過去編:ルナ2
“覚醒”
『ワールドオブブラッド』
侵入してきた吸血鬼の少女がそのようなことを叫ぶ。すると私の作った魔法結界が破壊され、空が赤く染まっていく。そして少女の手には黒い鎌が……一体何が⁉
「おーっほっほっほ!さすがのあなたもこれには驚いたようね!」
口に手を添えながら高笑いをしていた。少女の口からは鋭い牙が見えた。
「いったい何をしたの?」
カルメラがそういう。私もこのような魔法を知らない。
「あら?覚醒を知らないの?」
覚醒……ご主人様がそのようなことを口にしていた気がするが、思い出せない。
「……知らないわね。」
「そんな無知なあなたのために私が教えてあげるわ。」
周囲にいる見習いメイドたちも息をひそめながらその話を聞いていた。ここにいるメイドたちは誰一人として、『覚醒』について知らないらしい。
「魔力に個人差があるのは分かる?」
「そうね、訓練次第で魔力密度は変化するわ。」
「そうじゃなくて、魔力の本質の話。」
「本質……。」
少女が言うには、魔力密度は人間でも獣人でも魔族でも初期のポテンシャルは違っても、訓練すれば高くなる。しかし、どうあがいても変えようのないものが魔力の本質というらしい。
「そう、例えば、あなたの魔力は少し冷たいわね。そして甘い感じ。色で言えば……水色かしら?まあ、私がそう感じるだけで、他の人が見たら違う感想を言うと思うけど。」
それは生まれつきで決まるものであり、しかしだからといって戦闘面で魔力の本質が影響するかといったらそうでもないらしい。
「それが影響するのは、覚醒の時よ。」
……覚醒の説明にはなっていない気がするが、魔力の本質について知ることができたのでこの話は無駄ではなかった。しかしこの話を聞くと、推測することはできる。
おそらく覚醒とは魔力の暴走だろう。『濃すぎる魔力密度は時空間にも影響する。』いつかどこかでメイド長からそのようなことを聞いた。そしてメアリーさんと訓練をしたときに、『絶唱』というものを身をもって体験した。それらを加味すると、覚醒と絶唱は限りなく似ている。
絶唱はその魔法だけに対して暴走させるものだが、覚醒は自身が影響を与えるすべてを暴走させるものなのかもしれない。だから空は赤く染まり、空気が変わったのだ。
「……少し覚醒について分かった気がするわ。あなたの魔力は少し暖かい。」
カルメラは覚醒を間近で感じて、少女の出す魔力の本質に触れたのだろう。そのようなことをいう。それを聞いて満足したのか、次の瞬間少女の目が光る。
「黒鎌・慟哭」
カルメラの首が飛ぶ……いや、飛んでない?
「死んだように見えたけど。」
「はぁ、はぁ、……あなたの見間違いじゃないかしら?」
次の瞬間、吸血鬼の周囲の空間が爆発する。一瞬のことで何が何だか分からなかったが、カルメラが息を切らしている。かろうじて反撃していたようだが、カルメラの手に負えない相手だったら、私達見習いでは誰一人太刀打ちできないということになる。
「どうやって唱えたのかはわからないけど、こんな威力じゃ私は倒せないわよ?」
おそらくカルメラの得意とする“無償詠唱“のヒートボムなのだが、いつものカルメラの威力よりも数段劣っていた。
「私の体にあなたの魔力が混ざっているわね。」
「その通り!この空間の魔力のほとんどは私の魔力だから。」
これが覚醒……。
自身の魔力の本質を具現化する力。
「華流・剪定!」
「黒鎌血術・斬撃!」
二つのエネルギーがぶつかり合う。しかし剪定でもなかなか魔力を拡散しきれていない。きっと血液が凝固しているせいで、その中にある魔力を取り出すことができないのだろう。
「くっ……がっ!」
屋敷の中庭にたたきつけられ、地面にひびが入る。カルメラの体からは血が流れていた。これ以上はさすがに一人で戦わせるわけには……。
『ヴィオラ、ハーヴェスト』
メッセージで二人に声をかける。
『分かってる!』
『すぐ行く。』
すぐに二人が駆け出し、カルメラのそばへ向かう。
「止まりなさい!」
カルメラの声が響いた。……こんなに声を荒げる姿を私は初めて見た。その声と同時に二人が止まる。
「どこを見ているの?あなたの相手は私よ?」
「おーっほっほっほ!いい判断だわ!あの二人じゃこの空間でまともに戦えるとは思わないからね!」
二人を止めつつ、カルメラは吸血鬼に向かってそういった。
ヴィオラもハーヴェストもメイド見習いの中ではかなり実力がある方だ。そしてあの三人はいつもパーティを組んでいる。少なくとも足手まといにはならないと思うけど。
「……下がろう、ハーヴェスト。」
ヴィオラがそういう。彼女の目が青白く光り始める。きっとその目で何かを見たのだろう。
「……ヴィオラがそういうなら、分かった。」
いつもは好戦的なハーヴェストもヴィオラの真剣な表情を見てすぐに撤退を選択した。
「ローズの方々を読んでくる。嫌とは言わせない。」
「分かっているわ。呼んできて。……けど、この吸血鬼の相手は私がするわ。」
カルメラのその声には、強い意志が含まれていた。
ーー
私の覚醒した状態でもこんなに動けるなんて、やはりこのメイドは危険な存在だ。おそらくこの屋敷一番の実力者というところだろう。私の全力をもってこのメイドを倒し、他のメイドたちの血を吸うのだ!
