王国編:北門2
私はこの人に勝つことはできない。本能でそう感じる。しかしだからと言って戦わない理由にはならない。
「そんなに嫌なら戦わないという選択は……いえ、それを聞くのは無粋ですね。」
私の覚悟を決めた目を見たのか、そんなことを言う。正直戦いたくない、しかしそれができない理由がある。目の前にいるこのメイドは本当にいい人なのだろう。本来であれば戦うことのない人。だけど、運命は残酷だ。
「ファイアーアロー!」
「ファイアーアロー」
二つの炎がぶつかり合う。私の方が若干威力か強いようで、徐々に押し返していく。
「……すごい魔力密度ですね。」
カルメラさんがそういう。私の魔力密度は王国でもトップクラスだ。伊達に魔法士団の第一席をうたっていない。
「バニッシュルーム」
そう唱えると二つの炎が一瞬にして拡散される。この人もかなりの魔法の使い手だ。何故メイドの格好をしているのかは疑問なのだが……これで本当にメイドの仕事をさせていたら、宝の持ち腐れではないだろうか?
「ファイアーアロー・絶唱!」
私はさらに魔力密度を上げて魔法を繰り出す。
「ファイアーアロー・絶唱」
しかしそれに合わせるように、カルメラさんもそう唱える。この人も絶唱を使えるの……⁉︎二つの膨大なエネルギーが衝突し、時空が歪み始める。
「華流・」
その瞬間カルメラさんが消える……右!私は地面を思いっきり蹴って、遠くへと飛び上がる。
「一刀」
地面が破壊される。あれほどの魔法を使っておきながら剣士なの!?いや、あの短剣には魔法が付与されている。魔法剣士という感じか。
「いい反応です。」
「ありがとうございます……。」
しかし私の肩からは血が流れる。もう少し遅れていたら、致命傷だっただろう。
「タイムストップ」
その瞬間、私の魔法障壁が反応する。自動的に私の時間も停止した時間へ意識が飛ばされる。
「やはり時間対策をしていますか。」
「えぇ、もちろんです。」
「風も振動も、音すらもない、本来生命が活動することのない空間……。」
私も初めて時間停止空間に入った時は驚いたものだ。
「これほどの力があるのに……勿体無いですね。」
「勿体無い……?」
一体どういうことだろうか。
「あなたは、エルザさんはもっと我儘であるべきだと、私はそう思います。」
「王国のために何かをすることを生きがいにしている、あなたはまるで鳥籠の中の鳥のようです。」
「せっかく綺麗な翼があるのですから、大空を飛んではいかがでしょうか。」
私は王国という鳥籠の中に閉じ込められた……鳥。自由に世界を飛び回ってみたいと、考えたことがなかったわけじゃない。私のこの魔法を使って世界中の多くの人と出会い、救い、守る……なんてことを考えたことは一度や二度ではない。だけどそれは夢物語のようにとても遠い世界の話だと思っていた。
「私も……世界を見てみたいです。見てみたいのですが……」
それができない理由があるのだ。
「私が王国を裏切ると、妹が殺されてしまいます。」
私は王国に縛られている。私は初めてこのことを他の人に話す。
「私はもともと貴族の娘でした。しかし王国の意見に賛同しなかった父のせいで、家族もろとも殺されてしまうことになりました。」
「私は父の判断は間違っているとは思いません。それほどまでに、王国の判断は私欲にまみれていましたから。」
「そこで王族から次のような話が持ちかけられました。」
『お前の魔法能力は目を張るものがある、王国のために働くのであれば家族の一人を生かしておいてやる。』
「父と母は、その一人に私の妹を選び、そして殺されました。」
「だから私は、父と母の思いのためにも、戦わなければいけないのです!」
これを王国側の誰から聞かれていたら、その時点で私と妹の命は無くなるのだが、ここは時間停止空間、聞かれることはないだろう。
「そういう理由でしたか……。」
驚く様子もなく、そう呟いていた。そして次の瞬間、時間停止空間が解かれる。
「アシュリーさん、聞こえますか。」
すると、空に向かってそのようなことを言い始めた。
「お手数ですが、王国魔法士団第一席の妹いる場所を調べていただけますか。おそらく城のどこかにいると思うのですが。」
「相変わらず早いですね……。」
私は不思議に思いながらカルメラさんを見つめる。
「ありがとうございます。」
そしてこちらを向き直る。
「あなたは妹さえ無事であれば、私と戦う理由がなくなるというわけですね。」
「そうですが……それはあまりにも危険です!城の地下には私でも破壊できないような結界がはられていますし、もしばれてしまえば団長たちから狙われることになります。」
王国の最大戦力の団長たちに、命を狙われることになる。
「はぁ、グルンレイドのメイドをあまり舐めないでください。王国“程度“私一人でも壊滅させることは可能です。」
それは信じられない話だった。カルメラさんがどれだけ強くても、団長たちの力は別次元。私たちがどうこうできるようなものではない。
「本当に団長たちは……」
「わかりました。今回は私は戦いませんよ。あなたの妹を連れ戻してくるだけです。」
「だからそれが危険……」
っ!いつの間にか、そこにいた。
「だ、だれ!」
白い翼、光り輝く天使の輪、呼吸をすることを忘れてしまうほどの美しい存在が……しかしそこから出ている力は聖力と魔力。聖族、なのだろうか。
「くそ!あいつ、人使いが荒すぎる!」
「いつものことですよね。」
カルメラさんが普通に話をしているということは、グルンレイド勢力だろう。
「場所はアシュリーから聞いてるからわかってる。」
「……そこですね。超級第三位魔法、ヨグ・ソトース」
カルメラさんがそういうと、みたことのない魔法が展開される。そして歪んだ空間にカルメラさんが入ったかと思うと、すぐに出てくる。歪んだ空間が消えた。その横には……
「ミラ!」
「おねぇちゃん!」
妹が、そこにいた。
「じゃあ、帰る。」
「ありがとうございました。」
すると、聖族のような人が空へと飛んでいく。
「これであなたが戦う理由は無くなりましたね。」
今でも信じられない。何故あの一瞬で城の地下に行くことができるのか、そして妹を連れて帰ってくることができたのか。本当にこの人はなんなのだ!
「まだ、戦いますか?」
「いいえ。戦いません」
私は杖から手を離した。




