過去編:イリス7
「ここが神殿か。いい場所だな。」
ご主人様は周囲を見渡しながらそう呟く。確かに人間界では見ることのできないような美しい建造物だった。後ろに巨大な階段が続いているところを見ると、この建物自体は特に何の機能も成していないのかもしれない。現に建物からは物音一つ聞こえないし、私の観測魔法にも何の反応もない。
「神はこの上、ということでしょうか。」
「まあ、そうだろうな。」
しかしこんなに簡単に神に出会えてしまっていいのだろうか。もし敵対する存在が現れた場合に素通りで神の場所まで移動できるではないか。もしかしたら、そんな守りを必要としないほど神は力を持っている可能性もある。
「神殿を守るのは神兵の役目だということを聞いたことがある。それがいないということは、やはり天界は異常事態に陥っているのだろうな。」
そう言ってご主人様は神殿に向かって歩き始めた。私もそれに続いて歩いていく。
神殿の中は思ったよりも簡素なものだった。……いや、間取りが簡素なだけであってデザインや装飾品などは人間の尺度を超えて美しい。私が言いたいのはこれだけの広さがあるというのに、たったの一部屋も存在しないということだ。ただ神へと通ずる階段の入り口を飾るための建物という感じであり、天界において神という存在はそれほど強大なものなのだということを感じさせた。
「ご主人様は……天界がどのようにおさまれば良いとお考えでしょうか。」
「……どうでも良い。」
「どうでもよい、ですか?」
「うむ。天界のことなど本来であればどうでもよいのだ。我がメイドの望みである“一般の聖族や街への被害をなくす“ということが達成されれば、新たに四天王が変わろうとどうでもいい。」
ということは現四天王が滅んだとしても、新たな四天王がしっかりとした統治を行えば問題ないということになる。……下手に私たちメイドが戦闘に加わる必要はなかったかもしれない。今からでも街の修復、聖族たちの治癒などにまわるべき……いや、その戦闘事態を止めることが手っ取り早いのは事実だ。指示を変える必要もない。
「でしたら私たちの敵は、新たに天界を支配しようとしている存在に限る必要はありませんでしたね。」
極論、現四天王を全て戦闘不能にすれば戦いは終わる。新たに統治した四天王が無闇な虐殺などを行わなければ……だが。
「さて、この階段を登るとするか。」
「浮遊魔法を使用いたしますか?」
「……せっかくだ、身体強化魔法だけ使い、歩いて行くことにしよう。」
「かしこまりました。」
私がご主人様に強化魔法をかけると、ゆっくりと歩き始めた。
ーー
「本当にどこに飛ばされたのよ、あの2人は……!」
私は観測魔法を全力で唱えながら天界中を飛び回る。“天界は狭い“と言っても一つの世界にしては狭いというだけだ。しらみつぶしに探すには広すぎる。
「アシュリーがいれば……。」
なんて考えても意味がない。今はいないのだ。私は時空間聖法に関しては全く知らないが、少なくともあの聖法で混沌の気配を感じることはなかった。あの2人は必ずこの世界のどこかに飛ばされている。
それともう一つ不可解なことがある。それは先ほどまで観測できていた強大な力が今は観測できないということだ。私の周囲の強大な力はというとスカーレット様とヨルムという聖族しかいない。
私が観測できないほどの距離まで移動した……いや、現四天王は神殿からそれほど離れるわけにはいかないはず。
「魔力や聖力を遮断する結界……?」
考えられるのはそれくらいしかない。ヴァイオレットとステラがその結界内にいる保証はないが近場から探すべきだ。
「マジックパス・絶唱」
私は自身の魔力をこの世界に広げていく。聖力が邪魔してなかなか上手くいかないが、何とか押し広げていった。繋がっている自身の魔力を観測することは容易だ。そこに距離はなどは関係ない。ということは“私の魔力が観測されなくなった空間“が怪しいということになる。
「不快にならないようにスカーレット様の場所とご主人様の場所を避けて……」
私はさらに魔力を広げていき……
「見つけた。」
私の魔力が観測されない、ポッカリと穴の空いたような空間がそこにはあった。私はすぐにその方向へと飛んでいった。




