過去編:イリス10
私の胸の辺りがざっくりと斬られていた。狂乱状態では全身の痛覚がかなり鈍っているのであまり痛みを感じないが、治癒しなければすぐに体が動かなくなってしまうだろう。
「ヒール」
予想した通りにあまり回復することはない。まあ、止血はできたことだし大丈夫だろう。
「後はステラだが……ヒール。」
こちらもそんなに回復はしない。……例によって止血ができたことだし大丈夫ということにしておく。
「何が大丈夫ということにしておく、よ。全然大丈夫じゃないし!」
誰だ!声がした方を振り向くが、そこには倒れているステラしかいなかった。
「エクストラヒール」
次は確実に聞こえた、その声の主は……ステラ!?徐々に私が斬った傷が全て回復していく。だがステラの魔力じゃない……。
「誰だ!」
「誰って……私よ、私!」
この生意気ないいぐさ……ミクトラ?だろうか。
「正解!」
こんなふうにずけずけと人の心を読んでくるような存在はミクトラしかいないな。
「あのね、このまま放っておいたらステラは死んでたんだからね?そこ、わかってる?」
「そうか、それは悪かった。」
「……やけに素直ね。まあいいわ、じゃあスカーレット様の元へ……」
「待て、その前に外に逃げた奴らを仕留めなければ。」
「あぁ、あれはいったんスカーレット様に相談してから……」
「いってくる」
私は戦いたいという衝動を抑えられずに私はすぐにこの場を飛び出した。
「待ちなさい、ヴァイオレット!……なんか、様子が変ね。スペースロック!」
「っ!」
私の全身が空間に固定されてしまった。無理やり力で突破しようとしても、少しも動かない。
「こっち見て。」
グイッと頭をステラ……いや、ミクトラの方へと動かされる。そしてじっと私の目を見つめる。
「へぇ、これが龍族特有の狂乱っていう現象なのね。このままだとヴァイオレットの体もボロボロになるから……止めるしかないようね。」
「邪魔を……するな!」
私は思いっきり魔力を解放し、空間を少し歪め脱出する。
「華流・周断!」
「エアヴェール」
ミクトラに向かって攻撃を仕掛けるがガギィンという音とともに、私の剣が受け止められる。傷ひとつつかない……だと!?
「あまり舐めないでくれる?今の私はこの子……ステラの魔力と私自身の魔力が調和している状態なの。生半可な攻撃じゃ何もできない。スペースロック・絶唱」
「くっ……。」
私は再び空間に固定されてしまう。しかもさっきよりもかなり強力だ。
「ガァァッ!」
「吠えても無駄よ。スリープ・絶唱」
私はその魔法をくらった瞬間、意識を失った。
—
あまり戦闘を長引かせるとステラの体を借りているとは言え危なかった。霊体のままだったら戦闘不能にするのにかなり時間を有していた気がする。これほどすんなりと意識を奪えたのはこの素晴らしい肉体のおかげだ。
「この子の核魔力……かなりすごいわね。」
私はステラの右の胸……魔力核のあたりに触れながらそう呟く。魔力密度だけでいったらヴァイオレットにも劣らないだろう。そして何より、私とステラの魔力を合わせて圧縮した魔力密度にもなんの問題もなく耐えることができていた。頑丈な魔力核だ。
「まだ気を失っているようだし、もう少し借りるわね。」
体の傷は私の魔法で完全に回復している。しかしヴァイオレットによって“死ぬほど“のダメージを負ったので、意識が回復するのにはかなりの時間を有するだろう。魔法で浮かせて運んでもいいが、私が体の中に入った方が効率がいい。
そして後はヴァイオレット……
「エクストラヒール」
空間に縛り付けているヴァイオレットに私は回復魔法を唱える。彼女がなぜ狂乱状態へと陥ってしまったのかは、ステラの記憶を見たからわかる。あの状況を打破する唯一の方法がこれしかなかったのであれば、私はヴァイオレットを攻めるつもりはない。
それと床に倒れている聖族はヴァイオレットがやった……のではなさそうね。この聖族たちは現在の四天王。私が天界で過ごしていた時から幾度となく見かける機会はあった。まあ、見かけるだけで話しかけたことはないけど。
「エクストラヒール」
ついでにこの人たちも運ぶことにしたが……聖族だからかわからないが傷の治りがかなり遅い。
「エクストラヒール・絶唱」
今の私ならば無理やり魔法で治癒をすることも可能だ。完全に回復した3人と、空中に固定されているヴァイオレットを浮かせて私はこの空間から出ることにした。