「黒鎌・マリオネット」
周囲に私の分身を出現させる。もともと吸血族は分身を作るのが得意だが、覚醒した私が創り出す世界の中では、さらにそれが強力なものとなる。
「五体ね。」
その声が聞こえた瞬間に三体の分身が消えた。
「なっ!」
分身を消すほどの魔力を出したことも、一瞬にして消えたことも私の理解できることではなかった。一体どういう……そうか。
「時間を止めている……。」
「気づくのが遅かったわね。時間対策はグルンレイドのメイドと戦ううえでは必須よ。」
この私が創り出した世界の時間でさえも止めてしまうことができるのは、普通じゃない。が、実際に起きていることだ。対策をしないわけには……。
「タイムストップ。」
時間が止まった。
「時間を止めるメイドなんて聞いたことがないわね。」
「そう?メイドって時間を止めることができるというのが当たり前じゃないの?」
停止した時間の中で私たちはお互いをにらみ合う。
「いけ!マリオネット!」
残りの二体には私の血で作り出した鎧を着させている。そう簡単に壊されることはないだろう。
「華流奥義・極一刀!」
ものすごい速さでマリオネットの一体が一刀両断される。私の凝固した血がまるで意味をなしていない。が、残りの一体が剣を振り下ろす。
「エアヴェール」
剣が空中で止まる。
「ファイアーアロー・絶唱」
血液が燃えて蒸発する。やはり人形では足止めにもならない。
「私が直接相手をする必要がありそうね!黒鎌!」
そういうと止まっていた黒鎌が消え、新たな鎌が生成される。生成したほうがこの時間でもしっかりと動かせることができるようだ。
「黒釜血術……」
「タイムストップ・絶唱」
……時間が止まった?なんだこの空間は、時間対策をしている私でさえ動くことができない。思考は巡らせることができるようだ。止まっている空間を認知することしかできないが。
『この空間は初めてかしら?』
っ、どこからともなく声が聞こえてくる。しかしこの声は私と戦っているメイドのものだった。一体どこに!
『ここよ。見えているでしょう?』
目を動かすことはできなかったが、視界の端の方に確かにメイドの姿があった。しかし、この魔法を発動したメイド自身も動くことはできていないではないか。時間稼ぎ?いや時間は止まっている。意味がない。
『意味はあるわ。あなたは攻撃ができないけれど、私が攻撃できないわけではないから。』
不可能だ。この空間内では魔力すらも停止している。魔法を唱えることはできない。
『バニッシュルーム』
そんな声が響いた。しかし何の変化がない。
『スペースカット』
これも変化がない。やはり単純な脅しのようだ。
『フレイムレイン』
一体なにを……。
『フリーズサイクロン』
こんなのははったりだ。思っているのだが、私の本能がざわつくのを感じる。流れることのない汗が流れている気がする。
『コンプレシードルーム』
詠唱が止まった。いやこれは詠唱とは言えない。ただ心の中で言葉を言っているだけではないか。そんなもので魔法が唱えられるはずがない。しかし、これが本当に唱えているとしたら?先ほど唱えられたすべての魔法が、一瞬にして私に襲い掛かってくることになる。そんなはずはない……よね。
『じゃあ、またあとで、ね。』
次の瞬間、時間が進む。
『死ぬ……。』そう考える時間はあったと思う。
四肢が切られ
焼かれ
凍り
私の意識はとんだ。




