過去編:イリス8
「くっ、ここは!」
私は周囲を見渡す。ヨルムという聖族からあの変な聖法をくらった瞬間、別の場所に飛ばされたようだ。幸いステラは私の隣にいた。
「誰だ貴様ら。」
「……人間!?」
聖族が数人……どれほどの強さなのかを観測しようとしたが何も感じ取ることはできなかった。すごく弱い存在……いや、弱いという判断すらできないくらい小さい反応だ。ということは見た目からしかその強さを予想することはできないが、見た目だけでいえば立派な服とか剣を携えていて超強そうである。
「絶対四天王とかじゃん。」
ステラがそうつぶやいた。私もそう思う。あのヨルムとかいう聖族……1人じゃ私たちに勝てないからといって仲間のところに飛ばしたのか!
「ん、んん、私はグルンレイドのメイドヴァイオレットだ。」
「同じくグルンレイドのメイド、ステラ。」
私たちはイザベラ様に教えられた礼をする。
「そんなことは聞いておらん!」
さっき『誰だ貴様ら』といっていたではないか……。
「なぜ人間がここにいるのだ!」
「天界の破壊を止めるためだな。」
「あまり要領を得ないが……まあ、これを見られたからには誰であろうと消すしかない。」
“これ“というのは地面に血だらけで倒れている3人の聖族のことを指すのだろう。こちらも見るからに立派な服を着て、立派な武器を携えていた。……こっちが四天王だろうか?
「シンクロナイズ」
ステラが急に精神操作の魔法をかける。
「……きかない。」
そう呟くと剣を取り出し構える。
「人間が我らの心を読もうとするとは……やれ!」
くっ、仮にヨルムと同程度の強さだとしたら私とステラだけでは厳しい……。だが、やるしかない。
「エアヴェール」
私は周囲の空気を固めて、相手を寄せ付けないようにした。が、これも足止め程度だろう。まだ相手が私たちの実力を見極めていないうちに、一瞬で1人をダウンさせたい。
「ステラ、一瞬2人を任せる。」
コクリと静かにうなづいた。ステラなら何とか耐えてくれると信じる。
「ホーリーアロー!」
残りの1人と対峙した瞬間、聖族が光の槍を飛ばす。が、私はそれを避けることはしなかった。
「何をやっている……観念したのか?」
腹部を貫かれ血が出てくるが、魔法で止血のみを行い、あえてダメージは残したままにした。そのダメージが徐々に私の中に流れる龍族の血が加速していく。
「シド流・宵凪!」
これも致命傷だけを避けるように動き、体で攻撃を受けた。私は建物へと吹き飛ばされ、その衝撃で半壊してしまう。痛い……痛いが、不思議と不快感はない。
『逆境』
私の魔力密度が数倍に濃縮していく。自身が死に近づけば近づくほど能力が向上する龍族の性質の一つ。この状況を打破するには自らこの状態になるしかなかったのだ。そのおかげか、今なら全てを斬れるような気がする。
「シド流……」
「あはははははは!」
私が剣を振るった瞬間、対峙していた聖族の首が飛ぶ。あれ、こんなに柔らかいとは思わなかった。斬撃の余波が石でできた地面を破壊し、その下の雲を切断する。
「うわ、建物壊しちゃったよあの人……見なかったことにしよ。」
ステラが何かを呟いていたがよく聞き取ることはできなかった。しかし私から距離を取るように移動していたので、『ヴァイオレットさんに任せます!』みたいなことを言っていたのだろう。
一瞬にして戦闘不能にさせられた同胞を見て、ステラと戦っていた2人の聖族は驚愕した表情でこちらへ飛んでくる。
「貴様、一体何をしたぁぁ!シド流・」
「ただ剣を振るっただけだ。華流・」
流石にスピードはあるが、見切れないほどではない。
「宵凪!」
「剪定。」
全てのエネルギーが消失する。……相手の聖法障壁までも拡散させてしまったようだ。これだったらちょっと突くだけで腕が飛びそうだと思い私は相手の方に蹴りを入れた。
「があぁぁっ!」
瞬時に聖法障壁を展開したようで肩から先が吹き飛ぶということはなかったが、かなりのダメージが入ったようだ。
ちらっともう1人の聖族を見ると、私が切断したやつを回復しているようだった。誰であろうと死なせるわけにはいかないので、早めに回復してくれて助かった。この状態になると回復魔法の効果がかなり抑えられてしまうのだ。
「人間ごときに、なぜ……がっ!」
私は聖族の頭を掴む。このまま握りつぶして仕舞えばそれまでだが、それはあまりにも残虐すぎるだろう。
「マインドショック」
「っ……!」
直接脳に魔力を流し込み、精神揺さぶる。といっても私はスカーレット様ほど魔力操作に長けていないので、ただ単純に高密度の魔力を流し、魔力核を持っていない相手にも強制的に魔力酔いを起こさせる効果しかないが。
ぐったりとした聖族を地面へと投げ飛ばす。あとは回復をしていた聖族のみとなった。私はすぐに相手を始末しようとそちらの方を向くが、
「やめといたら。」
そんな声とともに1人の人間が私の前に立ち塞がった。……ステラ?何で止める必要があるの?私はまだ戦えるし、今はとても気分がいいのだ。こんな晴れやかな気持ちのまま戦いたい!
「体はもう限界でしょ。そのまま戦えば、きっと後遺症が残る。」
別に後遺症などはどうでもいい。私は今戦いたいのだ。
「ステラ、邪魔。」
「……どかないから。」
ステラが剣を取り出す。今はそれどころじゃないのに……敵は後ろの聖族だろう?目的を達成するためにはステラを倒さなければいけないのなら、そうするしかないだろう。私は魔力を練り上げた。




