のメイドよりもあなた弱いじゃない?」
確かにその通りだ、私はヴァイオレットさんと一人で戦って勝ったことなどない。
「私、赤髪のメイドには負けると思うの。でもあなたならぎりぎり勝てそう。」
真っ黒い目がこちらを見据えていた。確かに「席」と団長ではその存在が全く違う。魔法師団第一席があのように恐れるのも納得がいく。
「そうですか。」
「そうよ。」
その瞬間、私とエセルの間の空間が爆発した。無唱詠唱の魔法の発生場所を予測することはとても難しい。重要なのはダメージを与えられた瞬間にエネルギーを消失させ、回復させることだ。
「ファイアーアロー・絶唱ぉ」
「ファイアーアロー・絶唱」
今度は詠唱をして、二つの魔法がぶつかり合う。青い炎が混ざり合い、周囲の建物を熱で溶かしていく。魔法障壁や闘気による防御なしでは立ってもいられないだろう。
「あなた、本当に人間かしらぁ?」
「同じ言葉をそのままお返しします。」
グルンレイドの華持ちにも劣らない力だった。ここで私が止めなければ、他のメイドたちが危険な目に合うかもしれない。
「華流・周断!」
「エアヴェール・絶唱」
空気の層によって私の剣がとめられる。
「スペースカット」
「スペースロック」
私を横に切断するような空間を固定する。これは魔法障壁などの物理的な防御力は全く影響しないので、その空間から離れるか、その空間を固定するしかない。
「ファイアー……」
「華流奥義」
このまま持久戦になっても私になんの得もない、一気に片をつけたいところだ。
「轟一線」
「あぁっ……」
エセルの魔法障壁を貫通して、脇腹がざっくりと切られる。そこに赤い血が流れたことに、私は少し安心する。この不気味な存在は、どうしても私と同じ人間だと思えなかったのだ。
「その剣技、厄介だわぁ。」
そういながら、すぐに傷が回復していく。
「魔法士ってつったってるものじゃないのぉ?」
確かに、普通魔法を使うものは体術などは全く覚える必要はない。たとえ凄腕の剣士が相手でも、魔法による攻撃、防御、身体強化などで圧倒することが可能だからだ。
「しかし、グルンレイドのメイドは違います。華流・」
私が剣を構える。が、相手はその場にただ立っているだけだった。一体何を……っ!魔力密度が急激に上昇していく⁉︎
「エアヴェール・絶唱!」
「バインド・絶唱。」
私はその場所に固定される。てっきり攻撃魔法だと思ったのだが、私の予想に反して拘束魔法が唱えられた。しかしこの魔法は数秒もあれば……
「時空間魔法はこういう使い方もあるのよぉ?」
すると私の周辺の空間が歪み始める。いったい、何をしようと……。
「超級第三魔法、ヨグ・ソトース」
その瞬間、私の周辺の時空が飛ばされた。




