過去編:フィオナ1
「ガァァッ!」
部屋中にガンガンという音が響き渡る。この部屋にあったベッドとカーテンは至る所が破かれていた。
「……お待ちしておりました。」
そう言って頭を下げるのはアシュリー、グルンレイドのメイドの一人だ。
「目が覚めた途端暴れ回ったので、魔法障壁の中に閉じ込めました。」
「ふむ。」
私はアシュリーが用意した椅子に座る。魔法障壁を破壊しようとたたき続けているのは犬耳の獣人の少女だ。少女の魔力は感じるが、それを制御できている様子はない。だがそれに関してはメアリーほどの魔力密度はないので、それほど問題ではない。重要なのは、制御できていないのになぜ私の魔法を防ぐことができていたのか、だ。
「黙らせますか?」
「いや、問題ない。魔法障壁を解け。襲いかかってきたとしても手を出すな。」
「……かしこまりました。」
そういうと少女を囲っていた魔法障壁が消える。
「ガァッ!」
私に襲いかかってくるが、アシュリーの魔法障壁によって感じ取れなかった私の魔力を直接感じてしまったようだ。
「……クゥゥン」
私に噛み付く直前に大人しくなった。地面に胸をつけるという獣人特有の服従のポーズだ。ふむ、本能的に力の差を感じたようだな。私は獣人のこういう潔いところが好きなのだ。
「話せるか?」
「話せ、る。」
随分とカタコトだが仕方がないだろう。奴隷は会話すらままならないと言った存在も珍しくない。言葉を含め、その他の全ての知識はこれから覚えればいいのだ。
「名前はあるか?」
「……。」
視線を逸らし、戸惑っている様子だ。名前がない……もしくは覚えていないのだろう。ならば私がつけるまで。
「フィオナ。お前の名はフィオナだ。」
私の発言にコクリと頷いた。異論はないようだ。
「アシュリーよ、フィオナを連れていけ。」
「かしこまりました。」
アシュリーが近づくと、フィオナは威嚇をする。イザベラの教えか、最近メイドたちの魔力がかなり抑えられている印象だ。魔力拡散結界を常に展開しているのだろうか。
「ここでは私が上。調子に乗らないで。」
アシュリーは魔力を解放させた。ふむ、いつものアシュリーの力だ。フィオナは急激な魔力の変化に驚いたようで、後ろへ飛び退いた。そしてアシュリーにむけていた唸り声も徐々に弱々しく、小さくなり、止まった。
「クゥゥン……」
「素直になれば案外可愛いね。」
まるで犬を撫でるかのように、フィオナの頭を撫でていた。ふむ、メイド同士の仲がいいということは良いことだな。
「まてアシュリー、フィオナにはグルンレイドの教育はまだ早いだろう。」
「……そうですね。私もそう思います。」
「基礎教育を行う必要がある。適任はいるか?」
「基礎……カルメラが適任でしょう。」
ふむ、カルメラにやらせてみるか。
「それでいい。カルメラに伝えておけ。」
「はい。それでは、失礼致します。」
アシュリーとフィオナは頭を下げ、この部屋を後にした。カルメラはステラなどと比べて戦闘面ではかなり劣っているような印象を受けた。しかし、その努力は目をはるものがある。早朝、そして深夜……カルメラが一人で訓練を行なっていることは知っている。
学力という面ではカルメラは申し分ないのだが、問題は実力至上主義であるフィオナがカルメラに大人しく従うかどうかだ。まあそこら辺は上手くやってくれることだろう。
『ご主人様、準備が整いました。』
イザベラより、魔法によるメッセージが届いた。
『うむ。ミクトラの話、だったな。向かうとするか。』
天界に何やら異変が起こり始めたらしい。普段であれば天界がどうなろうと知ったことではないが、今回は人間界にも被害が及ぶ可能性があるようだった。すなわちグルンレイドにも被害が及ぶ可能性があるということだ。これはしっかりと確認をして、必要ならば対策を打たねばなるまい。




